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□ねがい[前]
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自分をよく見せる事が、他人に好きになってもらう事だと思っていた。
ありのままの自分を好きになってくれる人なんて、絶対にいない。
髪飾りも豪華な衣装も何もいらない、ありのままの自分を受け入れてくれる場所なんて、絶対にない。
そう思っていたよ。


「星宿様〜!!見てくださいまし、この着物!実家から届いたんですの!」
今日も柳宿は綺麗な衣装に身を包み―いわゆる高級衣装という名の勝負服に身を包み、紅南国皇帝である星宿にアプローチを仕掛けていた。
「柳宿は、何でも似合うのだな。世の男は、お前の虜であろう」
「そんな事は、ありませんわ!私の全ては、星宿様の為だけにございますのよ!」
「はは…少し、美朱の様子を見てくる」

鬼宿が倶東国の手下になってしまい、紅南国全体の空気が湿っている。
前々から思いを寄せていた星宿を何とか励まそうと、彼はこうして綺麗な衣装に身を包み女性としての『柳宿』をアピールしようとしていたのだ。
しかし…効果は、全くといっていい程ない。

「あたしが、男だっていう事に問題があるのかしらね…」
「…それ以前の問題やろ」
自分の溜息に重なる溜息が聞こえ、後ろを振り向いた。
部屋の窓枠に寄り掛かってこちらを見ていたのは、同じ朱雀七星士である翼宿だった。
「怪我してるんだから、安静にしてれば?」
「安静にしてたかったんやけどなあ〜誰かさんが気持ち悪い声で誰かさんを呼ぶ声が聞こえたもんで」
その言い方が、癪に触った。
「あんたもう少し口慎まないと、もっと怪我する事になるわよ?」
「俺には、態度が豹変するんやな」
翼宿は、ひょいと肩を竦めた。

「どっちが、ホントのお前やねん」

「え…?」
「女らしく着飾ったのがホンマの柳宿なんか、男勝りの口調で喋るのがホンマの柳宿なんか…自分で分からんくならんのか?」
「………………」
「………おやすみ」
「………あ」
そのまま、天窓が閉められてしまった。

何言ってるの…?あいつ…
どっちが本当のあたしって…
どっちも本当のあたしで…

「翼宿は、案外、君の事をよく見ているのだな」

そこに、聞き覚えのある声が聞こえた。
「井宿…」
「君に潰れてほしくないのだよ、彼は…」


翼宿のねがい。
その意味が、あたしにはよく分からなかった。

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