どりーむ

□そんな日常
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 朝、旦那の目覚ましで起こされる。煩いなぁ、と腕を伸ばそうとするが、腕が上がらない。よくよく見ると腕ごと旦那に抱え込まれている。頭上では旦那の目覚ましが早く起きろと言わんばかりに鳴り響く。肝心の旦那は真後ろですやすやと寝息をたてている。私は渾身の一撃を旦那の額に食らわした。

 「朝から頭突きとかねぇわ。女としてねぇわ。」
 私が入れたお茶を啜りながら旦那がそうぼやいた。そんな旦那の額にはしっかりタンコブができている。しかしこれは旦那が起きないからやったまでで、自業自得だ。私は旦那の前に焼き魚と味噌汁、ご飯と漬物を置いた。私の定位置にも同じものを置く。旦那と出会う前はパン食だったのになぁ、とぼんやりと思った。
 「いただきます。」
 旦那は面倒くさそうな顔をしながら、食膳の挨拶をした。私もそれに習う。旦那に出会う前はこんなことしなかったのになぁ、と味噌汁を啜りながら旦那を見る。旦那も味噌汁を啜っていた。

 玄関に向かう旦那のあとを私が追う。朝のボサボサだった頭は後ろでしっかり縛ってある。でも手入れをしていないからガサガサだ。今度手入れの仕方を教えてあげようとぼんやり思う。そんなうちに旦那は靴を履いており、玄関の扉を前に私に背を向けたまま、いつもの挨拶を言う。
 「出る時は戸締りしろよ。あと知らねぇ奴が来てもドアを開けんじゃねぇぞ。」
 うんうん、と適当に返事をしているが、二つ目は守った例がない。だって郵便配達の人なんて絶対知らない人が来るのに。しかし旦那はしつこくこれを繰り返すので、聞き流すことにしている。旦那が急に黙り、振り返る。その目があんまり真剣だったから、私も姿勢を正す。旦那はそんな私を見てちょっと笑って、また真剣な顔をした。
 「絶対帰ってくるから、お前もちゃんと待ってろよ。」
 確か今日はそんなに難しい任務じゃなかったはずだ。昨日そんなことを言っていた気がする。でも旦那は時々そんなことを言う。旦那の心の中なんてよく分からないけど、きっと私には分からないタイミングで私には分からないことを考えてしまうんだろう。だから私は待ってますと言う。旦那がいつぞや好きだと言っていた笑顔で。旦那は少し目をそらし、頭をかく。照れているときの癖だ。一般人である私に照れていると見抜かれる旦那は本当に中忍なんだろうかと時々心配になる。そんな心配をしていると急に旦那が額にキスをした。そして私がそれを自覚する前に家を出て行った。旦那は確かに中忍だ。

 旦那がいない昼食をもさもさと食べる。旦那と一緒になる前は、よく抜かしていた。けしてわざとではない。気が付いたら夕方だったというのがしばしばあっただけなのだ。しかし旦那はそれだからやせ細っているんだまな板云々と煩いので、何とか食べるようになった。旦那は私には口うるさい。そんなことを友人に話したら、他の人にはそうでもないらしい。愛されてるんだよ、なんて言われたが、もう少し静かになってくれてもいい気がする。じゃないと旦那がいない時間が余計に静かに感じて困る。

 買い物に出ると、十代前半と思われる子供たちが駆け寄ってきた。旦那の教え子たちだ。彼らは元気よく私に挨拶をした。いい子達だ、本当に旦那の教え子なんだろうか。
 「おねぇちゃん、今日は夜何にするの?」
 まだ決めていない旨を伝えると、それぞれが食べたいものを口にし始めた。やがて旦那の好きなものゲームに発展して、5分の議論の結果、
 「やっぱり先生の好きなものナンバーワンはおねぇちゃんだよね。」
 となったらしい。どうしてそうなったのかと聞くと、子供たちは実に楽しそうに話し出した。
 「俺たちとか、他の先生がおねぇちゃんの話をするとめちゃくちゃ恐い顔で睨むんだもん。大人気ないよな。」
 らしい。実に大人気ない先生だ。本当に中忍なんだろうか。本気で心配し始めたところで、子供たちは各自の家に帰っていった。そして私は一人、夕食を考える。

 夕食の支度をしていると、旦那が帰宅した。丁度手が離せないため、キッチンからお帰り、というと、おう、と返事があった。キッチンに顔を覗かせた旦那の顔に私は慄く。泥まみれである。もちろん服にも泥がついている。私は旦那に風呂に入るよう命令し、旦那はめんどくせぇと口癖を言いながら脱衣所に向かった。私はキッチンに汚いものが入るのを許さない性質である。旦那もそれは理解しているはずなのだが、帰宅してまず私の顔を見なければ気がすまないらしい。何回私が注意してもこればかりは直してくれない。

 シャンプーの香りを纏わせながら旦那が上がってくる。テーブルには夕食が並べてある。旦那はいつもの席に座り、私もいつもの席に座る。そして挨拶を済ませ、二人でもそもそと食べ始めた。今日教え子に会ったことを伝えると、旦那はしかめっ面をした。
 「あいつらから余計なこと聞いてねぇだろうな。」
 その顔があんまり凶悪だったから、普段旦那がどんな風に子供たちと接しているのか分からなくなる。余計なこととは何かと問うと、旦那はむすっとした顔で別に、と呟いた。教え子たちが話していた内容が頭に浮かび、つい笑ってしまった。旦那が何か言いたげに視線を向けたが、結局何も言わなかった。

 風呂から上がると、旦那は既にベッドで夢の中だった。ベッドの端により縮こまって寝ている姿は、ちょっと可愛い。旦那の寝顔を暫く見ていたが、だんだんと眠くなり、旦那の隣に潜り込む。旦那の匂いに安心しながら眠りについた。

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