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□ねがい[後]
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「井宿…どういう意味なの?翼宿が、あたしに潰れてほしくないって…」
柳宿は、井宿に事の真意を問い質していた。

着飾って星宿を慰めようとした自分に向かって、翼宿は憐れむような目を向けたのだ。
その行為は、とても気分を害するものだった。
しかし、そんな柳宿に井宿は言った。
「翼宿は、柳宿の事をよく見ている」と…

「言葉の通りなのだ」
「あたしには、分からない。いつもいつもあたしに嫌味をつけるだけの…いつもの翼宿にしか見えなかったけどな」
狐顔の面は、ただニッコリと笑うだけだった。
「翼宿がお前にかける言葉の中には、お前を思いやる気持ちが隠れているのだ。柳宿はそれに気付かずに、表面だけで相手の気持ちを察している」
「あたしを思いやる気持ち…?」
「柳宿。翼宿が心配しているのは、本当に君が潰れた時に君を襲う後悔なのだ」
そこで初めて井宿は面を取って、柳宿に語りかけた。
「その時が来ないように…君が、君自身をしっかりと保たなければいけないのだ」
「井宿…変な事言わないでよ。…あたし、星宿様のところに行ってくるね」
その威圧的な言葉が少し怖くなり、そのまま逃げるようにその場を立ち去った。
「どうやら、君の予感は当たりそうなのだ…翼宿」
親友の気持ちを汲んだ行動が実らず、僧侶は寂しげに面を元に戻した。

ゴロゴロゴロ…
雷鳴は、鳴り響いている。
「星宿様…ここにいるのかしら」
気付けば、美朱の部屋の前に来ていた。
二人の邪魔はしないつもりだったけれど、中では何が行われているのだろうか。
「あ…」
しかし扉を開くと、そこには二人の男女が愛し合っている姿が見えた。
体を重ね、星宿が美朱を優しく抱いている。
途端に、柳宿の中で何かが弾けた。瞬間、走り出していた。

バタン
「はあはあはあ…」
そのまま、自室の寝台にへたり込んだ。
「………星宿様は、やっぱり…」
分かっていた…分かっていたんだ。
それでももしかしたらって、淡い期待を寄せていたんだ。
「……………っ!」
部屋の片隅に立て掛けてある鏡に写る自分の姿を見て、柳宿は吐き気を覚えた。
嫌に着飾った顔と衣装。
誰に見てもらいたかった?
こんな、嘘偽りの自分を。
「消えろ………!!」
ガシャーン
素手で、鏡を殴った。
肌に突き刺さる破片に、痛さなど感じなかった。
これが、あたしの結末。

バタン!

「柳宿!」

誰かが、あたしの名前を叫んでいた。
「…た…」
涙で、顔がよく見えない。
「ざけんなっ!てめ…何やって…!」
「やだ…!触らないで!」
自分の横に松葉杖が落ちた事で、相手も怪我をしているのが分かる。
しかしそれにも構わず、凄い剣幕で怒鳴る彼。
「じっとしてろ!」
自分の腕に突き刺さった大きな破片を引き抜くと血が流れ出し、思い出したように激痛が走る。
「あ…」
懐から取り出された包帯で、すぐさま止血が施された。
「ドアホ。怪我人増やして迷惑かけたいんか、お前は…」
「翼宿…」
やっと、名前を呼べるまで冷静になれた。
「あたし…あたしは…」
やっと、自分のしていた事を顧みる事が出来た。
「だから…言ったやろが」
「え…?」
「変に着飾ったお前は、誰にも振り向いてもらえない」
唇を噛み締めると、涙がボロボロと零れる。
しかし、両肩に乗せられた手は優しかった。
「やけど、俺は知ってる。お前が、本当は強くて優しい奴やって事は…」
「…………………」
「なのに変に着飾って女らしくして自分隠して、そんなんは本当の柳宿やないんや」
怖かった。
ありのままの自分
男としての自分
誰にも見せたくなかった。
だけど

「俺が…護りたいんや。本当の、お前の全てを…」

こんなにも近くにいた
あたしの運命の人。

「…………翼宿。ありがとう」

翼宿のねがい。
「柳宿らしくいる事」
そう。明日からは、君の為に生きよう。

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