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□春季来々
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「彩賁帝と楊鳳綺様の前途を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
ここのところ戦争が続いてどんよりとしていた紅南の空も、この日だけはどこまでも晴れ渡っている。
今日は、紅南国皇帝・彩賁帝と後宮から選ばれた妃・楊鳳綺の結婚式だった。

「皆の者も…戦の最中、呼び戻してしまって申し訳ないな」
星宿と鳳綺の手前、旅に出ていた朱雀七星士もまた卓を囲んでいた。
何名かは席を外していたが、そんな事気付く暇もない程に豪勢な料理を平らげる人物が一人…
「そんな水くさい事言わないでよ、星宿♡ご馳走が、こんなにあるんだもん!戻らない訳には、いかないじゃん!」
「こら!美朱!お前、もっと朱雀の巫女らしくだな〜」
「よいのだ、鬼宿。美朱。今宵は、たくさん食べるがよい」
「任せて〜♪」
しかしながら、こんな和やかな光景なんて久々なもので。
他の七星も、皆、微笑みながら暫しの団欒を楽しんでいた。

「柳宿様。もう、冷えるお時間です。宴の間に戻らなくても、よろしいんですか?」
「もう〜あたしだって、元後宮の妃なんだから…もう少し、一人にさせてよね」
「あ…申し訳ございません」
「ふふ…いいのよ。あんたこそ、早く入りなさい」
ざっくりと切られた髪の毛はそのままに久々の女装を施して振り向いたのは、宴の間を抜け出した柳宿。
声をかけた侍女も見とれる程に、その美しさは少しも損なわれてはいなかった。
そして、彼の両手には、先程、鳳綺から受け取った色とりどりの花束が溢れている。

"康琳!受け取って!あなたにしか、渡せないの!"
"鳳綺…気持ちは嬉しいけれど、これは女に渡すものなんじゃないの?"
"何を言っているの?康琳は、永遠にわたしのお姉さんよ!次は、あなたが幸せになる番。どんな形でも…ね?"
"う…ん"

「そんな薄着じゃ、冷えるやろ。マジで」
そして次には、いつの間にか隣に腰かけた男が声をかけてくる。
その他の七星もそうだが、この日の彼も余所行き用の衣装を身に纏っておりいつもと違う雰囲気だ。
「あたしには、そんな格好受け付けないのよ」
「結局、心は乙女なんかあ〜」
それでも、今日の二人の会話にはどこか威勢がない。
それもその筈。今日は、皇帝陛下の大事な婚儀だ。
ぎゃあぎゃあ騒いでは、せっかくの雰囲気が台無しになる。
それでも、柳宿は誰かと話がしたかった。
今日この日についての話を…
「星宿様も鳳綺も、幸せになってほしい」
「せやなあ」
「鳳綺はね、とってもいい子なのよ。後宮に来た時から、全然垢抜けてなくて闘争心がなくて優しくて…あたし、星宿様があの子を選んでくれてホントによかった」
「顔は…ごっつお前似やけどなあ」
翼宿の核心をついた言葉が、話の続きを遮った。
「あんたは、蛇足が多いわねえ。黙って、聞いてなさいよ」
「へいへい…せやけど」
まだ話し足りないのだろうかと、柳宿はくいと横の人物を見やる。

「お前、強いな」
「…………っ」

きっと、その言葉は翼宿がずっと柳宿にかけてあげたかった言葉だったのだろう。
婚儀の時も、披露宴の時も、ずっとずっと柳宿の事を気にしていたのは翼宿だ。
しかし彼は涙ひとつ溢さず嫌味ひとつ言わず、侍女と一緒になって主役や客人の世話をしていたのだ。
そんな彼を素直に褒めたその言葉に、柳宿の顔は耳まで真っ赤になる。
向けられた優しい笑顔は、今までに見た事がないものだったから。
「あり…がと」
ここで言うのは場違いだろうが、それでも今ここにいるのが翼宿でよかったと思えた瞬間に口を突いて出たのは、お礼の言葉だった。
「ホラ、戻るで。さすがに、長時間空けるのは不自然やろ」
「あ、ちょっと待って…きゃ!」
縁側から慌てて降りようとすると、着物の裾に足を引っ掛けて転落しそうになる。
そんな柳宿の体を受け止めたのは、翼宿の大きな腕。
…しかも。幸か不幸か、弾みで触れたのは熱を帯びた唇と唇だった。
しかし、二人は特に騒ぎもしない。唇を離し、ただ見つめ合う。
翼宿の首に強く掴まった事で、掌にあった花束は全てパラパラと地面に落ちた。

"次は、あなたが幸せになる番。どんな形でも…ね?"

「お前がよければ…俺はいつでもええんやで」
「………バカ」
涙を浮かべながらも、柳宿はもう一度次なる思い人の唇を塞いだ。

幸福の宮殿で生まれた、もうひとつの愛。
それは決して表沙汰になる事はないが、宮殿の中で笑い合う新郎新婦に負けないくらいの愛を奏でるであろう。 

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