百花繚乱・第二部

□第二章『翼宿の望み』
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『俊宇!手抜かないで、ちゃんと耕すんやで!』
『へいへい、分かってるて…』


喉かな農村の田畑を嫌々耕している長身の少年…候俊宇。またの名を、朱雀七星士・翼宿。

朱雀の巫女の世界での青龍との闘いを終え、翼宿は至t山に無事に帰還した。
それからの二年間は今まで出来ていなかった山の仕事に従事して、やっと首領らしくなってきたところであった。
が。
落ち着いてきたところで、副頭・攻児から『里帰りしてやれ』という提案が飛び出したのだ。
実家から来ていた文を無視し続けてきた、翼宿を心配して思いついたとの事。
案の定駄々をこねた翼宿だったが、それを踏んで就寝中に鉄扇を取り上げていた攻児が『帰ってくるまで、これは返さない』とその獲物をちらつかせたため、こうして渋々この"里帰り休暇"を貰う羽目になったのである。


『あんたが七星探しの旅してる間は、男手足りない中で頑張ってたんだから!その分、今年はたんまり仕事して貰うで!』
『あのなあ…俺、別に遊んどらんて』
横で指示を浴びせる翼宿の姉・愛瞳は悪戯っぽく牙を見せながら、丸太の束を弟・俊宇に押しつける。
『はい!裏の納屋に持っていって!』
『………へいへい』

『………攻児の奴!帰ったら、絶対に烈火で丸焦げにしたるわ!毎日毎日、足腰壊れまくりで…はよ山に帰りたい〜』
里帰り休暇の終了まで、後一週間。
母親の爆乳と愛瞳の人使いの荒さには、さすがの首領も及び腰。
実家という場所は、彼の最大の弱点が溢れる地獄のような場所でもあった。

すると抱えていた丸太の束が突然浮き上がり、納屋の方向へ向かって飛んでいった。
『あ…』
一瞬風かと思うほどのその身軽な行動は、霊体だからこそ成せる業。
その霊体は納屋に丸太の束を運ぶと、紫の髪を靡かせてこちらを向く。

『柳宿…』

『久しぶり…』
『な、何や。急に!忘れかけた頃に、ぼさーっとやってきおって!』
『別に?散歩がてら、ふらっと寄っただけよ。それにしても、あの翼宿ちゃんが里帰りなんて慈愛溢れる行動するなんて意外ね〜』
『攻児の差し金や!俺は朱雀七星終わったら、至t山に従事するつもりやったのに…!あのボケ、俺をまた山から追い払ったんや!』
悔しそうに地団駄を踏む翼宿の姿に、柳宿はふっと吹き出した。

いつまで経っても子供であり、自分の弟…
しかし、彼はもう19歳。自分の年齢を超えてしまっている。
また身長が伸びて、その体つきも以前よりがっしりとしている。
今まで至t山に誠心誠意尽くしてきた事は、本当のようだ。
二年ぶりに見る、予想以上の彼の成長ぶりに速まる鼓動だけは正直だ。

『お前んとこは?みんな、元気か?』
いつの間にかそんな姿に見惚れていた自分を呼び起こすように、翼宿が問いかけてくる。
『ええ…変わりないわ』
『星宿様とも、仲良くやれてるんやないか?あっちの世界は、ず〜っと平和やもんな♪』
『えっ…?』
そこで、柳宿は今しがた星宿から告白された事を思い出した。

太極山は、平和で神聖な場所。だからこそその気になれば、生前は出来なかった事も出来る夢のような場所なのだ。
例えば、性別を超えて人を愛するという事も…
今でも自分が星宿と恋仲になる事を望んでいるのだと、翼宿は思っているのだろうか?
だけど、今、自分がしたい事はそのような事ではなくて。

『ね、ねえ…それよりさ。今更なんだけど…ちょっと翼宿に質問があって…』
『何や?サインなら、後やで』
『そうじゃなくて………ほら。あんたが星見祭りであたしに約束した事よ。話したい事って…何だったのかなって』
『話したい事…』
結局叶えられなかった、あの日の「約束」。
せっかく、会えた機会。翼宿と少しでも繋がりたいゆえ、ずっと気になっていたその話題を口にする。
しかし目の前の相手は頭をかきながら、こう答えた。
『…何や。よう、覚えとらんわ。それに…お前もう死んでるし、今更話しても…なあ?』
『………っ』
『あーーー!ちゃう!別に、そういう冷たい意味やないけど…その…』
明らかに顔色が変わった柳宿に気付いて、翼宿は両手をブンブンと振る。
二年も経てばこの男も少しは空気を読めるようになったらしいが、それ以上のフォローの言葉は出ないようだ。
しかし、気丈な柳宿はお決まりの笑顔で振る舞う。
『いいわよ。仕方ないわよね!あんたとあたしの立場では、今更聞いてもどうしようもない事だもの』
『…………ああ』
『じゃあ…あたし帰るわ。太極山の門限、結構厳しいのよね〜』
『そ…か…』
素っ気なく、下界の入口へ戻ろうとする柳宿。ため息をついてそれを見送ろうとして…翼宿の視線は止まった。

柳宿の背後には、白く光る二つの目。
常人に姿は見えない筈なのに、その目はしっかりと目の前の霊体を捉えている。
彼の動きを凝視し、間合いを見計らって…

『ぬっ、柳宿!!伏せろ!!』
『えっ…?』

ギャアアアッ!!

暗闇から飛び出してきた虎の化け物に、翼宿が側の鍬を思いきり投げ付けた。
鍬は間一髪その額に命中し、化け物は呻きながら姿を消した。

翼宿は慌てて、地面に伏せたままの柳宿に駆け寄る。
『お、おい!お前、大丈夫か!?』
『何よ、今の化け物…!あたしを狙ってた?』
『ああ…お前の事が見えたみたいや。最近ここら一帯を騒がせてる化け物がおるとは聞いてたが…ただの化け物やないっちゅう事かいな…』
霊体が見える化け物を差し向けてくるという事は、朱雀の者を狙っている者の仕業という事なのだろうか?
久々に遭遇した危険に、柳宿の肩は未だに上下している。
『ったく…国を護った七星士が平和ボケなんて…情けないわ』
『おい、立てるか?肩貸そか…』

スルッ

翼宿が差し伸べたその手は、柳宿の肩を空しくすり抜ける。
そこで、二人はハッと身を竦めた。
当たり前の事が当たり前に行われた…ただ、それだけの事。なのに。
『………柳宿』
『あ…あたし、帰る…』
『お、おい…』
その霊体は、口許を手で覆いながら立ち上がる。
明らかに涙を堪えたように見えたその表情に、翼宿はもう一度声をかけるが。
『助けてくれて、ありがとう。翼宿も…気をつけなさいよ?じゃあ…』
今度こそ下界の入口へ向かって、柳宿は飛んでいった。


その場に取り残された翼宿は、未だに空を掴んでいた右手をぎゅっと握りしめる。

肩を抱いてやる事も、涙を拭ってやる事も出来ない。
だから、言えない。言えなかった。あの日の約束の言葉。
だから。


『だから…お前は、幸せになれっちゅうねん…』


本意ではない、言葉をそっと呟いた―――

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