百花繚乱・第一部

□第七章『勇者の咆哮』
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『ねえ…井宿。あなたの術ってスゴいよね。どんな場所にも出てこられる…
でも、もうちょっとマシな場所なかったの!?』

ドサドサッ

『大丈夫なのだ?』
『『大丈夫じゃないのだ』』
折り重なった美朱と翼宿の体は、倶東国庭園に生えているとある巨木から空しく落下した。
術で宙に浮かんだ井宿が、その横にフワフワと降りてくる。

倶東の紅南侵略を阻止するため、鬼宿はその身を献上させられていた。
しかし七星が揃った今、自分達には鬼宿が必要だ。
一刻も早く彼を取り戻して、朱雀を呼び出さなければいけない。
美朱、翼宿、井宿の三人は、鬼宿を迎えに、この日倶東国に忍び込んでいた。

『何や、あの嬉しそうな顔…敵国に密会の待ち合わせしに来てるんやで。もっと警戒せえいうに…』
待ち合わせ場所の巨木の下に辿り着いた美朱は、ウキウキしながら恋人の星士の到着を待っている。
そんな彼女の姿を見て、翼宿はフンと鼻を鳴らした。
『羨ましがらないのだ、翼宿。あの二人の熱愛ぷりときたら、見ていられない程なのだよ』
『へいへい。どうせ、俺には分からん世界やで』
それでも朱雀の巫女が幸せそうな顔をしているのを見るのは、悪くない。
以前呪符で見たその鬼宿という星士とやらをじっくり拝むとするかと、自分も腕組みをしながら彼の到着を待った。

ガサガサ…

程なくして背後の茂みが揺れ、美朱は瞳を輝かせた。
しかし。

『久しぶりだね。美朱』

待ち合わせ場所に現れたのは鬼宿ではなく、心宿と唯だった。
後ろには、たくさんの兵士を従えている。

『んなっ…!罠だったのだ!?』
すぐさま、朱雀の巫女の前に井宿と翼宿が進み出る。
『我々が…お主らの侵入に気付かないとでも思ったか?』
『くそ!美朱!下がれ!烈火神焔…』
チロッ
『へ…』
心宿の呟きに危険を察した翼宿は咄嗟に鉄扇を振るうが、術が封じられており炎が微かしか出ない。
『この倶東国に忍び込んだからには、蟻地獄の蟻になったも同然だ。さあ…誰から始末してやろうか?』
『二人とも…あたしが囮になるから、逃げて』
『え…?』
心宿が広げた手に念を込めている間、美朱は目の前にいる二人にこう呟いた。
気付いた時には、彼女は心宿の横にいる兵士に向かって走り出しその身を体当たりさせた。
『うわっ!』
『美朱!お前、何さらして…』
『くっ!ここは、一旦引くのだ!翼宿』
『なに…』
結界の隙を見つけた井宿は美朱を連れ戻そうとした翼宿の肩を掴み、念を込めた。
次の瞬間、二人の姿はその場から消えていた。


(最悪や…)
それから、翼宿はなぜか宮殿の柱に一人縛りつけられていた。
(井宿の奴…次に帰ってきたら、許さんぞ)
そんな中、ぼんやりと鬼宿について考える。
(ったく…何考えてんねん、鬼宿って奴は!美朱はさらわれて俺らと離ればなれになってまうし、ただの寝坊やったら承知せえへんぞ!)

『やだ、離して!離してよ!』

(………来たか)
心宿が美朱を連れてくるのが、遠くに見えた。
口を塞がれていて喋れない翼宿はその光景を三白眼で睨み付けるが、そこに敵を射るような凄みはない。
そう。実は、これは全て心宿に扮した井宿が美朱を助け出す作戦だったのだ。
そしてある程度敵から距離を離したところで井宿は変装を解き、彼女は気絶してしまった…
『おんどれ、井宿!!おのれ、俺だけ縛りよってからに!どういうつもりや!!』
そんな井宿の作戦を無視して真っ向から突撃しようとしたがために、翼宿は縛られて長い事その場に放置されていたのだ。
口を塞いでいた布をようやく振りほどき、したためていた怒りを彼に向かって思いきりぶつけた。

