百花繚乱・第二部

□第十三章『最後の夜に』
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『皆の者。明日が、転生の儀式だ。各々の希望をハッキリさせておくように』
天罡との闘いが終わり太極山に平穏が戻って、一週間が経った。
太一君は、今しがた朱雀の四人に転生の儀式についての説明を終えたところだった。
『それでは、今夜はお主らにとって最後となる太極山の夜だ。思い思いに、過ごすがよいぞ』
解散の合図を出したところで最初に立ち上がって部屋に戻ったのは、柳宿だった。
この一週間、彼は誰とも口を聞いていない。
『…………柳宿さん。何か、あったんでしょうか?』
『………そうだな』
軫宿は何となく状況を察していたが、張宿に合わせて惚けたフリをする。
『全く…ここまで、往生際が悪いとは思わなかったわ』
『そうね』
太一君と娘娘も、すっかり覇気をなくしてしまった彼の姿にはため息しか出ない。
しかし、その中で一人余裕の姿を見せているのは星宿で。
『太一君。直に、あやつも分かってくれるでしょう。わたしに、お任せください』
そう言って、静かに微笑んだ。


その夜も、柳宿は部屋の片隅の座椅子で一人時を過ごしていた。
今夜で、柳宿ともお別れ、七星と過ごした記憶ともお別れ、あいつと過ごした記憶ともお別れ。
もっと噛み締めるように時を過ごしたいのに、心は相変わらず空虚のままで。


"ありがとな…お前と両思いになれて…嬉しかった"


『……………っ』
あの台詞が頭をよぎり、柳宿は頭を抱える。
もっと冷たい言葉をかけてくれれば忘れられたかもしれないのに、優しすぎたその言葉はいつまでも脳裏に焼き付いている。
『…………翼宿』
コンコン
その沈黙を破ったのは、ノック音。
『柳宿。わたしだ』
『………星宿様』
『入ってもよいか?』
『………どうぞ』
訪ね人はそっと扉を開け、微笑みかける。
『最後の夜だ。共に、過ごそうではないか』
『………………』
柳宿は、黙って頷いた。

『わたしは、皇帝陛下の身などに縛られない普通の少年に生まれ変わりたいと思っている』
『そうなんですね…きっと、また美少年になる事でしょうね』
『そなたは?何に、生まれ変わりたいのだ?』
『わたしは…やっぱり、女性です。この体では叶えられなかった事を、たくさんしてみたいと思っています』
『………そうか』
他愛もない話ではあったが、かけられる言葉に柳宿はポツリポツリと上の空の返事を返していく。
やはり案の定の反応しか見せない彼の手前、星宿はひとつため息をつくと杯を机に置いて傍まで歩み寄った。
両肩をぐっと掴んだところで、初めて柳宿は星宿を見る。

『………柳宿。今夜は、一晩わたしと過ごしてくれないだろうか?』

『…………えっ?』
『わたしは、そなたを慰めたい。今夜は、わたしだけを見てほしいのだ』
『星宿…様。それは…っ!!』
その言葉を遮るかのように、星宿は柳宿の唇に唇を重ねた。
次には、容赦なく舌が滑り込んでくる。
『ほっ………』
苦しさに肩を押すが、皇帝陛下の手前いつものように手荒な真似は出来ない。
暫しの間その接吻は続けられ、やっと唇を解放した星宿は次にはぐったりとした自分の体を後ろの座椅子へ押し倒した。
『星宿様…何を…』
『お前の肌を…見てみたい』
憂いを帯びた声で自分を求める彼の姿は、しかしどこか威圧的にも見えて。柳宿は、ブルッと体を震わせる。
『…………おやめください。わたしは…そんなつもりは…』
顔を背ける柳宿に構わず、星宿の手が着物の襟をぐいと押し広げた。
次には、彼の唇が自分の感じる部分を求めてさ迷っていく。
『………やっ……!!やめてください………っ!星宿……さま…』
片方の手は無防備になった下衣を滑るように探り、唯一女になれない部分に到達するとそっと手を滑り込ませてくる。
『………離して………!』

