百花繚乱・第二部

□第三章『ほろ苦い酒盛り』
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そう。あいつは、またやってくる。
朱雀の巫女と朱雀七星士を連れて…


『みんなーーー!』
太極山に流れ着いた美朱が涙を浮かべながら駆けてくるが、その腕はするりと柳宿達の体をすり抜ける。
『やーねえ、美朱!あたしら、死んでるのよ?』
そう。誰が触れても、それは同じ事。

太極山へやってきた、美朱、鬼宿が転生した姿・魏、そして生き残りの七星士・翼宿と井宿。
その理由は、井宿が持っている鬼宿の記憶の石を手に入れるため。
魏には、鬼宿の時代の記憶が欠けていたのだ。
そこに魔神・天罡の邪魔が入り、魏を含めた朱雀七星が消滅する事を聞かされた美朱達。
邪悪な気の妨害により、太極山の七星士も望んだ姿に生まれ変われないでいるのだ。
天罡を倒すため、朱雀の巫女と朱雀七星は再び力を合わせる事になった。

『よっしゃあ!朱雀七星士復活やな♪』
朱雀七星に課せられた新たな使命に、翼宿が一人はしゃぐ。
こうして、生者と死者が集い一丸となる冒険が幕を開けたのである。


一旦帰還する時間となり、美朱と魏は現実世界へ帰っていった。
太極山に残されたのは、住人の七星四人と生き残りの七星二人。
『さてと…二人が戻ってくるまでは、各々体力温存じゃな。井宿に翼宿、今夜はここにおれ。また、いつ美朱らが現れるか分からんからな』
その言葉に、柳宿は一瞬ドキリとする。
先日のように内密に会いに行かずとも、これから暫くは翼宿と一緒にいられるのだ。
『感謝ですのだ。太一君』
『こんななーんもないトコで、腰落ち着けろ言われてもなあ』
『ならば、貴様だけ下界に突き落とすぞ』
『何でもありません。
………ほな、天国の美味い酒でも飲みたい気分やなあ♪』
翼宿は浮かれた顔でそう呟くと、ごく自然に飲み友達の柳宿の半透明の肩に腕をかけた。
『なあ。柳宿!何か知らんか?美味い酒♪』
『そ、そうねえ…そういえば、最近酒屋の店主がここに来た時に貰ったお酒が部屋にあったような…?』
『ほな!決まりや!今夜は、俺は酒盛りや♪ええやろ?太一君!』
『まあ…いつでも出動できるようにすれば、問題はない。飲みすぎるでないぞ』
周りから見れば、生前と変わらないお気楽に酒を酌み交わす関係。
先日の一件などでぎこちなくなるものでもなく、後腐れのないサッパリとした関係。
何も、不自然な事はなかった。

『いいね?星宿。止めなくて…』
『…よいではないか。一時の思い出になるだけだ』
そんな二人を遠目で見ていた星宿は、娘娘に皮肉な答えを返した。


『めっちゃ美味い酒やなあ♪こんなん、地上でも飲めへんで!』
『最近亡くなった酒屋の店主って、過去に四つの国に配って回るほどの有名なお酒を作ってた事もあるそうよ』
『こんなんがタダで飲めるなんて、ええもんやな〜』
『…死ななきゃ、飲めないからね?』
『あ』
柳宿が普段過ごしている部屋に翼宿を呼び寄せ、久々に二人の酒盛りが始まった。
しかし、今の柳宿は相変わらず実体がない。
二人が共通して行える事は、盃の中の酒を酌み交わす事だけ。

『へえ〜…それで、鉄扇取り返しに至t山まで戻った訳だ?美朱達が来る前で、よかったわね〜』
『ホンマやで!もう紅南は安泰や思うて、みすみす鉄扇預けた俺もアホやけど!あのまんま手ぶらであの化け物に遭遇してたら、美朱達も俺もお前らの仲間になるかもしれんかったんやで…』
『ふふ…やめてよね?もう、定員オーバーよ』
盛り上がっていた話題は、美朱達を助けた時の状況…自分が翼宿に会いに行った時にはなかった、鉄扇の行方について。
やはり鉄扇を持った翼宿は、百人馬力。久々の烈火神焔で、美朱達を襲おうとした化け物を倒したようだ。
『………まあ結局畑仕事残ってたから実家でもしっかり弱味握られて、またとんぼ返りしたんやけどな』
畑仕事のストレスを振り切るかのように、翼宿は杯の酒をぐいと飲み干す。

死んで時間が止まってしまった柳宿にとって、こうして毎日を生き生きと過ごしている彼の話を聞くのはとても心地よいものだった。
叶うなら、闘いになど身を投げずこうしていつまでも付き合ってあげたいくらいだ。

『そういえば、前もこうやって飲んだっけか』
『え…?』
ふいに思い出したかのように呟く翼宿の言葉に、目を見張る。
『懐かしいな…あれから、もう二年か』
『そうね…』
居酒屋デートや星見祭りの夜。機会があれば、二人で飲んで大はしゃぎした日の事。
柳宿が一瞬たりとも忘れなかった日々の事を、翼宿もまた遠い目をしながら懐かしんでいた。
『最初は、寂しくて悔しくてたまらんかったけど、またこうしてみんなで過ごす事が出来て…嬉しいな。まあ、これから大変やけど…なあ』
それは、彼の素直な気持ち。いつしか朱雀七星は、山賊の仲間よりも気を許せる仲だった。
そして、もちろん柳宿に対しても…

