百花繚乱・第二部

□第八章『業火の真実』
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『ちょっとちょっと!美朱も翼宿達も、誰も森にいないなんて…!こんな大変な時に、みんなどこに行っちゃったのよ…!!』
『何か、あったのだろうか…?』
首都・栄陽の上空に、常人には見えない霊体の七星士が飛んでいる。
それは仲間と合流できずに彼らの気を探っている、柳宿と軫宿だった。
軫宿が持っていた鬼宿の石は、彼の目の前で消えた。
一刻も早くこの事を他のみんなに知らせて、次なる策を打たなければいけないのに。
先程の嫌な予感。やはり、誰かが危険な目に遭っていたという事なのだろうか?
柳宿の中の焦りは止まらず、ただただ夜の繁華街を飛び回りながら美朱達の姿を探す。

(……………柳宿)

すると、頭の中に聞き慣れた声が聞こえた。

(………誰?)
(柳宿…!俺や…)
(翼宿!ちょっと、あんた今どこにいるのよ!?こんな非常時に、離れたら…)

(頼む…!美朱と魏を…助けてくれ…!俺、このままやと………あいつらを…)

『…………つっ!?』
『柳宿?』
『翼宿の声…あの宿から…?』
『おい!』
柳宿は、そこから三軒程離れた場所に建っている一際明かりが目立つ宿屋を目指した。

その宿屋の入口に辿り着くと、井宿もちょうど入口の前に駆け付けていた。
『井宿!!よかった…会えて』
『柳宿!軫宿!分かったのだ?翼宿の気がここから…』
『うん…だけど、凄く乱れた気だったわ。最初、あいつの気だとは気付かなかったくらいに…』

ドオオンッ………!!
『きゃああっ!!』

二人の会話を遮ったのは、爆発に似た衝撃音と女性客の悲鳴。
中に駆け込むと、宿屋の中央階段で何かが燃えている。
そして、次に叫ばれた名前は耳を疑うもので。

『翼宿………翼宿ーーー!!』

『あ…あれは…!!!』
井宿が叫んだ先、そこには中央階段の踊り場で火だるまになっている人間と。そして、それを上着でかき消そうとしている魏の姿があった。
業火の中から見え隠れしているのは、炎の色と同化しそうな橙色の髪の毛…………

『………………つっ!!!』

柳宿は、思わず両手で口を覆う。

た…すき…!!翼宿…………!?

『まずいのだ!!軫宿!!』
『ちっ!!』
井宿と軫宿が、素早くその現場に駆け付ける。
軫宿は懐から取り出した神水を翼宿を燃やす炎に降りかけ、左手で力を与えていく。

火は、消えた。しかし、倒れた彼は目を覚ます気配はない。
何があったのか、後から駆け付けた三人は把握が出来ない。
しかし、彼の手から少し離れた先にはあの鉄扇が転がっている。彼は、自害をしたのだ。
『みつ…かけ。大丈夫だよね…?ねえ…!翼宿…大丈夫なんでしょ!?』
ワイシャツ一枚になった美朱が軫宿にすがりつくが、彼は唇を噛み締めたまま。

そうよ。起きなさいよ…ねえ。
このまま、あんたがあたし達の仲間になったら許さない…!!
あんたには、生きててほしいのよ。翼宿…!!

しかし、柳宿の頬は既に涙で濡れている。
魏も涙を浮かべながら、翼宿の体を揺さぶる。
『翼宿!おい!起きろよ!こんなんで、死ぬ奴じゃないよなあ!?バカでアホで根性なしなお前が…なあ!!起きろよ、起きろって!!』



『―――何やと、こら!』



その時、上着の下から名前を呼ばれていた人物が突然起き上がり、声をかけていた魏の顔面を踏みつけた。
『誰が、バカでアホで根性なしじゃ!!ええ!?』
そう。その表情は、いつもの翼宿で。
『た…た…』
『ありゃ?俺、生きて…?』

『翼宿ーーー!!バカヤロ、バカヤローーー!!』
『バカーーー!!』

軫宿の救助が間に合い、彼は、間一髪、一命をとりとめたのだった。

しかし安堵したと同時に、背後でその光景を見守っていた柳宿の意識は突然途絶えた。



『……………ん…』
柳宿は、そっと目を覚ます。
そこは、どこかの宿の寝台のようだった。

ああ。そうだ。
確か、翼宿の無事を確認したらそこで意識が飛んで…

翼宿は………?

