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□逢瀬の雪原
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ザクッザクッ
雪原を踏み締める機会は、紅南国の人間には滅多にない。
それでも必ずこの時期になると訪れるその人物は、今日も覚束ない足取りで山を登っていく。
ここは、北甲国、黒山。
玄武の神座宝が奉納されていた、廟の扉の手前。そこには、小さな墓標がある。
その人物は、その墓標の前に来ると立ち止まった。
「どや?寂しかったんちゃうんか?」
いつもギャンギャン喚いて周りにはガキ扱いされている男ではあるが、その語調は最愛の恋人に語りかけるように優しい。
「おかしなもんやで。いっつもええ天気で。一昨日まで吹雪いとったいうのに…この日は特別なんやな」
朱雀七星士・翼宿は、雪をキラキラと照らす太陽を見上げて呟いた。
そう。必ず、この日だけは晴れる。柳宿の墓を参る、この日だけは…
「………今日は、いつもより遅いんじゃない?」
その呼び掛けに呼応した声は、落ち着きのある男性とも女性とも取れない、しかし、色気のある声。
しかしまたしても憎まれ口を叩きながら墓標の前に現れた相手に、翼宿はムッとする。
「一人で来てやってるんやから…少しは待っとけ。井宿でもいれば瞬間移動で一瞬のところを、足腰使って来てるんやからな」
「いいじゃな〜い!この雪山歩けば、結構な老化防止になるわよ♡」
「アホ」
そんないつものやりとりになるが、目の前の相手は自分が来た事に対してとても嬉しそうに目を細めて笑っている。
この笑顔を独り占めする為に、自分は毎年ここまで自分の足で来ているのだ。
「また…男らしくなったわね」
「………っは!?」
突然の褒め言葉に、翼宿は拍子抜けする。
「そりゃ、そうか…どんどん、大人になってくんだもんね。あんたは…」
「…当たり前やろ」
「一緒に…生きたかったなあ」
そう呟いて瞳を伏せて、しかし柳宿は無理して笑顔を作ろうとする。
こいつは、強がりの中にいつもつつけば壊れてしまいそうな弱さを隠してくる。
それを見抜いて包んでやるのが、この墓を一人で参るもうひとつの役目。
翼宿は、そっと柳宿の体を両手で包み込む。
実体がない事を実感しないように、優しく優しく…
「これからも来るから…」
「…………」
「寂しい思い…させへんから」
零れる涙に気付かれないように、柳宿はそっとその胸に顔を埋めた。

年に一度の、柳宿との逢瀬。
それを祝福するかのように、今日も太陽が二人の姿を照らしている。

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