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□夜に駆ける
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沈むように溶けてゆくように
二人だけの空が広がる夜に━━━

「ねえ。あたし、明日、髪を切ろうと思うのよ」
「………え?」
フカフカの布団に寝転んだ翼宿は、隣に座る柳宿を見やる。
まだ三つ編みを解かずに、それを弄んでいる小さな背中があった。
「闘いで、邪魔だと思うから」
「お前が、そんな激しい決闘をするようには見えへんけどな」
「何よ、バカにして…あたしだって、七星士よ?」
小さく口を尖らせる柳宿に、翼宿は小さく笑った。
そんな事は、分かっている。
だけど、お前には闘いは似合わない。
闘いに身を投げるくらいなら、その前に俺がお前を。
「女装は?もう、せんの?」
「しないわよ。陛下にも、失恋決定だし?」
「ふぅん」
何だか、面白くない。
女誠国で初めてマトモに見た女装は、とても可憐だった。

逸る気持ちは燻ったまま、時だけが流れていた。
自分の前から、ヒラリと逃げていく蝶に。
いつこの気持ちを言えばいいのか、吐き出せばいいのか。
そんな自問自答を繰り返していたら、今日のテントは柳宿と相部屋だった。
しかし、二人きりになったからといってすぐにそんな雰囲気になる間柄でもない。
だのに、変なところで核心をつくような相談事なんて持ち掛けてくるものだから。
こいつは、自分の事を何だと思っているのか━━━?


「━━━あんたは、女装と男装どっちのあたしが、好き?」


「…………っ」
そんな事ばかりを考えていたから、この問いには心を揺さぶられた。
「………翼宿?」
「…………………」
「もしもし?」

いつもいつも、彼の瞳にはあの人が映っていた。
大きな垂れ目が、今は自分の姿だけを映してくれている。
くっと息を呑むと、喉の奥がカァッと熱くなる。
これが、恋だ。

そもそも、初めて会った日からお前は俺の心の全てを奪った。
もう、いい加減気付いてほしい。分かりやすいと言われる自分が、これだけ気持ちを押さえているんだから。

起き上がり、近寄り、サラリと三つ編みを手に取る。
「たっ、翼宿?」
流石の距離の近さに、柳宿もほんのり頬を赤らめた。
「辛くないんか?失恋して…我慢して…ここまで、来て。お前、そんなに犠牲的な奴やったんか?」
「………犠牲なんて、言わないでよ」
「お前が髪を切る事で幸せになるんなら、何も言わん」
「翼宿…?ちょっと、どうしたのよ…?そんな、大袈裟な話じゃな、」
そこで堪らず唇を押しつけて、その話の続きを遮る。
「………ンッ」
言葉は、苦手だから。だから、気付いて溺れてくれ。
君が本当に闘いに身を投げる前に、一瞬でもいいから振り向いてほしい。
「たッ…すき…ダメよッ…みんなに…聞こえちゃう…んんッ…」
やっと、繋がったのに。小さな抵抗で、埋まった距離が名残惜しく離れる。
「星宿様に恋してる…お前の顔が嫌いやった」
「……………」
「初めて会った頃、あの人見ながら寂しそうな顔しとったんや。お前は」
「翼宿………」
動揺に目を泳がせて俯く柳宿の反応に、また心が震える。
そんな星宿が、恋敵が、今はここにはいない━━━
テントを支える支柱に手を掛け、逃げ場を塞ぐように閉じ込めた。
「笑っててほしい。髪を切っても切らんでも、変わらんでほしい。俺に向ける笑顔だけは、やめンな」
「………っ」

「………好きなんや、柳宿。ずっとずっと、お前に惚れてた」

幸せにしたい。

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「………翼宿。あんたの気持ちは、嬉しいわ。でも、あたし…もう、色恋には溺れたくない…」
「………嫌いか?俺の事」
「そうじゃない」
潤んだ瞳が、自分を柔く拒否しているのが分かる。それでも、柔い。
優しいから、君は本当はとても優しい人間だから。
その瞼に、そっと口付けを落とす。
「………翼宿」
「一晩で、振り向かせたる」
「………ッ。ダメ」
しかし抱き寄せても、それでも抵抗はしてこない。
「愛されたい癖に」
「………………」
「分からんのやな。俺も、よく分からん。ただ、夢中にお前だけが好きや」
こんなに好きと繰り返せる時間なんて、もう人生に何度もない。
だから、伝われ。伝わってほしい。
懇願する想いに応えるように、柳宿は嗚咽を漏らした。ほんの少し、身を離す。
「きっと………あたしは、怖いだけ」
「柳宿」
「また、愛する人の背中ばかり見る日が来るのが」
「………そか」
素直になった相手の額に額を寄せれば、長い睫毛はすぐ目の前で伏せられた。
いとおしい。いとおしくて、堪らない。
「………切るにしても切らんにしても、今夜は俺に精一杯触れさせろや」
触れたくて触れたくて堪らなかった、髪の毛の編み込みを柳宿の背中で解く。
フワリと舞った花の香りに導かれるように、翼宿はその首筋に口付けを落とした。

「答えを言うてなかったな。俺は、どっちのお前も好きや」

そのまま、床に押し倒す。
「………声、聞こえちゃうかも」
「………我慢せえ。俺も、他の奴に聞かせたくあらん」
「あたしばっかり我慢なんて、鬼よ」
最後まで嫌味をこぼす唇を、また小さく啄んだ。

「そん時は、俺がいくらでもこうしたるさかい」

俺の愛を受け止めてくれ。今夜だけでも。
沈むように溶けてゆくように
二人だけの空が広がる今夜だけでも━━━

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