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□求愛の真実
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紅南国の大地池には、今日も心地よい陽射しが降り注いでいる。

「………このシミ、中々取れないわね」

その池の畔で、罰が悪そうな顔をしながら衣を洗濯している人物がいた。
朱雀七星士が一人・柳宿。
本当は七星の世話は宮殿の侍女が行う事になっているのだが、なぜか今日の洗濯は彼が担当している。

理由は、ある。それは。
「酷いわ…星宿様。惚れ薬の罰に、一日の洗濯当番をやらせるだなんて」
事件は、昨日の昼間に起きた。
仲間同士で朱雀の巫女をもてなす会を開こうと企てたまではよかったのだが、食材を買いに行く途中で見つけた惚れ薬を柳宿はこっそり購入していた。
しかし当初は標的の星宿だけに飲ませようとしていたその惚れ薬を事故で星宿以外の人物が飲んでしまい、自分を取り合う事態になってしまったのだ。
幸いにも薬の効果は一時的なものだったので、今は全員元に戻っているのだが。
柳宿に何か制裁を…という話になり、結果、被害者になる筈だった星宿から今日の洗濯当番を命じられたのだ。
「まあ、星宿様に接近禁止になるよりは…いいか」
他人の心を無理矢理動かしてはいけない…
その掟を破ろうとした自分に責任がある事は、重々自覚していた。
だから、ため息をつきながら次には積み上げられた衣の濯ぎに入ろうとする。
すると。
「………おおー。ちゃんと、やっとったかあ?洗濯とーばん」
呑気な声が頭上から聞こえてくるが、柳宿は特に振り向きもしない。
「………何で、いるのよ。暇人」
「ここは、俺の昼寝スポットや。お前がぶつぶつ独り言言い腐るから、起きてしもたんや」
代わりに投げかけた嫌味たっぷりの言葉が、またも嫌味たっぷりの言葉で返された。
「あら。それは、ごめんなさいね?全く気付かなかったわ…あんたが、そんなトコで寝てた事なんて」
「なあに怒っとんねん…自分が撒いた種の癖に」
嘲るような笑いを浮かべて翼宿は木から飛び降り、柳宿の背後に佇む大木に背中を預けた。
「あのね。元々は、あんたがあたしのスープを勝手に味見したのが悪いんだからね?あれがなければ、薬の小瓶を見失う事もなかったんだから…」
「へいへい」
いつもいつも、何かと絡んでは何かと突っ掛かってくるのはこの男だ。
それなのに特に反省もせずいつもの関係に戻ろうとしてくるところが、また癪に触る。
「しかし…あんたも、ベタな告白するもんなのねえ。驚いたわよ」
「けっ」
「薬の効果なんだろうけど…星宿様より俺の方がお前を幸せに出来るから、俺に黙って着いてこい。だっけ?よくも、そんな歯の浮いた台詞が言えたもんだわ」
「………………」
だから今度は自分がからかう番だと、柳宿は洗濯をする体制のまま後ろの相手を茶化してみる。
この程度の茶化しでは、お気楽なこの男には痛くも痒くもないであろう。そう、期待した。のだけれど。
気付けば、その状態で暫く沈黙が流れていた。
響く音は、手元の洗濯物を濯ぐ音のみ。
「…………ん?ちょっと…何、黙っちゃって…」
いい加減後ろの人物の表情が気になったところで、柳宿はそっと振り向こうとする。
その時、悪戯のように少し強めの風が吹いた。
その風は、綺麗に濯いで積み上げた洗濯物の束のバランスを崩す。
「…………あ!」
思わず手を伸ばそうとして、柳宿の体も傾いた。
パシャ…
無惨にも、洗濯物の束は池の中へと吸い込まれた。
しかし自分の体は、地の上にある。気付いた時には、翼宿が凭れていた大木に寄りかかる状態になっていた。
それは池に落ちそうになった自分を翼宿が引き戻してくれた事で、叶った体制。しかし彼の顔は、自分のすぐ近くにある。
照れてしまう程の、至近距離だった。
「あ、ありがと…翼宿」
「…………分からんかなあ」
「え?」
柳宿が寄りかかる大木に手をかけると、翼宿は逆光の中でフッと微笑んだ。
「薬のせいやと…思うてたんか?」
「……………えっ」
言葉の意味を理解するのに十秒はかかったが、理解した時には頭の中が沸騰していた。
しかし、翼宿はそれ以上手を出してこない。
パンパンと手を払うと、立ち上がった。
「………まあ、お前はそのまんまでええんやないか?一生、叶わない恋を追いかけるオカマとしてな〜」
「んなっ!何て事言うのよ!」
「それよりも」
翼宿は後ろの池を親指で指差しながら、告げる。
「はよ洗い直さんと、日暮れてまうで」
そこには、まだ救出されていなかった洗濯物達がプカプカと浮いていた。
「ああーーー!」
「ほな、俺は宮殿で昼寝の続きを…」
「ちょっとは、手伝いなさいよーーー!」
一生、叶わない恋…それはお互い様なのかもしれないけれど。
池の手前で混乱する柳宿を尻目に、翼宿は大地池を後にした。

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