百花繚乱・第二部

□第十一章『完全な敗北者』
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『…………たま…ぐっ!』
『喋ると、肉に食い込むぞ』
翼宿の全身には、たくさんの糸ががんじがらめになっている。
その有り様は、まさに操り人形のようで。
『はははっ!全く、お前らはどこまで人がいいんだよ?特に翼宿…お前は、大変だなあ?魏の面倒も俺の面倒も…』
『貴様…何モンや…!?何で、鬼宿の姿を…』
鬼宿が髪の毛を縛っていた紐をほどくと、それは武器のような棒に姿を変えた。
『いいんだよ。お前は、そんな事知らなくったって…それより、早く死んでもらおうか?残りの七星も、早々に始末しなきゃいけないんだからよ…』
『んなっ………ぐあっ!!』
その棒が掲げられた途端、突然力が抜けていく感覚に襲われる。
右腕の<<翼>>の文字が、弱々しく点滅していく。
『…………たま…』
『死ね。翼宿』


バシッ!


すると、小さな体が二人の間に割って入りその棒を遮った。
重力で押さえ付けられていた体が、ほんの少し軽くなる。
重たい瞼を持ち上げて、自分の前に立つ人物を見る。紫色の髪が靡いた。

『ぬ………!!』

柳宿が腕輪を発動させて、その棒の威力を押さえていたのだ。
『……………あ………っ…!!』
『柳宿…何だ。勘付いたのか…』
しかし、その棒の標的は馬鹿正直に直接それを握り締めている彼へと移っていた。
握っている側から、柳宿の体力が奪われていく。
『ドアホ!離せ、柳宿!その棒は…!!』
『ありがてえな…自分から、その力を捧げてくれるとは…』
その震える背中から朱い気が吸い取られているのが、翼宿にもハッキリ分かる。
しかし、柳宿の怪力は依然緩む事はない。
『………何!?』


『………離す…もんですか…!!これを離したら、翼宿が…みんなが…!!』



バタバタッ
そこに遅れて、井宿、星宿、軫宿が駆け付けた。
『翼宿!柳宿!』
『井宿!来るなやっ…!』
部屋に入ろうとした三人を、翼宿は制する。
『鬼宿…!これは、一体…!!』
『全員集合かな?こいつの気を吸い取ったら、次はお前らだよ…指くわえて、見てな!』
その間にも、柳宿は棒にしがみついたまま翼宿の足元に崩れ落ちた。

『ぬ…りこ…!!くそ、くそおおおっ!!』


シュルルルルッ
バシッ!


そこに巻物の先端が投げられ、鬼宿の体を捉えた。
『……………何だ!?』
『張宿?』
振り返ると、そこにはその巻物を握り締めている張宿の姿。
『地煞四天王"傭師"とは、あなたですね!?鬼宿さん!!』
『何の事だ…!?』
『この人の元々の姿は、鬼宿さんの石を僕達から奪ってそれを入れられた操り人形なんです!だから、この人は鬼宿さんではありません!』
『そうか!だから、敵の気配を感じなかったのだ!』
井宿が、悔しそうに呻く。

バシッ!

『うわっ!』
隙をついて、張宿の巻物が弾かれた。
『バレたら、仕方ねえな。もう少しで、鬼宿の姿のままお前らを地獄へ落とせたのによ』
先程まで子犬のような目をしていた鬼宿の目が、別人のように光った。
『ざ…………けんなあ………っ!!』
『翼宿!よせ!傷が開く!』
未だ糸に絡め取られたままの翼宿が叫ぶと、また鮮血が飛ぶ。
『今日は、この辺で勘弁してやるよ。俺の目的はお前らの抹殺でもあるが、もうひとつある。かつて俺と愛し合った美朱を、あの魏から取り返す事…』
心は鬼宿の人形はそう呟いて、せせら笑う。
『美朱は、また必ずやってくる…俺を、お前らを…求めてな』
そして彼の背後に広がった闇にゆらりと見えたのは、首謀者・天罡の姿。

