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□無自覚症候群
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勇者アルバ一行から世界征服を阻止されて早一年と二ヶ月くらい経とうとしていたある日
俺は例の如くあの訳のわからない塔の番人(と言っても名前だけで守る気はない)をしていると

「おー、トイフェル此処におったんか!」
「どうしたんですか、エルフさん」

褐色の肌でタンクトップを着ている快活な容姿の彼は俺の新しい主人だ、金払いがいい
軽快な声と共に片手を上げてやってきたエルフさんにちらりと視線を移し軽く会釈する

「いやな、ちょっと面倒なことになってん」
「…はぁ」

たはは、と苦笑して頭を掻いているが困った様子は見られない
─嫌な予感、しかしない

「ほら、この前アルバさんと一緒におった戦士おるやろ?アイツに人間界行った時たまたまおうてな?折角やからちょっと──」

長々しい話(実際はそうでもないかも知れないが体感時間的に一時間はあった)を要約するとなんやかんやでそのロスという人間を退行…つまりは子供にしてしまったのだという

「で、それで俺になんの関係が?」
「俺用事あるからm「嫌です」…まだ最後まで言うてへんやん」
「言わなくても分かります」
「流石トイフェル話が早いな!というわけで―」
「い・や・で・す」

冗談じゃない。給料分は働くが残業はごめんである
取り付く島も見せずに拒否するも尚エルフさんはニコニコとした顔で提案する

「見てくれたら給料三倍にしたるわ」
「分かりました」

キリッと表情を引き締め立ち上がると首を縦に振って承諾する
変わり身の早さはぴか一、自他共に認めるほど
要はお金さえ貰えればいい
助かるわぁ、と白々しく呟けばエルフさんは背後に隠れている(正確にはエルフさんが逃げないように押さえていた)少年の背中を押して俺の前に突き出す

「ほな俺行くから、頼むなー!」

ぶんぶんと手を振る彼を見送った後隣の不機嫌そうな少年へと視線を落とす

「…逃げてもいいんですよ?」
「早速仕事放棄か」
「失礼な。俺は見てろとしか言われてません」
「は?」
「"見てれば"いいんです」
「…屁理屈」
「頭がいいと言って下さい」

我ながら感心してしまうレベルの理由、完璧すぎる
なんか凄い幻滅したようなクズを見るような視線を向けられているが気にしない気にならない
溜息を吐き肩を落とせば小さく口を開く

「まぁいい…それより早く元に戻せ」
「俺に言われても困るんですけど」
「………」

不満そうに眉を寄せ若干頬を膨らまして拗ねた顔になった
そりゃあそうだろう
いきなり子供の姿にさせられてその原因は居ない上に此処は魔界
流石の俺も同情する勢いだ

「…トイフェル、だったよな?」
「えぇ、そうですけど」
「取り敢えず帰りたい、人間界に」

こちらを見上げて要望を申す少年、子供に敬語というのはなかなか違和感があるものだなと頭の片隅で思いながら
面倒臭いと思いながらも人間界へ連れて行ってやることにした
別に魔界で面倒を見なければいけないとも、人間界へ行くなとも言われていない
運が良ければあの勇者に面倒見させればいいのだから



魔界と違って人間界は意外とどこもかしこも騒がしいし暑い
執事服の上着を脱いでワイシャツの袖を捲る
城下町というだけあり小さいロスさん(一応大人なのだからさん付けが適切だし少年表記は疲れる)はすぐに見失ってしまいそうだったので手を繋いで(端から見れば親子か兄弟なんだろうか)勇者一行を探しているのだが未だに見つからない

「…なぁ」
「はい?」
「お腹空いた」

繋いでいた手をくいくいと引かれて下を見れば恥ずかしそうに頬を染め空腹を訴えるロスさん
何だかんだ結構歩いたし、人間の子供はお腹が空くのが大人より早いのかもしれない(そういうイメージなだけだけれど)
食べ物を用意する義理なんてないし給料は面倒を見ていればいいだけであってわざわざ空腹を満たしてやる必要もないと言えばない、と思う
けれど放っておくのはなんか嫌だった、理由は分からないけど
然し生憎人間界の通貨なんて持っていないから食べ物なんて買えるわけがなく──

