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□禁断の果実
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「ああ!もう!何で、あんたはいつもそうなのよ!?」
「お前みたいなガサツな奴はな、一生星宿様のケツ追っかけてろっちゅーねん!」
ドッカァァァァン!!!
「翼宿のぶぁぁぁか!!!」
「まーた、やってるのだ」
「怪我をしてくる度に手当てする、俺の身にもなってくれ」
「わたしは、もう結婚しているのだが…」
「柳宿さんは、星宿様の事がずっと好きなんですね」
美朱と鬼宿と別れて、一年。太一君から星が不穏な動きを見せているとの知らせを受け、朱雀七星の六人は再び宮殿で共に生活をしていた。巫女が再び姿を見せた時に、すぐに戦力になれるようにと。
しかし、すぐに事態が動く訳でもない。暇を持て余した時に、翼宿と柳宿はこうして度々口喧嘩をしているのだ。時には柳宿から手を出して、軫宿の手を患わせる事もある。
しかしそんな彼等を呆れた目で見る仲間達も、柳宿の気持ちの変化には気付いていない。

ザクザクザク
「もう!!!あいつは、いつもいつも!何なのよ!」
気分を晴らそうと、一人散歩に出た柳宿。適当な山道を、ズカズカと駆け上っていく。
星宿が結婚したというのもあるが、いつの日か翼宿を一人の男として見るようになっていた。
あっという間に背が高くなり、顔も大人びてきて。この一年、頭を過るのは彼の事ばかり。実家に立ち寄ってくれた時は、どれだけ嬉しかった事か。
それなのに、こうして集まってみれば彼は自分に茶々を入れてくるだけ。どうにか気を引こうと髪型を変えてもお化粧を変えても、癪に障る事ばかり言う。他の仲間とは簡単に打ち解け、大好きな笑顔を振り撒いているのに。どうして、あたしだけこうなのか?
「ずーっと、このまんまなのかなあ?」
大きなため息を吐いて顔をあげると、いつのまにか至t山の登山道入口に来ていたようだった。彼との出会いを思い、懐かしさに胸がときめいた。
すると、登山道の看板付近に小さな小屋があるのが見えた。確か、以前はあんな小屋なかった筈なのに。
導かれるようにフラフラと歩きながら、柳宿はその小屋の扉を押した。
ギギィ
「よく来たね、お嬢さん」
暗闇から声を掛けられギョッとすると、壁際に老婆が座っているのが見えた。
そこは、怪しい小瓶や人形、少しの農作物が置いてある土産処のような場所だった。灯りは点々と灯る蝋燭の炎のみで、何とも気味が悪い。
「ご、ごめんなさい!道に迷ったみたいで…あたしは、これで」
「お嬢さん。幸せになりたくはないかい?」
しかし、掛けられたこの言葉に柳宿は足を止める。
「お前さんは、とても美しくて可愛らしい。もっと、自分の美に磨きをかけたいとは思わないかい?」
そう言って差し出されたのは、見るからに大きくて極上な桃だった。柳宿にとっても、翼宿にとってもそれは大好物のもの。
「これは、美人になれる桃。これを食べれば、意中の男性に振り向かれない女はいないよ」
「………へえ。全くデリカシーがなくて鈍感で人を褒められない奴にも、効果がある訳?」
「もちろん」
鼻から、信じられる訳ではない。だけど、賭けでもいい。気分転換でもいいんだ。
そんな気持ちしか今の自分の頭の中にはなかった柳宿は、徐に財布を取り出した。


「ねえ!」
「グビグビ」
「ねーえ!」
「グビグビグビ」
「ねえ!」
ガンッ!!!
「あだぁっ!何やねん、人が優雅に茶の時間を楽しんでる時に!」
「何処が優雅よ、豪快すぎるのよっ!」
宮殿に戻った柳宿は、翼宿の部屋に押し掛けて茶の準備をはじめた。
昼寝から面倒そうに起きた翼宿も、仕方なさそうに付き合ってくれている。
もしも効力が出たら、真っ先にその変化を見てほしいから。そんな目論見を込めて、期待の目で彼を見上げた。
「ねえ?あたしが、もしこれ以上美人になっちゃったらどうする?」
「何を、寝ぼけた事を言うてんねん」
「聞いたあたしが、バカでした」
効果のないカマかけを終えたところで、柳宿は盆の上にあの桃を置いた。
「………何やねん、その桃。何処で、買うてきたんや?」
「えっ!?市場よ、市場!美味しそうだったから、ひとつ買ってきたの!」
柳宿は、嘘をつけばすぐ目が泳ぐ。それは、誰よりも翼宿が分かっていた。
その間にも、柳宿は皮をめくった桃を口に運ぼうとする。
すると、翼宿はすぐさま掴んだ彼の手を桃ごと自分の口許に持っていった。
………ガブリ
「あーーーー!!!」
柳宿が叫んだのも束の間、あっという間に桃は食べ尽くされ残った種は傍の窓から遠くへ投げられた。
「あんた…何て事すんのよっ!せっかくの美人になれる桃っっっ!!」
「………やっぱりな、アホらし」
「………っ!」
思わず出た本音を一蹴され、一気に耳まで顔が赤くなった。
「お前、七星やろ。得体の知れない食い物食うなんぞ、毒にありついてるようなモンやで」
「毒って………!」
「ほなな」
なぜか足早に立ち上がり、翼宿は部屋を出ていこうとする。
「待ちなさいよっ!!!」

