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□あまのじゃく
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本部での会議が続いてかれこれ一ヶ月くらい、グレンと会ってない。連絡すら寄越さない、会議に呼んでも大概欠席の、不真面目で薄情な恋人

「電話にも出ないってどういうことだよーって話だよ、全く。ねえ?」
「そうですね」

笑いながら端末画面に表示された通話終了ボタンを押して、隣の五士に話し掛けてみる
五士も、あと此処には居ないけど美十ちゃんも、本部の会議でずっと拘束中なのだ
だから本部での会議の間は五士と美十ちゃんと一緒に居た
まぁ、そんなことはどうでもよくて

「電源切れてるとか」
「一応プルプルーとは鳴るんだよ」
「じゃあ持ち歩いてない」
「あ、それっぽい」
「彼奴サボりですからね」
「大いに有り得る。あーもう、携帯してない携帯電話なんて固定電話と一緒じゃん」
「意味ないですからね。携帯は持ち歩かないと」
「本当だよ」

しかも恋人からの着信だよ。出ろよ。一回くらいさ

「何回かけたんですか?」
「んー…今日だけで14回かな」
「フハッ、必死ですね」
「笑うなよ」
「深夜様って本当グレン大好きですよね」
「勿論」
「…あっさり認めちゃう辺りが流石男前」
「でしょ? 惚れていいよ」

取り敢えずメールも入れとこう。これも見るか分からないけど
今日で会議が終わらないなら、僕もサボっちゃおうかなぁとか、絶対無理な思考に耽りながら声だけでも聞きたいと願いを込めて送信ボタンを押した



「あの馬鹿グレン…」

夜までかかった会議がやっと終わり、携帯の電源を入れてみたけどやっぱり電話もメールも着信はなくて、思わず悪態をつく

「マジで何やってんの、彼奴」

最近秘密裏にこそこそやっているのは知っている。グレンが連れて来たあの生意気な青年も含め、黒鬼装備者が一気に三人も増えた。何かしている、のは明白だけど

「他の奴に時間割いてんのに僕は放置って気に食わないよね」

実際のところそうなのかは分からない。けど、どう考えたって一ヶ月もの間音沙汰なしってのは流石におかしくないか、とも思う

「…なにかあった、とか?」

寂しい時や不安な時ほど嫌な方へ嫌な方へと考えてしまうのは最早人間の性なんだろうか。何気なく無意識に自分で紡いだ言葉に心底ゾッとした
今の世界はなにが起こるか分からない。誰もが明日を迎えられるわけではなくて、日常は簡単に崩壊してしまう
残酷なこの世界は人間に優しくないのだ
つまりは、明日死んだって、今日死んだっておかしくないってこと

「──ッ!! グレンッ…!」

平常心でなんかいられなかった。多分、いつもの僕ならそれはないだろうって冷静に判決を下していたはずなのに
気が付いたら、反射的に地面を蹴って駆け出していた



息絶え絶えに漸く着いた執務室の扉の前。さっき廊下ですれ違ったグレン従者の子に、彼奴の所在を尋ねたらこの部屋に居ると行っていた
取り敢えずは一安心。一先ず乱れた呼吸が整うまで部屋には入らない。一応僕にだって自尊心くらいあるし

「グレーン、入るよー」

ノックと同時に言葉を発し、言い終わる前に扉を開ける
いつも僕がやる入室の仕方で、彼奴は律儀にいつも返事聞けと睨んでくるのだ
しかし今日は咎めの言葉もじとりとした視線すらなかった
歓迎はされていないが、拒絶もなく、ひたすらに静寂が場を支配している

「グレン?」

呼び掛けに返事はない
半開きだった扉を勢いよく開け放ち中を見れば、執務椅子に座り机に突っ伏して寝ている姿が見えた

「…………」

近づいて見ると無様で無防備で可愛さ余って憎さ百倍の寝顔があった。ビンタしたい

「………寝てんのかよ」

押し寄せる安堵と脱力感に肩を落とし、机に手をついて額を押さえ深いな溜息を吐き出す
チラリと横目で冷ややかに半眼で見下ろしてみる
当然起きるわけもない

「…グーレーン」

屈み込み机に顎をのっけて白い頬を指先で突っついてやる。顔色一つ変えず爆睡しているのが、また気に食わない。今度は頬を抓ってみたけれど、相変わらず間抜けな寝面

「グレン、起きて」

次は頬から手を離して肩を揺すってみた。けれど、これでもまだ起きない。立ち上がって両手で大きく揺らしてみる。ちょっと顔を顰めたけど、やっぱり起きなかった

「はぁ…爆睡かよ」

頬杖をついてまた溜息を吐く。ここまでして起きないとなると、何しても起きないんだろうなぁ、きっと。どうせ何かするなら、起きててほしい。寝込みを襲うほど僕はクズじゃないからね

「仕方ないなぁ、寝かせてやるか。おやすみグレン。また来るね」

声は聞けなかったけど、姿は見れたし安心したし、今はそれで満足。最後に柔らかいくせ毛をくしゃくしゃと撫でてから執務室を後にした



パタン、と扉が閉まる音で閉じていた瞼をゆっくりと上げる
先程青年が出ていった扉をじっと見詰め、撫でられてぐしゃっとなった髪を掻き撫で整えながら、自分でもびっくりするくらい拗ねた声が出た

「…来るのおっせーよ」

電話をするなら、メールをするなら、直接会いに来てほしい。声なんて聞きに来ればいい。電話やメールで満足なんてしないで、なんて我ながら女々しいとは思うし嫌気がさすけれど

「会いたいのはお前だけじゃねぇんだよ、ばーか」

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