百花繚乱・第二部

□第七章『思い違いの果てへ』
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『ホンマか!?美朱…石奪われたて。今まで見つけたの…全部…?』
翼宿が詰め寄ると、美朱は項垂れながら静かに頷いた。
『信じらんないわ…何よ、それ』
『まさか…天罡は最初からそれが出来ると分かっていて、眺めていたというのか…?』

ボロボロの娘娘に連れられて、美朱と魏が魔界から戻ってきたのは今しがたの事。
魏は、天罡に今まで集めた石を全て奪われたのだ。

『ははっ!何だよ、みんな!深刻な顔して…俺は、大丈夫だって!』
一番傷付いている筈の当の本人は、そんな空気を一蹴しながらその場を離れていく。
『美朱?お前も、どこ行くねん?』
『…魏。あたしの事、見ようとしなかった…』
続いてそんな魏の姿を見て傷付いた美朱もまた、その場を離れた。

『くっそ…これじゃ、バラバラやんけ』
『とにかく、先に張宿と軫宿を見つけてこよう。我々は、諦める訳にはいかない』
『…そうですね。そうと決まれば、早く動かなくては。あたし、軫宿を探してきます!』
『ああ。頼んだ…柳宿』
柳宿は早々に気持ちを切り替え、軫宿を探すため森を離れる事になった。
しかし、残された翼宿はポツンと座ったまま、その場を動こうとしない。
『翼宿?どうしたのだ?こういう時、一番に張り切って切り替えるのに…』
『………俺かて、ショックなだけや。あいつの石を一番最初に入れたのは、俺やし…ホンマ胸糞悪いやっちゃ…天罡は』
『…………?』
最もらしい理由なのだがなぜか語尾が揺れている事が気になり、井宿は首を傾げる。
『俺も…頭冷やしてくるわ』
『あんまり、遠くに行かないのだよ!翼宿…』
その声掛けには応答せず、頭をかきむしりながら彼は美朱達が抜けていった道と反対方向を歩いていってしまう。
『どうしたのだ?井宿』
『何だか翼宿までいつもと様子が違うので、気になって…』
まさかこの数刻後、彼が自分の親友に術を掛けられてしまうとはこの時の井宿には想像もつかなかったであろう…


ザクッ、ザクッ
土を踏み締める足元を見つめながら、翼宿は考えていた。
もちろん、天罡に石を奪われた事が一番悔しい。
だが、それとは別に"誰か"に対する苛立ちに似た感情が沸々と込み上げている。
それは、今、渦中にある、まさに"その男"に対しての感情。


訳…分からん。何で、好きな奴の事を悲しませたり苦しませたり出来んねん。
あんな顔したら美朱が落ち込んでまう事くらい、たまなら分かるやろが。


自分なら、柳宿の生前は彼の事を一番に考えて行動していた。
相手の性格や自分との関係を考えながら、相手が苦しまないように配慮していたつもりだ。
彼は不運にもこの世を去ってしまったが、再会した今でも変わらない関係を築けているのが自分の努力の証。

それなのに、好きな相手が生きているだけで幸せな筈なのに…あの二人は何をやっているのか?
自分なら、美朱を泣かせるような事は絶対にしない。


『つっ!?』
そんな考えに辿り着いた時、辺りを嫌な風が吹いた。
背後で烏が飛び立つ音が聞こえ、翼宿は背中の鉄扇に手をかけて振り向く。
『ふっふっふ…翼宿。複雑ですね?男女の気持ちを理解するというのは…』
『………何!?』
岩山の上に立つのは、碧色の髪の男。凍てつくような瞳で、こちらを見下ろしている。
『誰や、おのれは…』
『気が乱れている中での単独行動は、いけませんよ?山で、習いませんでしたか?』
『天罡の手下やな…!?今度は、何する気や!?あいつの狙いは、魏の石を奪う事だけの筈やろ!?』
『何を言っているのですか…?あなただって、朱雀七星。我々が、消すべき標的には変わりない』
そこで、男の背後の羽根が広がった。
『そうですね。ただ殺すだけではつまらないので、その気の乱れを利用させて貰いましょうか?』

バシャアッ!!