『少し…気持ちよくなりなさい』

耳元で囁かれた自分を支配するような声に、一気に体が硬直する。
星宿の動きに合わせて、全身を痺れる感覚が襲ってくる。
目を固く瞑り口許を押さえながら、その恐怖に必死に耐える。

これが、自分が男である感覚。
怖い。男の姿を見せるのが、怖い。


『翼………宿………』


到達の手前、聞こえた柳宿の譫言のような叫びに星宿の動きは止まった。

『翼宿?』

柳宿は、ハッと星宿を見る。
『まだ、お前はそんな名前を呟くのか?』
『申し訳ありません…今のは…』


『やはり、あいつは最後までそなたに優しくしたのだな?』


その言葉に、次に驚いたのは柳宿だった。
『………え?』
『これだから…恋愛が分からない者は厄介なのだ。こういう時は、冷たく突き放すのが正解だろう』
『…星宿様?どういう事ですか…?』
向けられた星宿の瞳は、氷のように冷たい。

『わたしが、あやつに言ったのだ。お前を突き放せ…とな』

柳宿の頭は、真っ白になる。

あの別れは、翼宿の本意ではない。星宿に頼まれたゆえ、苦渋で決断した事だったのだ。
突然フラッシュバックしたのは、あの時のどこか悲しそうにも見えた笑顔。

『もう、よいではないか。柳宿。どのみち、あやつには触れない体なのだから。だから、わたしがお前のその体を存分に愛して…』


バシッ!


気がついた時には、柳宿は星宿の頬を思いきり打っていた。
絶対に手を出してはいけない、皇帝陛下である身分の相手の頬を。
柳宿は襟をかきあわせ、星宿を睨み上げている。
『…………柳宿』


『余計な事………しないでください!!』


そして、柳宿は走っていた。
後ろからの制止の声も聞かずに、ただひたすらに。


会いたい…会いたい…
最後の夜に、あの人に会いたい。
向かう場所は、ただひとつだった。



バタン!
柳宿は、太極山禁断の間に来ていた。
そこには、相変わらず煌々と光輝いている実体の水晶が供えられている。
柳宿の目に、迷いはなかった。意識を込めて、腕輪を小手に変える。

『腕輪…最後にこんな事に使わせてごめんね』


あの時の翼宿の悲しそうな笑顔…もう、させたくない。


バキッ
柳宿の拳が、水晶のガラスを覆う結界に直撃する。
その瞬間、拳から血が吹き出した。
『うあっ…!!』
小さく呻きながらも、それでも諦めずに何度も何度も破壊を試みる。


"………俺は…朱雀召喚したら………お前と、ずっと一緒に………いたかった。お前が死んでからも…その気持ちは変わっとらん"


翼宿のあの日の言葉が、薄れ行く意識の中で響く。


お願い…割れてくれ…!!


ガシャアアアン


結界を強く破った事で、ガラスが同時に砕けた。
力尽きたように、柳宿はその場に崩れ落ちる。
腕輪は完全に壊れてしまい、後に残ったのは骨まで到達しそうになる程に深く裂けた右腕だった。
『はあっ…はあっ…はあっ…』
封印が解けた水晶はそっと浮かび上がり、柳宿の体内に素早く飛び込んだ。
ドン!
体が熱くなる。血が巡る。脈打つ鼓動を感じる。
それは娘娘が入ってくる時とはまた違う感覚で、すぐに体がついていかない程だった。

『ごめんなさい…太一君…娘娘。………星宿様』

それでも徐々に意識を追い付かせていった柳宿は、血まみれの右腕を押さえながら立ち上がり、下界への出口を見つめた。

『行かなきゃ…』

魔法が解けてしまうその前に、早く彼の元へ行かなければ…

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