翼宿は何かを言おうとしたが、そこで言葉を飲み込む。
『何よ…?』
『いや…お前、どうなんや?こっちで、そろそろ願いは叶いそうなんか?』
またしても飛び出した"あの話題"に、身が竦んだ。
『星宿様の事…?』
『そうに決まってるやん!前は濁してたけど、ええ感じなんやろ?軫宿と張宿は今も二人でつるんでるんやろうし、誰にも邪魔されないやん〜』
今まで流れていた穏やかな時間は、この発言で一気に重たい時間へと変わる。
そこまで追求するのは、やはり自分の幸せを思ってなのだろう。
しかし、頭では分かっていても心が着いていかない。
こいつは、あたしの事なんてもうどうでもいいんだろうか?

『………断った』
『え?』
『こないだ告白されて…断った』
『………はあ!?やっぱり、進展あったんやないか!ちゅーか、何で断ってんねん!?』
顔を赤くしながら黙って俯く柳宿の顔を覗き込むと、翼宿はまた見当外れな事を思いつく。
『あ〜…?』
『なっ、何よ!?』
『お前、ビビってんねやろ?やっと夢が叶う前に、自分が男やって今更気付いてどうすればいいか分からんくなったんやないんか?何とかブルーって奴か?けったいな事考えとらんと、普段のお前でドーンと行ったらええやないか〜♪』
『……………っ』
満足げに人の心を見透かしたような発言をする翼宿に、煮え切らない気持ちは頂点に達する。
そんな自分の意思に連動してか、自然と腕輪が形を変えて。
『分かったような口…聞かないでよ…!…………あっ!』
『ん?どわっ!!ちょお、ぬりこっ…』


ドサッ…


お仕置きのために、ほんの少し背中を叩くつもりだった。
しかし酒が回った体がよろけて的を外した柳宿は、そのまま翼宿を押し倒していた。
怪力は押さえた筈だがそれでも増幅した腕輪の力で、相手の頭はほんの少し床に埋まってしまう。
『…………痛あ…。てめえは〜…』
『ご、ごめん…翼宿!大丈夫…』
そこでバッチリと合う視線に、二人の体は硬直する。
しかしどちらもそれ以上は求めず、その状態で暫く空白の時間が続いた。
『………………』
『おい。はよう、どけ』
『う、うん…』
耐えかねた翼宿がそう切り出して、二人は身を離す。
頭を摩りながら起き上がると、彼は深くため息をついた。
『…何や。能力使える時は、触れるんやないか』
『え…?………う、うん』
『まあ…そりゃ、そうか。そうやないと、意味ないもんな…』
『………翼宿?』
柳宿と触れ合う事は出来る。しかしその機会が訪れるのは、生前にも行われていた漫才の締めの一手の時のみ。
これほど、翼宿にとって複雑な事はなかった。
そんな気持ちは、この時の柳宿には分かる筈もないが。

『…その。すまんかったな。無責任な事…言ってしもて』
『え…?』
『俺、今も相変わらずこんなのうのうと生きてるから、お前の今の状態についてよう分かっとらんかった気がする』
二人の世界の距離…それは常人が関わる事は出来ない複雑な距離。
それにも構わずに生前と同じように接してしまった事に、翼宿は要らぬ責任を感じてしまったようだ。
柳宿はそっと微笑むと、空になった互いの杯に徳利を傾けた。
『らしくない事言わないの。接し方変わる方が、気持ち悪いわ』
『…せやけど』
『ごめんね…あたしが、おかしかった。そうよね…やっと星宿様の気持ちを射止められたのに、何、動揺してるのかしら?あたし…』
『……柳宿』
『いいのいいの!まだ帳消しになった訳じゃないんだし、ゆっくり考えるわ。それでめでたくお付き合い出来るようになったら、その時はあんたに報告…』


その時、翼宿の指がそっと柳宿の唇を遮った。
その指に遮られた空気の流れだけが、微かに感じられる。


『たす…』
『また、始まったな…無理して笑う癖』
『……っ』
『何かあるんやったら、一緒におられる時期はまた俺に何でも話せや。太極山や…星宿様について悩んでる事でもいいし。言うたやろ?俺といる時くらい、好きな事話せって』
翼宿の大人びた優しい笑顔に、柳宿の瞳が揺れた。
今すぐにでも抱きつきたい衝動に駆られるが、そこは唇を噛んでぐっと我慢する。
『ありがとう…そうよね。あんた、もうあたしの年齢超えちゃってるんだもんね』
『せやせや!これからは、俺がお前の兄ちゃんや♪』
『それは、何かムカつく』
『ははっ。冗談や。お前を見下せる根性ついたら、こんな苦労せんわ』
やっといつも通りになった翼宿は、笑いながら杯を口にする。

『………翼宿』
『ん?』
『もう少し落ち着いたら…また、話させてね?』
『………うん』


甘くて苦い、酒盛りの時間。
遠くなったり近くなったり、今はすれ違っているけれど、この気持ちだけは消せない。
柳宿は、改めてそう思ったのだった。

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