百花繚乱・第二部

□第十二章『太陽との別離』
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『四宮の天と四方の地…』
平城京に響き渡る、朱雀召喚の呪文。
闘いに傷付いた朱雀六星は、その声に耳を傾ける。

美朱と魏は、天罡を倒す為に再び巻物の世界へ戻ってきた。
しかし戻った先は、あの"鬼宿"が待つ平城京。
そこでボロボロに傷付いた魏を庇って、美朱は鬼宿の気弾を受け倒れていた。
しかしそこへ駆け付けた朱雀六星の救護により、美朱は一命をとりとめる。
しかしながら天罡の力は思いの外強大で、朱雀六星の攻撃は全く歯が立たない。
彼を倒すには朱雀を復活させるしか術はないと判断した…まさに、その時だった。

美朱と魏の体を朱雀の炎が包んだ瞬間、その呪文が発せられたのは。


『美朱!魏ーーー!!』
朱雀六星は、平城京の上空で何が起こっているのか分からない。
すると、突然眩い光が辺りを照らし始める。
その光は朱雀の六人をあっという間に包み込み、そしてそこから連れ去った。



『皆の者、ご苦労じゃったな』
程なくして聞こえてきたのは、懐かしい嗄れ声。
六人が目を開けたそこは、かつての美しさを取り戻した太極山だった。
目の前には、太一君の後ろに浮かぶ美朱と魏の肉体が見える。
『な、何で…?二人は…二人は、無事なんですか!?』
柳宿は唖然とするが、次の瞬間太一君に詰め寄った。
『案ずるな。二人は、無事じゃ。肉体は、極限まで使い果たしたがな』
(柳宿。みんな…)
その時、今や精神体となった美朱と魏が六人の前に現れる。
二人の愛が朱雀を復活させ、天罡は無事に闇に葬られた。
これにて、朱雀七星の闘いは完全に終わりを告げた事になったのだ。

『柳宿…柳宿お…』
精神体の美朱は、最後の別れの時に柳宿にすがりついた。
『美朱…よく、頑張ったわね。あんた…天罡に勝ったのよ。凄いじゃない…』
『柳宿が大変な目に遭ったって後から聞いて…心配してたんだよ。体は…平気?』
『大丈夫よ。翼宿に…フォローして貰ってたから』
柳宿はそう微笑むと、美朱の頭を優しく撫でる。
そんな柳宿に、彼女は告げた。

『柳宿。幸せになってね?今度こそ…一番大切な人と…』

その言葉は、どういう意味なのだろうか?
だけど自分より何倍も綺麗になり大人になったこの巫女は、恐らく何もかもを見透かしているのだろう。
『ありがとう…美朱』
『………美朱。むっちゃええ女になれよ』
その横から、翼宿もまた太陽のような笑顔で美朱の頭を撫でていた。


二人が現実の世界へ帰り、残された六人はやっと訪れた平穏に安堵の笑みを浮かべていた。
『これで、終わったのだな』
『僕達も、望んだ姿に生まれ変われるんですね』
『よかったなあ!張宿!今度は、長生きせえよ?』
軫宿と張宿が喜ぶ横で、翼宿もその事実を素直に喜んでいる。
『星宿様。ありがとうございました。星宿様の神剣のお陰で、被害を食い止められましたのだ』
『何の。さすがは、井宿だな。お前の術なしでは、我々は倒れていたよ』

お互いが労りの声をかけ合う中、柳宿は誰とも何も言葉をかわせない。
それは、この先に起こる出来事を予期していたから。

『さて…帰らねばな。翼宿』

井宿が呟いた時、翼宿もくっと顔を上げた。
『そうじゃな。残りの七星は、引き続き下界の治安の維持に精を出したまえ』
『僕達も、きっとすぐに生まれ変われますよ!』
『ああ。その時に、皆でまた会おう』
その場が、一気に生者と死者のお別れムードになる。

が、翼宿にはまだここで言付けを頼まれたあるやるべき事があった。
先程からずっと、背後から凍てつく視線を感じていた…それは、先日にその言付けを頼んできた人物の視線。

『…井宿。先に…帰っててくれや』
だから、瞳を伏せて静かに親友に告げる。
『え…?お前は…?』

『俺は、最後に語りたい奴がおんねん』

その言葉にドキリとしたのは、柳宿だった。
案の定、彼はゆっくりと近付いてきて、娘娘の実体が入った自分の肩をポンと叩いた。
『…………翼宿』
『ちょっと…ええか?』
そして、泉の方向へと歩いていく。
『行ってこい。柳宿』
実は既に事情を知っている太一君は、そんな柳宿に声をかける。
その言葉に黙って頷くと、彼の後を追った。
翼宿を追っていた視線の主は、二人がその場を去ると静かに唇の端を持ち上げた。

太極山の泉も落ち着きを取り戻し、その中央部分からは噴水も噴き出していた。
その噴水がよく見える畔まで来たところで、翼宿の足は止まった。
柳宿も、その数歩後ろで立ち止まる。
『ホンマに…もう、体平気なんか?』
『あ…うん。天罡のところに行くまでもあんたがフォローしてくれたし、だいぶ回復したわ』
『そっか…よかったな』
しかし、翼宿はこちらを向こうとしない。
特にその状態には逆らわず、柳宿は次に投げかけられる言葉を静かに待つ。


『…もう、今日で会わないようにしような?俺ら』


『……………っ』
案の定、彼の背中から投げかけられたのは厳しい言葉だった。
『お前の気持ちは分かったけど、もがいてもしゃあないねん』
『…………………』
『俺も、もしかしたら今後嫁貰わなあかんかもしれんし!そん時は歯食い縛って、腹括るわ!せやから、お前も今度こそ幸せに…』

いつもの笑顔を作って翼宿は振り向くが、言葉は続けられない。
柳宿が唇を噛み締めながら、大粒の涙を流している。

『……………ぬりこ』
『そうね…あんたの為にも…そうしよう』
涙を拭えども拭えども、それは止まらない。
『楽しかったよ…また、あんたとお酒飲んだり一緒に寝たり…夢みたいだった。それだけは…忘れないでいいかな…?』
『…………ああ』
『頑張って…ね?翼宿…これからは山護って…幸せに…』

翼宿は柳宿に近寄り、その頭にそっと手を置いた。
今なら、抱きしめられる。唇を重ねられる。
それでも、今、出来る精一杯はそれだけで。


『ありがとな…お前と両思いになれて…嬉しかった』


見上げた顔は、大好きな太陽のような笑顔。


『………元気で』


それだけを呟くと、翼宿はゆっくりとその場を立ち去った。
遠くなる足音を見送り、柳宿は地に膝をついた。


本当に、これでサヨナラ。
これで、いい。これで、いいんだ。
翼宿の選択は、何も間違っていない。
だけど。


『…………っあ………あああっ!!』


もう、あの太陽の笑顔には会えない。
土を握り締めて、壊れるくらいに泣いた。

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