『…………柳宿!』

扉を見やると、そこには今しがた様子を見に来たのであろう生還を果たした七星士の姿があった。
『お前、行けるか!?いきなり倒れて、俺ら、びっくりして…』

『…………っ!!』

柳宿は発動させた腕輪で、駆け寄ってきた翼宿の首に腕を回す。
『ちょ、柳宿!?おい…そんな状態で掴まったら、首絞まる………!!』
『バカ!!バカ…ほんとにバカ………!!』
しかし、柳宿は出来る限り腕輪に力を込めない。
それでもほんの少し息苦しいが、翼宿は震える彼の肩に手を回した。
『アホ…その台詞、あいつらに…言われ飽きたわ』

柳宿の泣き声がやむまで、暫くその状態が続いた。
その体の震えが小さくなってきたところで、翼宿は口を開く。
『なあ。柳宿…そのまま、一発俺を殴ってくれんか?』
『え…?』

『俺、美朱を抱こうとしたんや』

見上げた翼宿の姿は、とても小さく見えて。
『もちろん、敵の術に嵌まったからやで。せやけど、俺の心の隙…利用された』
『…………っ』
それは、やはり翼宿が美朱を好きだという気持ちを利用されたという事。柳宿には、そう聞こえた。
『あいつらには今まで土下座してたんやけど、何も責めよらんのや。俺…これじゃ、男として示しつかんねん。せやから、お前の手で俺を思いきり…』
そこで、柳宿は俯く翼宿の体をそっと離す。
『柳宿…?』
『無理よ…あたしには』
寝台から立ち上がり、格子窓から夜更けの空を見上げた。
『あんたの気持ちも、無理ないわ…美朱。あの子、いい子だもんね』
『………え?』
乾いた口から出た言葉は、精一杯の慰めの言葉で。
そういう意味ではないと悟った翼宿は、抵抗の言葉を言おうとするが。
『あたしもさ。生前は、男として美朱が好きだった時があったの。だから、あんたの気持ち分かるのよ』
『柳宿…そうやなくて』
本当は言葉を続けたくない。けれど、今、傷付いている彼の気持ちを汲んでやるのが"親友"としてしてあげるべき事。
『いいのよ?すぐに、否定しなくても…自然にあの子を応援出来るようになるまで、ゆっくり時間をかけていけば…』

耐えかねた翼宿はその言葉の続きを遮るように、柳宿の腕輪を背中側から掴む。

『…………そうやない。話を聞け』
『……………………』
『柳宿?俺はな………ホンマはお前に申し訳なくて…それで』
『………えっ?』

翼宿は、ためらうようにそっと息を吐く。
肩越しに、橙色の髪の毛が揺れる。

何よ…?早く…続き言ってよ。ねえ。翼宿…


バタン!
『柳宿!目、覚ましたの!?』
そこで、突然美朱が部屋に入ってきた。
通りかかったところで二人の話し声が聞こえたので、思わず部屋の扉を開けてしまったのだ。
二人がパッと身を離すと、美朱は柳宿の腕輪を掴んで上下に振る。
『よかった!心配したんだよ〜』
『美朱…ごめんね。こんな大変な時に…』
『ううん!みんな、食堂で待ってるよ!ホラ!翼宿も、行こうよ!』
『あ、ああ…』
先程までの状況など露知らず、美朱は無邪気に笑いながら柳宿の目覚めを知らす為に再び食堂へと舞い戻っていった。

残された二人の間に、沈黙が流れる。
『………すまん。何か、俺、疲れてたみたいや』
『………ううん』
『まだ、闘いは終わってないんやし…俺も切り替えてまたお前らと頑張るわ』
『そうよ…その意気よ』
しかしそう言いながら立ち去っていく翼宿の後ろ姿を見て、柳宿は思った。


"柳宿?俺はな………ホンマはお前に申し訳なくて…それで"


翼宿…?ねえ。何を言おうとしていたの?


あなたに触れる事が出来れば、その答えが分かったのかな?

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