ドリーム(ぎんたま)

□鼻緒のかみさま
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 ぷちん、と音がしてやばい、と思った時には、ずてんとこけていた。この真昼間の大通りでこけるなんて、恥ずかしい。通り過ぎる人たちの視線が痛い。そして、草履の鼻緒が切れたのがショック。新しいのに。
 ふう、とため息をついて道に座り込んだ。家まで距離があるのに、どうやって帰ろう。途方に暮れていたその時、影が目の前に現れて。
 「あのー、大丈夫っすか。」
 顔を上げると、眩しいくらいの銀髪と、死んだ魚のような目が私を見下ろしていた。それが、私と坂田銀時との出会い。


 「お祭りネ!綿あめ焼そばたこ焼きかき氷!待ってろアル!」
 「あ、ちょっと神楽ちゃん!迷子にならないようにね!」
 新八くんの忠告が聞こえているのか聞こえていないのか(恐らく聞こえていない)、神楽ちゃんは人ごみに突撃していき、新八くんもその後を追っていった。残された私は、後ろでけだるそうに立っている銀さんを振り返った。
 「元気いっぱいですね。」
 「あー、ガキは良いねぇ。何でもかんでも勢いで突っ込んでいけてよぉ。俺ァもうダリーわ、あとは任せた帰る。」
 「あ、あそこにクレープの旗が。」
 「おっし行くぞー、ついてこーい。」
 さっきまでの帰る宣言はどこへやら、意気揚々と進みだす銀さん。貴方も十分子供みたいだ、と心の中で呟きながら、その大きな背中を追いかけた。
 普段人気のない神社も、この時ばかりは大賑わいだ。真っすぐ歩くのも難しいくらい。銀さんの髪は目立つから探すのは難しくないが、この人ごみじゃついて行くことが困難だ。あっという間に銀さんとの距離が開いていく。
 「ぎんさ、あ!」
 銀さんちょっとまって、そう言おうとした瞬間、足元の支えが急になくなり、ずてん、とこけた。直後お尻に何かがぶつかる。
 「あいた!」
 「ねーちゃんそんなとこでうずくまってんなよ!邪魔だよ!」
 どうやら子供がぶつかったようで、去り際に怒られる。邪魔なのは分かってるけど、草履の鼻緒が切れたようで、使い物にならない。はだしで歩くかな。お祭りの日なのに、なんてこと。銀さんも見失ってしまうし。というか、連れが消えたこと気づいてよ。
 「銀さんの馬鹿。」
 俯いて悪態を一つ。その瞬間、ぱしっと頭をはたかれた。今度は誰がぶつかってきたんだ、と顔を上げると、そこには噂の銀髪頭。
 「だーれが馬鹿だ。お前がこけたのは鼻緒のせいであって銀さんのせいではありませーん。とばっちりも大概にしやがれコノヤロー。」
 「ご、ごめんなさい。」
 「つーかここで座り込んでたら邪魔だな。」
 そういって銀さんは私に背を向けてしゃがみ込んだ。…え?意図がくめず、動かずにいると、銀さんは、早くとでも言わんばかりに、ん、と声をだした。いや、ん、じゃなくってね。あ、でも今の銀さんの、ん、可愛かったかも。そんなことを思っていると、銀さんの肩が震えだし、顔だけ振り向き怒鳴った。
 「だーかーらー!おぶされっつーことだよ!」
 「え!?む、無理です!」
 「なんだ!?恥ずかしい?恥ずかしいのはここでお前といっしょにしゃがみ込んでる俺だって一緒だ!いいからとっとと背中に乗れ!」
 「は、はい!」
 半ば勢いに押されるように、恐る恐る背中に触れる。筋肉質な肩を掴むと、グイッと体が持ち上がった。その浮遊感と、膝裏に回された手の熱さに思わず喉の奥から変な悲鳴が上がる。その声が聞こえなかったのか、それともあえて無視をしているのか、銀さんは何も言わずずんずん歩く。普段より高い視線、普段より近い銀髪。心臓がうるさい。…けど、心地よい。
 「…銀さん。」
 「あー?」
 「前もこんなことありましたね。」
 「…あぁ、おニューの草履の鼻緒が切れた時だっけか。お前鼻緒の神様に呪われてんじゃねーのか、何回鼻緒切れたら気が済むんだよ。」
 あの時も、遠慮する私を言いくるめて、おんぶして家まで送り届けてくれた。申し訳なくって、重くないか尋ねたときに、この人はまぁ正直に「重い。」なんて言ったのだ。その時はお世辞の一つくらい言えないのかと思ったが、銀さんが帰った後、新しい草履を買いに行こうと家の扉を開けると、ポストに強引に新しい草履が入っていた。あの、切れた草履と同じもの。ああ、なんて不器用で優しい人なんだろう。その時、私は銀さんに恋したのだとおもう。
「銀さん。」
「ん?」
「なんでもないです。」
 銀さんは何も言わず歩く。私も何も言わず、そっと銀さんにしがみつく。
 伝えたい気持ちは、もう少し、育ててからにしようと思う。今はまだ、この距離でいたい。

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