『うわっ…!!』
反撃の隙もなく、翼宿に大量の水が降りかかる。

『ふふっ。朱雀の巫女が、好きなのでしょう?あなたは、今まで一番頑張ってきた筈だ。朱雀の巫女を、手に入れなさい。そして、親友を、仲間を、その手で殺してさしあげなさい。楽しみにしているぞ、翼宿』

薄れ行く意識の彼方に、男の笑い声が聞こえる。


違う…俺が…俺がホンマに好きなのは…


しかし次に目を開けた時、そんな理性を持つ翼宿の姿は、もうどこにもなかった。


『ん…?』
柳宿は、嫌な気配を感じて振り返る。
先程までいた森の上空には不気味な烏が飛んでいるだけで、それ以外に何ら異変はない。

何だろう?また、誰かに何かが…?
ううん。今は、もう天罡の思うツボになってんだから。他に、何かある訳ないわよね…

『それより…軫宿、どこにいるのかしら?確か、この辺りから彼の気が…』
軫宿を探して、柳宿は張宏上空に来ていた。
ここは、彼に一番所縁のある場所。
案の定、彼の気もそこら一帯から感じ取れる。
上空から、注意深く辺りを見渡す。
『あ、あれ…』
とある民家の一角。そこに、少女と会話をしている大柄な軫宿の姿を捉えた。
『軫宿!』
『…柳宿』
『ちょっと〜探したのよ!』
『だあ♡』
ふわりと降り立つと彼と一緒にいた少女が、笑いながら手を振ってくる。
どうやら生身の人間のようだが…彼女には自分の姿が見えているようで、柳宿ははてと首を傾げる。
『少華!少華!』
『だあ!』
その時、母親が少女の名を呼ぶ。
少華と呼ばれたその少女は、二人に改めて手を振ると家の中へと戻っていった。
そう。その名前は、どこかで聞き覚えがあるもの。
『少華って…!』
『ああ。俺が、最後の時に力を与えた子供だ。驚いたな…俺達の姿が見えるらしい』
『………そう。よかったじゃない』
軫宿がこうして思い人と同じ名前の少女と再会出来ているのも、きっと何か意味がある事なのだろう。
柳宿は微笑みながら、軫宿を見つめた。
そして、軫宿もそんな柳宿に対してある事が気になっていたようで…その流れでそのある事を質問する。

『お前は?幸せになれそうなのか?』

『えっ…?』
『俺だって、生前からずっとお前らを応援してたんだぞ。今回の旅で、何か進展はあったのか?』
『軫宿…』
彼が尋ねてくる相手は、きっと『星宿』の事ではない。
しかも生前から応援してくれていたというその発言は、二重で柳宿を驚かせる。
『うん…どうにか、気持ちに踏ん切りがついたところ』
だから、素直に回答を返せる気がした。
『あいつと開いた距離もこの立場も、変えられないけどさ。それでも今のあいつは誰よりも頑張ってて誰よりも輝いていて、あたしの事も心配してくれてる。だから、せめて闘いが終わったらこの気持ちだけは伝えて、生まれ変わろうと思ってるわ』
『………そうか』
二年前はただジタバタする翼宿を茶化す事しか出来ないでいたが、その頃の彼の気持ちはきっと無駄ではなかったのだと、軫宿は目を細めて喜ぶ。
それにあれから話はしていないが、今でも翼宿は柳宿の事を…と密かに信じていた。
『そう!その為にも、鬼宿の石!ちょっと、今大変な事になってるんだけど…それを話す前に、あんたの石を探さないとね!』
パンと手を叩いて切り替えられたその話題に、軫宿は突然表情を曇らせた。
『今までのパターンからすると、この近辺よね!二人で探せば、何とか…』
『………柳宿』
『ん?』

『石は…石は、ないんだよ』

重たく告げられたその言葉に、柳宿は絶句した。

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