百花繚乱・第二部

□第十五章『幸福の一夜』
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『………また、派手に暴れてきたんやな』
『………るさいわね』

星見祭りで満室かと思われていた、栄陽の外れの宿屋には案外すんなりと入れた。
部屋の中には、古びた寝台と大きく開けた窓から空を仰げる位置に長椅子と長机が用意されていた。
そこに並んで腰掛けまだ煌めきを保っている星空を見上げながら、翼宿は今しがた柳宿から今までの経緯を粗方聞き終えた。
翼宿は酒を、柳宿は生姜湯を。形は違えど、二人の再会にはやはり付き物の晩酌を楽しみながら。

『せやけど、きちんと謝れよ。そんで、許してやれ』
星を見上げる体制のまま呟いた翼宿を、柳宿はただ黙って見上げる。
『…星宿様かて、お前を心配して厳しい事言うたんやからな』
『…翼宿』
本当は皇帝陛下だから強く言えないという問題もあるのだろうが、彼は星宿を恨もうとはしていない。
それに自分のせいで柳宿と星宿が気まずくなるのも、仲間意識が強い性格ゆえ嫌なのであろう。
『…うん。そうする』
そっと、翼宿の肩に頭を乗せて。

『でもな』
少しの沈黙の後、また言葉が続けられた。
『………ん?』
顔を上げて翼宿に視線を合わせると、今度は彼の手が頬を撫でた。


『…唇奪われたんは、むっちゃ悔しい』


『…………っ』
そう言って寂しく微笑む翼宿の表情に、体温が上昇していく。
ゆっくりと二人の影が近付き、唇からピタリと重なり合った。
一度しか触れない、優しくて暖かい口付け。
先程の恐怖が、ゆっくりと浄化されていく。

少しして、そっと身を離す二人。そのまま、翼宿から抱きしめる。
しかしその小さな体はまだどこか憔悴しきっているようにも思えて、心が傷んだ。
翼宿は、そんな体を慈しむように背中を掴んで優しく撫でて…

『………寝るか』
『………っ』

欲望を圧し殺して、優しく囁いた。

その囁きがまた彼との距離が遠ざかったように思えて、柳宿には寂しくて切なくて…
だから、柳宿は寝台に向かう為に背中を向けて立ち上がった彼の背中に駆け寄り、後ろからギュッと手を回した。
『…………柳宿?』


『抱いてよ…』


『…………………』
驚きで目を丸くしながら、振り向いた彼。しかしその表情は、いつしか憂いを帯びた微笑みに変わり…

頭を抱え上げられたと思った次には、ひとつ口付けられて。角度を変えて、またひとつ口付けられて。
いつしかそれは貪るようなものに変わり、柳宿の唇を容赦なく食らい付くしていった。


翼宿が自分を見上げる相手の脇に置いた手に重力をかけると、古びた寝台がギシと軋んだ。
寝台に場所を変えても、お互いを激しく求め合うような口付けを二人は何度も繰り返す。
ある程度求め合うと、翼宿は柳宿の髪の毛をくしゃりと掴んで自分の胸に引き寄せた。
『なあ…?』
『なに…?』
吐息混じりに呟く翼宿に、柳宿は優しく反応する。
『二回目…なんやで。こういうお前…見るの』
『はあ…?何、言ってんの…?』
『二人で…海に落ちた時な…お前、熱出して倒れてん…そんで、人肌で熱下げたら………あん時の俺…偉い興奮したみたいで』
『…………はあ!?』
柳宿は、突然自分に覆い被さる相手の両肩をぐいと押し戻した。
顔を真っ赤にしながら、口をパクパクさせる。
『あんた…何、さらっと自白してんのよ…』
『安心せえ。未遂やから』
『そういう問題…………つっ』
翼宿は自分の肩を掴んだその細い指をそっと外して口許に持っていき、舌を這わせた。
その行為によって、柳宿の反抗は遮られる。

『…今日は、その力お預けやで。俺の好きにさせて貰う』
『………翼宿』

主導権を握りニヤリと微笑んだ翼宿は、いとおしむように柳宿の耳を優しく愛撫する。
痺れながらもどこか心地よい感覚に、思わず身震いをする。
『………ったく。慣れてへんのやな』
『…嫌よね。こんなの…』

『いや…かわええ』

『つっ!』
『もっと、見せろ』
『………バカっ』
しかしその言葉に柳宿の緊張は解けたのか、次には素直に反応する自分がいた。
耳朶、頬、露になった首筋、肩口、そして胸板と接吻の雨が容赦なく降り注ぎ、柳宿の性感を刺激していく。
もっと粗野な扱いになるかと思えば、思ったよりも中々手際がよくて優しい扱いだった。また、それが妙に感じて。
『…………っあ』
だから一番自分が感じる部分では、素直に鳴けた。
翼宿はそっと微笑み、器用な手つきで柳宿を絶頂へ高めていく。


ダメ…ダメだよ。そんなに…されたら、あたし…


心の中で、声がする。
それでも、体は決して拒んではいない。
正直に…翼宿と達する事を望んでいる。

『………ええか?柳宿』

鳴き疲れて肩で息をする柳宿の体をもう一度抱きしめて、翼宿は問いかける。

『うん…』

ほんの少し翼宿が腰を持ち上げると、柳宿は苦痛に顔を歪める。

本当は怖い…初めて、男の人とひとつになる事が。
それでも、ありのままのあたしを大事にしてくれるこいつなら…こいつとなら。

そんな柳宿の恐怖を拭うように、翼宿は彼の手を握りしめる。


『むっちゃ…綺麗や。柳宿』


そして、快感にほんの少し顔を歪めながらも変わらず微笑んでくれた。変わらない太陽の笑顔で。


『愛してる…翼宿』


柳宿の台詞を合図に、二人は激しい律動に揺られる。そして、その体が同時に跳ねた。


心も体も、結ばれていく…もう、離れない。

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