どりーむ
□やくそく
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此処はとても静かな場所だ。彼女は、静かな場所の方が好きだという。俺も同じで、よく二人で人気のない場所にいった。けれど、これは静かすぎると思う。そう彼女に言ったことは、ない。
「きょうは、」
彼女は小さな声で一言言って、目を閉じた。何回か呼吸をして、再び目を開けて言葉を紡ぐ。
「あったかい、ね。」
「うん。そうだね。」
外は、暖かいどころか日差しが強くて暑いくらいだ。しかし、ここはとても冷える。カーテンはしていない。日当たりもとてもいい。きっと、ここの雰囲気のせいだろう。彼女はそれを知ってか知らずか、ゆっくり視線を外に向けた。
「カカシは、」
「うん?」
「暇人、だね。」
「ひどいな。」
本当は任務が入っていた。でも、いろんな人がいろんな気を利かせて暇人になってしまっているだけだ。こつんと軽く頭を小突くと、彼女はくすくす楽しそうに笑った。すぐに笑いが引っ込んで苦しそうに顔をゆがめてしまったけど。一瞬嫌な想像が脳裏をかすめたけど、背中をさするだけで表情には出さない。しばらくそうしていると、彼女は顔をあげて微笑んだ。
「ありがとう。」
「うん。」
私が痛くても、苦しくても、カカシはそれを見て見ぬふりしてね。彼女との約束。
カカシは任務に行くとき、必ずパックンを置いていく。どうせあんまり呼ぶことないし、それならここでお前の相手しといたほうがよっぽど役に立つよ。そう言っていたけど、本当は別の理由だって分かってる。
「パックンは、」
「む?」
「暇犬、だね。」
そう言うと、パックンはむっとしたように言い返した。
「ひどいのう。」
やはり飼い主に似るらしい。その顔がカカシを思わせ、思わず笑ってしまった。今度は苦しくならなかった。空を見ると、とても穏やかに雲が泳いでいた。
「今日も、」
「む?」
「生きてる、ね。」
返事はなかった。外で子供たちが走り回っている。今日も私は生きている。
神様なんて、信じていない。いたとしても、きっと最低最悪で非道な生き物だ。
病室で彼女が発作を起こしている。俺は、廊下で発作が治まるのを待っている。中では看護師が治療をしているはずだ。どんなことをしているのかは知らない。本当は中に入りたくて仕方ない。背中を撫でたり、声をかけたり、俺に出来ることなら何でもしたい。今この瞬間に、何かあったらと脳は働くことをやめてくれない。けど俺はその衝動をぐっとこらえる。
私に発作が起きても、カカシは見ないでね。何かあったら呼ぶから。彼女との約束。
そばにいたパックンがぼそりと言った。
「今日も生きておる。」
「何それ。」
「カカシ殿がおらん時はいつも、そう言っておる。」
「だったら、」
今日も、生きてるよ。そう言えなかった。言ったら、意地の悪い神様が叶えてくれない気がした。代わりにパックンをぐしゃぐしゃと撫でた。パックンはむすっとした表情でじっとしていた。
「今日は、」
カカシが部屋に入ってきたのを見て、口を開いた。カカシはびっくりしたように立ち止り、私をじっと見た。それはそうだろう。いつもカカシが座って、カカシから話しかけるのを待っているんだから。待ってるんじゃなくて、なかなか言葉が出てこないだけなんだけど。
「約束を、増やそうと思います。」
カカシはいつの間にかベッドの横の椅子に腰かけていた。私が話し出すのを待っていてくれる。心臓が暴れださないように、小さく静かに声を出した。
「私が、」
いつもの約束の始まり。主語は絶対に私。そして、この約束はカカシの意思は入り込んではいけない。
「息を止めたら、」
カカシが何か言いたそうに眉をひそめた。けど何も言わずじっと聞いている。私がたくさん言葉を発したら、発作を起こしてしまうと心配しているんだろう。カカシは、とても優しい人だ。
「私を忘れて。」
「それは、」
「約束。」
カカシはみるみる泣きそうになって、首を横に振った。
「できない。」
「じゃあ、」
私はすぐそばにあるカカシの手を握った。私の手はとても冷たいらしい。前はよくカカシの服の中に手を突っ込んでは、逃げるカカシをからかっていた。今ではそんな体力は、ない。
「呪い、でいいよ。」
「呪いって…。」
こんな献身的な旦那にそれはないでしょ。小さい声で反論していたカカシだが、握る手はとても強かった。きっとカカシは私のことを忘れないだろう。いつまでも私のことを心に留めておくはずだ。けど、私はそんなの嫌だ。もうカカシは十分に大切なものを亡くしてきた。そして私も、カカシの大切なものになってしまっている。これ以上、カカシを苦しめたくない。
「ゆーびきーりげんまん、」
手を握ったまま手をぶんぶん振ったが、心臓が静かに、けど確かに暴れだし、言葉が発せなくなる。片手で胸を抑えると、カカシが握っている手を振り、続けた。
「嘘ついたら針千本のーます。」
カカシは、優しい人だ。私は、ひどい人だ。