百花繚乱・第二部

□第一章『許されない恋』
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月光が輝く部屋の中、翼宿と柳宿は長い口付けをしていた。
どのくらい、そうしていただろうか?

この二年間、もう触れる事は叶わないと思っていたお互いの肌。
なぜなら、これは許されてはいけない恋だから。

しかし、これまで翼宿を手に入れる為に幾多の困難を乗り越えた柳宿の体は憔悴しきっていた。
翼宿は、そんな彼の体を慈しむように背中を掴んで優しく撫でて…

『………寝るか』
『………っ』

欲望を圧し殺して、優しく囁いた。
その囁きがまた彼との距離が遠ざかったように思えて、寂しくて切なくて…
だから、柳宿は寝台に向かう為に立ち上がった彼の背中に駆け寄り、後ろからギュッと手を回す。
『…………柳宿?』


『抱いてよ…』


『…………………』
驚きで目を丸くしながら振り向いた彼の表情は、しかし、いつしか憂いを帯びた微笑みに変わり…

頭を抱え上げられたと思った次には、激しく求めるような接吻が降った。

二年の時を経て、今夜こそ彼のものになる…




三ヶ月前―――
『娘娘…お願い!ほんの少しよ!』
美朱と魏が、巻物の世界に再び入る少し前。
太極山で、柳宿は娘娘にこっそりと頼み事をしていた。
『柳宿…今日で、その話五回目ね。何度頼まれても…太一君の許可が降りなきゃ無理ね』
しかし、頼まれた人物は腕を組んで頑なに首を横に振った。
『分かってるけど…でも、ここまで来たら娘娘にしか頼めないのよ…』
『何で、そんなに人間の体がほしいね?』

実体がない太極山の住人は、必要があれば娘娘の体を借りられる掟がある。
しかしそれが使えるのは、朱雀七星のように戦いに赴かなければいけない立場の人間のみ。
もちろん私情に娘娘の体を利用する事は、以ての他…なのであるが。
堅実な柳宿には珍しく、彼はある目的の為に先程から娘娘にその掟を使わせてほしいと交渉をしているのであった。
もちろん、そのある目的を彼女は知っていた。

『………やっぱり、翼宿の事ね?』

『べ、別に、それだけじゃないわよ!ほら!うち、兄貴がいるんだけどさ!一人で店番大変だろうから、それの手伝いも兼ねて前々から行きたいなって思ってたのよね!』
『嘘つかないね。そんな事、今まで一度も聞いた事ない』
子供の姿だから誤魔化せるだろうと思っていた柳宿はあっさりとその目論見を打ち砕かれ、観念したように項垂れる。
そんな彼に向けて、娘娘の言葉は続く。
『柳宿?柳宿の気持ちは、この太極山に来た時から一番傍で見てきた。だけど、その度に言ったよね?生きている人間との恋だけは、もう叶える事が出来ない。例え一時的に体を貸す事を許されたとしても、それは一時の幻。柳宿も翼宿も、もっと苦しむ事になる。娘娘。柳宿なら分かると思ってたんだけど…』
『…分かったわよ。ごめんね、娘娘。しつこくして…。
じゃあ…次の生まれ変わりを考える為に、下界を散歩でもしてくるわ』
その説得に諦めの色を見せてくるりと体を回転させると、天国の住人は下界の入口へと向かっていった。
『………まあ、会いに行くのは構わないんだけどね…』
その行き先すらも予知していた娘娘は、そんな背中を見てぽつりとそう呟いた。

『柳宿!』
後ろから声をかけられ振り向くと、太極山の同じ住人・星宿が立っていた。
朱雀召喚直前に心宿を討とうとして返り討ちにあい、彼もこの太極山の住人となったのだ。
『星宿様…どうされたんですか?お外に出られるなんて、珍しいですね』
『いや。お前を探していてな。どこかに、行くのか?』
『あ…生まれ変わりが中々決まらないので…ちょっと下界の人間を観察しに行くんです』
そんな事せずとも、柳宿にとっては男と女どちらにするかを決めるだけの事だと思っていたが…手をヒラヒラさせながら誤魔化す柳宿に、星宿は首を傾げた。
『あ…あの?あたしに何かご用ですか?』
『ああ…実は、それこそ生まれ変わる前に…お前だけに伝えておきたい事があったのだ』
『えっ?』
その言葉にきょとんとする手前、しなやかな指が柳宿の手を取る。
優しい瞳を真っ直ぐに見据えて…彼はこう告げた。


『柳宿。わたしと、一緒になってはくれないか?』


生前に柳宿が星宿に告白した時は玉砕という結果に終わっていたのだが、彼は柳宿が名誉の戦死を遂げた時からその勇姿に日に日に惹かれながらその死をとても悔やんでいた。
そして、今、太極山に降り立った彼は世継ぎなど気にしなくていい、云わば自由の身。そのため、残りの時間を柳宿と過ごしたいと考えていたのだ。
柳宿にとっては、生前ならば飛び付きたくなるような話…迷う余地すらない筈だ。

しかし動揺に泳ぐ目を隠そうと俯く相手の姿に、即了解を得られるだろうと思っていた星宿は眉を歪める。


『どうした?柳宿…』
『……………………星宿様。本当に嬉しいです。嬉しいけれど、あたし…』


その口から出た返事は、乾いていた。
そんな彼の反応と不自然な外出を総合して、いよいよその核心に気付いた。
今、柳宿の心を射止めている男性は他にいる。しかも、その人物は…
『柳宿…?そなた、まさか…生きている人間に、恋をしているとでも言うのか…?』
『あ…』
その問いかけに、柳宿の瞳が揺れた。
息をのみ、もう一度問いかける。

『それは…七星士か…?』

唇を噛み締めて静かに頷くその姿に、星宿はその相手の名を聞かずともすぐにそれが誰なのか分かり絶句した。
そう。それは、生前、彼の隣でいつも笑っていた人物。

星宿の手が、柳宿の肩に置かれる。
『しかし…そなた、分かっているか?それは、つまり…』
『…分かっています』
『愛する事は愚か、触れる事すら叶わない。お前が、もっと傷付く事になるんだぞ?』
『………それでも』
顔をあげた瞳から零れるは、涙。


『それでも、いいんです』


例え、実体を借りられなくても。色んな人から反対されても。
触れられなくてもいい。愛し合えなくてもいい。
あいつは生きていて、あたしは死んでいる。それは、変えられない現実なのだ。
それでも、自分に嘘だけはつきたくない…


あたしは、翼宿が好き。それだけ。


涙を浮かべながらもそれを主張する瞳に星宿はそれ以上詰め寄る事が出来ず、ただ時間だけが流れていた―――

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