(その時は、今度こそお前らを地獄へ案内しよう…)

その闇は鬼宿を包んで、そのまま消え去っていった。


翼宿は糸から解放され、地に膝をついた。
『翼宿!大丈夫なのだ!?酷い怪我なのだ!』
『大丈夫や…!それより、柳宿が…!!』
痺れる全身を押さえながらも、足元で気絶している柳宿の肩を急いで掴もうとする…が。

スルッ

当たり前のように、伸ばした手はその肩をすり抜ける。
しかし、次には別の手が柳宿の肩を抱き起こしていた。
『………………つっ!!』
そう。彼を抱き起こす事が出来た人物は、太極山の住人・星宿…
『柳宿。しっかりしろ』
星宿がそっと柳宿の体を揺り起こすと、彼は虚ろな瞳を開く。
『………ほと、ほり…さま…たすき…は…?』
『ああ。無事だよ…安心しなさい』
『………柳宿。お前…行けるか?』
次に翼宿が声をかけると、柳宿が視線をそちらに向ける。そして、力なく微笑んで。
『………酷い怪我じゃない…早く…軫宿に…手当てして貰わなきゃ…ね…』
そして、また意識を落とした。
『…………柳宿!』
『…気を失っただけだ。問題はない。だいぶ体力を吸い取られているが、我々は太極山の神力で守られているからきっと回復も早いだろう。それより、翼宿。まずはお前の手当てだ』
離すまいとその胸に柳宿を強く抱き冷たく言葉を投げかけながらも、星宿は威圧的な瞳を翼宿に向ける。

『それと………後で、話がある』

それは、まるで宣戦布告のようで。
『……………はい』
息を呑み、翼宿はただ一言だけ答えた。


キイ…
数刻後、翼宿は星宿がいる部屋の扉を開いた。
そこには、寝台に眠る柳宿の手を握っている星宿の姿があった。
その姿を見れば、一目瞭然。彼が言いたい事が、既に分かったような気がした。
『………軫宿に治して貰えたのか?』
『はい…まだ少し頭痛がしますけど、俺も七星なんで…こんくらいすぐに回復します』
『楽な姿勢でよい』
社交辞令ともとれる気遣いの言葉を呟いた後で、星宿はひとつため息をついた。
『太極山で、こやつの気持ちを聞いたのだろう?』
翼宿はピクリと反応するが、返事は返さない。

本当は星宿が柳宿を迎えに行けばよかったところを、翼宿に行かせた魂胆。それは先日に翼宿が暴走したと聞かされた事で、柳宿の気持ちが限界を迎えるであろうと察したからこそなのであった。
案の定、山から戻ってきた二人の様子は明らかに違っていた。
そこで、星宿の目論みは成功していたのだ。

『…お前は、どうするのか聞いておきたいと思ってな』
『…星宿様。俺は』
『…とは言っても、どうにか出来る問題ではないだろう?』
翼宿の言葉を遮り、星宿は続ける。
『わたしは、柳宿が好きだ。生まれ変わるまでの残りの時間を、こやつと過ごしたいと思っている』
『星宿様…』
星宿の指が、柳宿の艶のある髪を撫でる。
『だから、今回のようにお前の為に無謀に危険に飛び込んでいくこやつの姿をわたしは見ていられないのだ』
そこで初めて、彼はくいと翼宿の顔を見上げた。

『お前も、柳宿が好きなのだろう?ならば、お願いだ。柳宿をこれ以上傷付けないためにも…お前から突き放してくれ』



愛する人に、触れる事。愛する人を、愛してあげる事。愛する人を、幸せにしてあげる事。
死人でありながらも、その可能性を持っている星宿の手前。その可能性をひとつも持っていない翼宿には、彼を説き伏せる言葉は何ひとつ思い浮かばなかった――――

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