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□呪いのフォーチュンクッキー
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世の中には、気持ちを伝え合いたくても上手く伝え合えない男女がたくさんいる。
ワシは、そんな意地らしい男女を救うべくこんなお菓子を作ったんじゃ。
その名は、フォーチュンクッキー。何でも外の国では中華料理店でよく振る舞われるらしいが、ここ中国では全くと言っていいほど流行っておらん。
じゃから、ワシが広めに降りた訳じゃ。禁断の呪いをかけた、特別なフォーチュンクッキーをな━━━
ほら。おめでたそうな男が、ニコニコ顔でこちらに寄ってくるぞ。今日は、売れそうじゃ。

「ふんふんふん♪柳娟が戻ってきたばかりだから、美味しいお菓子をたくさん買い込まないとね♪」
鼻歌まじりに茶菓子売場に並んだのは、呂候。迢家の長男である。
彼は、いつにも増して機嫌がいい。それは、彼の弟の柳娟が朱雀のお勤めを果たして家に戻ってきたからである。
何を隠そう、彼は究極弟が好きである。彼が喜ぶ事なら、何でもしたいと思っていた。
「━━━ん?」
茶菓子売場の真ん中に埋もれるように小さな店を構える老婆の存在に、呂候は気付いた。
「これって…もしかして、あの」
「フォーチュンクッキーですよ。おひとつ、いかがですか?」
「お店のお客さんが、話題にしていたんですよ!これが、そうなんですね!」
顔を輝かせて商品を手に取る呂候に、老婆はニヤリと笑った。
「ええ。大した事は書いてありませんが、一緒に食べた人との素敵な思い出になるかもしれません」
「素敵な思い出…」
柳娟との思い出。その言葉に不覚にも胸が躍り、呂候は何の警戒もなく懐から財布を取り出していた…

「ただいま。あれ、柳娟。その方は…」
「だから!こっちの衣がええんや、客の要望優先せんでどないすんねん!」
「あんたは、センスがないわねぇ!黒ばっか持ってるのに、また黒選んでどうすんのよ!」
帰宅した呂候が声を掛ける事もままならないほどのけたたましい言い合いが、店内に響き渡っていた。
柳娟…朱雀七星士の柳宿は、来店していた橙色の髪の毛をした若い男と言葉を交わしていた。しかもとても馴れ馴れしく、ある意味ではとても親しげに。
「柳娟…!まさか、その人はお前の恋人…」
「はぁ?兄貴ってば、やあねえ!こんな野蛮な奴と弟が、付き合っててほしいとでも?」
「コラ!お前、さっきから失礼やぞっ!」
「…ま、こいつとはこんな感じでも平気な付き合いなんだけどね」
呂候は、そんな弟の姿にガックリと肩を落とす。それは無自覚に親しい間柄という意味であり、人に壁を作りやすい柳宿にとっては珍しい事だ。
しかも、その相手も満更ではなさそうで。
(この人…好きだな…)
直感的に、呂候はそう思ってしまった。
「あら!呂候さま!そんなに大荷物持たせたままで、申し訳ございません!すぐに、持っていきますね!」
そんな彼が持つ買い物袋をスルリと引き取った侍女が、返事も待たずにそれを客間へと持ち込んでいく。
「………あら?」
袋の中身を出していると、一際珍しい茶菓子が侍女の目についた。
「まあまあ!可愛らしいお菓子だこと!お客様には、こちらをお出ししましょっ!」
何も知らず、彼女はそれらをまるごと盆に乗せた。

「で?今日は、何でここに来たのよ?」
客人の茶は自ら淹れるのが、柳宿の習慣になっている。茶器から熱いお茶を注ぎながら、柳宿は尋ねた。
「………ん。やから、山の仕事が一区切りついたから…」
「一区切りついたからって、顔見に来る仲じゃないでしょーよ?衣には無頓着だし、買い物しに来たガラにも見えないわよ」
「俺かて、買い物くらいするわっ!」
毒づき、淹れてもらった茶を不貞腐れたように飲む。甘くて上品な香りのこの茶は、翼宿の大好物である。
口をつけ無意識に頬を緩めた翼宿の表情を、柳宿は呆れた笑みで見つめた。
(せ、せやからやな…!俺は、今日こいつを迎えに来たんや…それは、つまり何でかっていうと…)
(ホントは滅茶滅茶嬉しいのに、素直じゃないわよね…あたし)
お互い全く同じ事を考えながら、茶を啜る音が響く。
さて、どうしようか?この逸る気持ちを、どう伝えようか?
「と!とにかく、今日は話があって…やな!わっ!?」
「なっ、何よ!?」
「何や、この菓子は!紙が挟まっとる…不良品やないんか!?」
「ああ…これは、フォーチュンクッキーよ」
「ふぉーちゅんくっきー?」
翼宿が手にして固まっていたものを受け取り、柳宿はそれを二つに割った。
「海外で流行ってる、おまじないが書かれた紙を挟んだお菓子よ。はい、半分あげる」
「あ、ああ。茶の時間にまで、占われてもなぁ」
「女は、そういうのが好きなのっ!」

パリッ
パリパリ

・・・・・・

「何や、これ!何も、書いてへんやないか!やっぱ、不良品や!」
「えっ?おかしいわね!?ちょっと、見せてよ…!」
「ん???」
「え???」
先程と、視界が違う。クッキーを手にしていた筈の柳宿は、柳宿の向かい側に。ただクッキーを頬張っていた翼宿は、翼宿の向かい側にいるのだ。
「何か、おかしない?」
翼宿は、自分の身体をペタペタ触る。やけに華奢な胸板に簡素な平服、そして髪の毛を触ればやけにフワフワしていていい香りがする。
一方の柳宿は、真っ先に背中に背負う鉄扇の重さに肩がズシリと来る。自分がなる事が出来なかった、逞しい体つきがそこにはあった。
「「○×△□○×△□!?」」
「柳娟さま!」
「はっ、はぁい!?」
突然侍女が飛び込んできて、翼宿の中の柳宿は声をあげる。侍女は、首を傾げた。
「…あの。お店に戻っていただけます?柳娟さまご指名のお客様が、いらっしゃいまして…」
「ああ!すぐ、行く!」
「………お客様は、まだごゆっくりなさっていてよろしいんですが」
いつもの調子で受け答えしていく柳宿…いや翼宿の姿に、一足早く柳宿の中の翼宿が状況を把握した。このままでは、まずい。
「おい!」
「なっ、何!?」
「お前、まだ分かっとらんのかいな!?入れ替わってもうてん!」
「信じたくなかったけど…やっぱ、そうなの!?」
「柳娟さま!申し訳ありませんが、急いでくださいませんか?」
こんな時に、非情にも侍女が急かしてくる。
「と、とりあえず!俺、お前のフリして出るわ!お前は、ここに隠れておけ!」
「無理よ!あんた、服屋で接客なんかした事ないでしょ?あたしが…なるべくあんたのフリして横からフォローするから」
「おかしないか!?それ………まあ、商売ダメにするよりはええけど。お前大丈夫か、マジで」
「あんたこそ、ボロ出さないでよ!」
「………………」
信用ならない。そう思った翼宿だが、ここは柳宿に従う事にした。

━━━━が。
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