「あ」
「?」
「いいこと思い付きました」
「は…?」
「着いてきて下さい。タダでご飯食べさせてあげますから」

僅かに口許を緩めてみる、我ながらいいアイデアだ
今日は冴えてるな!
怪訝そうに眉を寄せるロスさんの手をしっかり握って足を進めた



「…いいことってこれか」
「はい。タダでご飯が食べられていいでしょう?」

今俺達は城内の厨房にいる
俺の服が執事服であったことが幸いして悪魔だが易々と侵入することが出来た、ちょろい
それで現在ロスさんの要望でオムライスを作っているところ
若干呆れたような様子だがご飯が食べられればいいのだろう
批難はしてこない

「ていうかお前料理なんか出来たんだな」
「これでも一応執事でしたからね。まあ、基本何でも作れます」

ふうん、と別段興味がなさそうに相槌を打つ
銀スプーンをくるくると回してオムライスを待つ姿は本当に子供だが中身は大人、とは思えない
今更にどこかの名探偵少年みたい状況だと思った

「はい、出来ましたよ」
「ん…」

出来上がったオムライスをテーブルに置いてケチャップを横に置いておく
適当にケチャップを上にかけて熱いそれをふーふーと冷ましながら食べている
俺は向かいの椅子に腰掛けてその様子を眺めていると恥ずかしそうに眉を寄せながらこちらを睨んできた

「見るな、食べづらい」
「無理ですよ。向かい側にいるのに」
「そっぽ向けばいいだろ」
「首が疲れるんで嫌です」
「ふざけんな」
「すみません、でも"見てる"のが仕事なんで」
「………」

不機嫌そうに視線を逸らせばテーブルの下で足を蹴られた
足癖の悪いことだ
別にそっぽ向いていたっていいのだが何故か見ていたいのだ、他意はない
オムライスを食べ終わり昼食も済んだところで再び勇者アルバを捜しに街に出る
やみくもに捜しても意味はないのだろうが、如何せん心当たりもないのだ
そういえば先程からずっと俯いて黙ったままのロスさん
そんなに見られるのが嫌なのか
─まぁ、確かに食事中に見詰められるはいい気分ではないかもしれない
拗ねているのだとすれば後が面倒だし先に謝ってしまおう

「…嫌がってたのに見続けてすみま──」
「…りが…う」
「は?」
「だから…っ、ちょっとしゃがめ」
「…はぁ」

突然何事か呟いたかと思えば何故か顔が赤くしゃがめとのご要望
疑問はあるがしゃがめばわかるならしゃがもうか
片膝をついて屈み込むと何事かというように視線を向ける
ロスさんは何故かまわりをキョロキョロと警戒すると俺の耳元に顔を寄せて

「ぁ、ありがとう…」

蚊の鳴くような声だった
だが確かに『ありがとう』と言われたのだ
現に彼は耳まで真っ赤なのだがら
以前会ったときと印象は大分違ってきた、この人はとても可愛い
思わず頬が緩みそうになったが柄じゃないから堪えた

「別に、エルフさんから頼まれたことですから」
「でもお前、言われても働かないだろ。極力」
「えぇ、まあ…」
「なのにちゃんと昼飯作ってくれたし、勇者さんだって捜すの手伝ってくれてるだろ」

だから、ありがとう
今度は視線を逸らしながらだがはっきりと聞こえる声だ
普通、どういたしまして、とでも返すのだろうが今はそれどころではない
指摘されて気付いた
俺は今日真面目に仕事をしている、しかも子守なんて一番面倒な仕事をだ(普段だってしているが寝てる)
そもそも何故昼飯なんて作ってやった?お金くらいロスさんもあっただろう、何故感謝されて喜んでいる?
胸に手を当てると心なしか脈動が早い

「…どうした?」
「いえ…なんでも……」
「?」

何故手なんて繋ぐ、服でもなんでも掴ませていればいいのに
些細なことだが自分だからこそ分かる
普段なら…他の人ならこんなことはしない
こちらを心配そうだが訝しげな視線を向けるロスさんから視線を逸らすと視界の端に可愛らしく首を傾げる姿がうつった
急に繋いでいる手に変な汗をかき始める
疑問ばかりが渦巻いて頭が爆発しそうだった

「本当になんでもないですよ、行きましょうか」
「あ、あぁ…」


──これは一体 どういうことだ?





      自覚症状



(悪魔と少年が勇者達と出会うのが後5分)

(悪魔が少年を勇者達に引き渡すのが後8分)

(悪魔が少年と勇者達が去っていくのを見て胸を痛めるのが後10分)

(悪魔が少年と勇者達に向ける気持ちに気が付くのに後―――)




(エルフさん、俺も人間界行きたいです)
(え、どないしたん?別にえぇけど…嫌や言うてたやん)
(気が変わりました)
(ふうん…)

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