百花繚乱・第二部

□第十四章『二年越しの夢』
1ページ/1ページ

下界の城下町では、偶然にも今年も星見祭りが行われる時期になっていた。
やっと天罡の襲撃からも解放されて平和になった栄陽は、例年以上の賑わいを見せている。
そんな人混みの中を一人歩く、国を護った七星士。
『おお!幻ちゃん!今日は、お勤めじゃないのかい?』
『…頭限定の、暇もろたんや♪おっちゃん!一番、美味い酒頼むわ!』
声をかけられた出店の看板に腕をかけると、翼宿はいつものようにニッと笑った。

そして彼がやってきたのは、二年前に柳宿に教えて貰った草原だった。
紅南の星空に広がる、南方朱雀七星宿。
その輝きは、いつにも増していた。
翼宿はあの日の岩場に座り、出店で貰った酒をぐいと飲み干す。
『………相変わらず、きっついなあ』
その酒の味は、天国で飲んだあの酒と同じ味だった。翼宿は、一人微笑む。

あれからというものの、翼宿だって平常心で山に戻れた訳ではなかった。
闘いに入る前のように働いているつもりでも、これまたお節介な相棒の攻児だけは騙せなかったようで。
またしても、彼は翼宿の為の休養期間を与えたのであった。

『俺、クビにならんやろか…なあ?柳宿?』

柳宿星を見上げて、彼は呟いた。


だからこそ、翼宿は決めたのだ。今度こそ、彼を忘れて前に進めるようになるために。
今日を、柳宿星とのお別れ会にしようと…


元気に、やっているだろうか?もう、生まれ変わったのだろうか?
今の翼宿には、柳宿の事は何ひとつ分からない。
だけど、きっともう前を向いてくれているだろう。
もしかしたら、星宿の隣で幸せそうに笑っているかもしれない。

どんな形でも、構わない。
自分が突き放した事で、柳宿が幸せでいてくれるなら…それだけで、いい。


『…………幸せに。な?柳宿』


するとどこかで嗅いだ覚えのある香りが風に乗って流れてくる事に、翼宿は気付いた。
『…………この香り…!』
そう。柳宿の香の匂いだ。霊体になっても、その香りだけは最後までしていた。

まさか、こんなところで…?
いや。そんな事はない。
もう、下界に降りる必要なんて…

そこで気配を感じて、翼宿は振り返った。


『……………翼宿』


その草原に、一際目立つように立っている大木。
そこには、血まみれの右腕を抱えて大木に凭れる柳宿の姿があった。


『ぬ…りこ…?』


名前を呼ぶと、彼は虚ろな瞳で微笑んだ。
『よかった。やっぱり…ここだったんだ…』
『おまっ……!何で…その怪我は…、…っ!』
すぐに駆け寄り柳宿に触れようとするも、翼宿はすぐにその手を引っ込める。
しかし。
『翼宿…』
柳宿の左手が、翼宿の頬にそっと触れた。少しだけ、右腕の血液が付く。
『…お前…!』
『へへ…太極山の実体の水晶…奪ってきちゃった…結界で、右腕吹き飛んじゃったけど…』
『つっ!!何して…!!』
『しかもね。水晶の効力は、一晩だけなの。だから…早く、あんたに会いたくて…』
『柳宿…』

柳宿は、自分を忘れていなかった。
それどころか、こうして禁忌を犯してまで会いに来てくれたのだ。
そんな彼の思いを感じ、唇を千切れる程に噛み締める。

『いいのよ…もう腕輪も使う必要もないし…それに、元々幽霊なんだからじきに治る…』
ビリッ
そんな強がりに構わず、翼宿は自分の帯を引き裂いて柳宿の腕に巻き付けた。
『あ…』
『今は、お前の《体》があるやろ…こんなにして許さへんぞ、俺は…』
そして、しっかりとその右腕を握り締める。

そう。いつだって、翼宿は柳宿を案じて大事にしていた。

『ごめんね。もう、会わないって…決めたのにね』
その言葉に、翼宿は黙って首を振る。
『星宿様に、聞いたのよ。あの別れは、あんたの本音じゃなかったって…だから』
『………柳宿』
翼宿だって、本当はずっと柳宿に会いたかった。
そうでなければ、こんな場所には来ない筈だ。
『もう、ええから』
翼宿は、そのまま柳宿を抱きしめた。
お互いの体温や香りが直に伝わり、柳宿の瞳に涙が溢れる。
『………翼宿。暖かい』
『せやな』
二年ぶりにマトモに触れる肌。お互いの心臓が優しく脈打つのを、感じる。
『それで、俺に触れる為に…山の掟、破ってきたんか…?』
『うん…』
『………アホやなあ。あの砂かけばばあに、どんな大目玉食らうか…』
『いいの。どうせ、明日は生まれ変わりの儀式なんだから…』
翼宿は、柳宿をそっと離す。
『そうなんか…?』
『うん。だから、よかった。その前に…星宿様から、ホントの事聞いて………、………』
しかしその言葉を呟いた事で、翼宿の袖を掴む手が微かに震えた。
その事実を知った時に、自分が星宿にされていた事。それは。
『どう…した?』

『あたしね…その時、星宿様に抱かれそうになったの』

その言葉に、翼宿の頭は真っ白になる。
『全然…嬉しくなかった。やめてって叫んでも…星宿様、手止めようとしなくて…それで…』
『………柳宿』
『怖かった…怖かったの…』
翼宿は、またそんな彼の頭を自分の胸に引き寄せた。
『…………そか。怖かったな』
星宿に襲われ、水晶を手に入れる為に結界を破り、水晶の威力に慣れない体で急いで下界に降りて。相当な心労があっただろう。
翼宿はそんな柳宿の腕を自分の背中に回すと、体ごと担ぎ上げる。
『翼宿…?』
『とりあえず、山には帰れない。宿まで担ぐで』
『そんな…いいわよ。一人で歩ける…』
『今日くらい、甘えろ』
その言葉に、柳宿はハッとした。

『俺が一番してほしかった事や…お前に思いっきり甘えて貰う事…』

そう。今の自分なら、翼宿の夢を叶えてあげられる。
『うん…』
大きくて広い、翼宿の背中に体を預ける。
それは、本当に満ち足りた時間だった。


今夜は、ずっと一緒だ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