「離せ、言うとるやろが!」
「ねえっ!あんた、何でいつもそうな訳!?」
廊下で、翼宿と柳宿が激しくもみあっている。正しくは、その場を立ち去ろうとする翼宿を柳宿が引き止めているだけであるが。
「あたしの何が気に入らないのよ!やる事成す事、全部否定して!だから、あたしだって気分転換したかったのに!それすらも、奪って…」
「んな事、しとるつもりは…」
息があがっている翼宿にも気付かず、思いきり彼の胸ぐらを掴んでいた。
「じゃあ、何なの!?他の仲間とあたしとの違いって、何なのよ!?」
違う。こんな事が言いたいんじゃないの。あたしは、ただあんたに振り向いてほしくて。
そこでほんの少しの理性が頭を掠めて、肩が震えた。目頭が、なぜか熱い。
「………柳宿」
「どうして、あたしの気持ち分かってくれないのかなあ。あたしは、あたしはこんなに」
男だからだとか、関係ない。いつだって、あたしは真剣に相手を想ってきたのに。
「………ちょっと、出るから」
そんな柳宿の手を力なく解き、翼宿はヨロヨロと回廊を歩いていく。広い背中が、遠ざかる。

………………ゴボッ

その時、翼宿は何かを吐き出した。一瞬何が起こったのか、分からなかった。
翼宿の手がそれらを制した事で、鮮血がやっと見える。彼の身体が、力なく傾いた。
「翼宿!?嘘でしょ、しっかりして!翼宿!!!」
抱きつくようにその身体を支え起こすと、虚ろな目が自分を見上げる。苦し紛れに歪んだ口からは、血が止め処なく広がった。
「やっぱりな…………あれ、毒入りの桃や……………至t山では、有名やったんや………毒入りの桃売るババアの話…………」
「そんな…!どうして、教えてくれなかったのよ…!?」
「言うたって………聞いたか………!?いつもより、余裕なかった顔で………」
大人げなかった自分を、初めて恥じた。何も分からずに、あたしは翼宿に毒を。
このままでは、死んでしまう。早く軫宿を呼びに行きたいのに、身体を支える手を離すと彼も意識を手放しそうでこの場から離れられない。
「………すまんかったな。俺………お前と繋がりたくて………せやけど、女みたいな奴に………どう接したらええか分からなくて………茶々入れるしかなかったんや………」
翼宿の左手を、頬に寄せた。無力感が襲ってくる。
「せやかて、お前の怒った顔も………めっちゃかわええんやから」
「………翼宿」
「せやけど、明日からは………もう少し仲よう出来るとええな………俺も、ホンマに見たいんは………お前の笑った顔………やから」
「………、………」
翼宿の双眼が、閉じられた。酷く、穏やかに。
こんなにも、綺麗な顔をしていただろうか。その時間は、そんな事すら考えてしまうほどの空白。

「━━━━━━━━━━━━すきっ!」

軫宿の神水がかけられる光景を、黙って見ている事しか出来ない。
それでも片時も腕の中から離さず左手を離さず、柳宿はそこにいた。
「くそっ。間に合ってくれ…!」
囈言のように呟きながら処置をする軫宿と、それを見守る仲間達。
しかし。
軫宿の苦渋に歪んだ顔で、全ては分かっていたようなものだった。
「………翼宿」
嘘でしょう?
あっという間の時間だった。
あたしが禁断の果実を狩りに行ってから、あっという間に。
「………あたし」
口から零れたのは、正直な言葉だった。

「あたし、寂しかったの。朱雀のみんなと誰とでも打ち解けられるあんたが、遠くに感じて。傍にいたいのに、辛くて…でも、もっと正直になってれば。
愛してる。翼宿…ねえ…あたしの声、聞こえてる…?」

動かない身体を、全身で抱き締めた。公衆の目など気にせず、思う存分。
天国の翼宿に想いが伝わるように、あたしは彼に自分の想いの丈を伝えた━━━━



「………………苦しい」
「へ???」
途端に耳許で聞こえたのは、もう懐かしくも感じる声で。
「せっかく生き返ったのに、また殺さんといて………」
バッと顔をあげれば、口許の血こそそのままだがバッチリと瞳を開く翼宿がいた。
「………な、な、何で………」
「間に合ったか」
「おう、軫宿!いつも、おおきにな〜」
ヒョイと伸びをすると、彼は軫宿にニカリと笑いかけた。
「………柳宿。危ない事はしちゃいけないのだ」
「そうですよ!翼宿さんが死んじゃったら、僕どうしようかと…」
「そうだぞ、柳宿。七星としての自覚が足らぬ」
安堵した勢いで、仲間達は次々と柳宿を叱責しはじめる。
柳宿の顔は、依然伏せられたまま。寧ろ、真っ赤だった。
が、そこで翼宿が柳宿の身体を丸ごと抱き寄せた。
「みんな、すまんのぉ♡俺の柳宿がっ♡」
「た、翼宿………」
「大事な事は、はよ言えや〜!幻ちゃん、死んでも死にきれんやないの!」
「あ〜ハイハイ。惚気か」
軫宿を筆頭に、大丈夫だと察した仲間達は次々にその場を後にした。

残された二人。辺りは、風が木々を揺るがす音だけになっていた。
「………………最低」
「へいへい。何でも結構。何とでも言えや」
それでも、お互い身体を離す事はない。ずっと離れたままだった心が、スッと寄り添っている。
「翼宿…よかった、よかったぁ」
「柳宿。顔あげぇ」
涙でグシャグシャの頬に両手が添えられて、上に向けられた。
優しくて暖かい、陽だまりの笑顔がそこにある。
「………お前の気持ち、聞けてよかった。お前にはな、今度は至t山一の桃を食わせたるからな」
「………うん、うん」
そして、二人はどちらからともなく接吻を交わした。明日からは、笑顔の日々のはじまりだ━━━

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