しかし、その数分後…
『わーーーん!!何で、同じ手に引っ掛かるんやーーー!!』
そこには、先程と同じように縄に縛られてバタバタと喚く翼宿の姿があった。
美朱は、どうしても鬼宿に会いたかった…だからこそ引き止めそうな翼宿を縛って、またその場から離れたのだ。
『翼宿!ばれたのだ!ひとまず退散…あれ、美朱は?』
『多分、あの木のところや!それに、あいつ大怪我しとった…一人じゃ危険やで!!』
彼女は、なぜか腕に大怪我をしていた。
傷付けた人物は分からないが、このままでは美朱が危ない。


『鬼宿!!ねえ、思い出して!我愛你って書いてくれたじゃない!』
待ち合わせ場所の巨木の下。
そこには、逢瀬を果たした恋人達の姿がある。
しかしその声は、嬉しそうなものには聞こえない。

実は井宿に助けられる前、美朱は鬼宿と一度再会していた。
しかしなぜか彼は彼女の腕を、持っていた武器で攻撃してきたのだ。
誰かに操られている…そうは思っても、美朱にはその事実を受け入れる事が出来ない。
待ち合わせ場所に来たまだ虚ろな瞳の鬼宿を呼び起こすかのように、彼が残してくれた置き手紙を見せながら必死の説得をしていたのだった。

『…知らねえな』
しかし残酷にも、彼は渡された手紙を破り捨てた。
美朱が大事にしていた鬼宿の愛の言葉…それが、今、紙切れとなってパラパラと落ちていく。
それを目にした彼女は、硬直して体が動かない。

『死にな』

非情な鬼宿が振り上げたヌンチャクは


バキッ


間一髪美朱を庇った、翼宿の頭を砕いた。
『ぐっ…!!』
『翼宿!!大丈夫なのだ!?』
激しい激痛の中、腕の中の美朱を確かめる。
怪我はないようだが、完全に意識を落としていた。
『俺は行けるけど…美朱が!』
『美朱!しっかりするのだ!!』
井宿もそこに駆け付け、そんな彼女の肩を抱く。


『朱雀七星か…探す手間が省けたな』


『美朱の腕砕いたんは…お前か、鬼宿えええ!!』


初めて出会う「仲間」の手前、怒りは頂点に達する。
狼の如く、翼宿は吠えながら立ち上がった。



『………遅いわ!』
鬼宿を連れてくるだけ…すぐに戻ってこられる筈なのに中々姿を見せない三人を心配し、紅南国宮殿では柳宿が廊下を行ったり来たりしていた。
『遅いですよ…もう、二時間も経ってるのに…』
『やはり、井宿達だけで行かせたのは軽率だったか…私も一緒に行けばよかったのだろうか…』
宮殿に残された星士の気持ちは、皆同じ。
星宿も机に肘を乗せながら、考え込む姿勢を取っていた。
気に病んでいる星宿の姿もまた心配ではあったが、一方で柳宿は何か別の胸騒ぎも覚えていた。
誰かが危険に晒されているような、妙な胸騒ぎを―――


何だろう…?みんな、無事であってよ…


その時、井宿の声が聞こえた。
『陛下!』



ズザッ
『ぐあっ…!』
翼宿は美朱の気持ちを粉々にした鬼宿と、手を合わせていた。
明らかに、彼の方が一枚上手だった…しかし。
美朱が目を覚ましてそんな翼宿を止めた事で事態は逆転し、今度は一方的に殴られる立場に回っていたのだ。
『井宿!翼宿が、死んじゃう!』
『悔しいが…今のおいらには、どうする事も出来ないのだ。だけど…今、星宿様と繋がったのだ!何とか、紅南から力を送って貰えれば…』
『本当に!?早く、鬼宿を止めて!』

ドーーーン

『きゃああっ!!』
しかしそれに勘付いた心宿の攻撃が、その目的を阻止せんと二人に襲い掛かる。
これでは、美朱を護るのに精一杯で紅南との交信もままならない。
『くそ…これまでか…』
井宿が小さく呻いた、その時だった。


♪♪♪


聞こえたのは、媒介であるタマを通じて流れてくる張宿の笛の音。
紅南から送られてくる七星の力を乗せたその音は、固く張られた結界に緩みを作る。
『今なのだ!』
井宿はその緩みを瞬時に察知し、念を込めた。
鬼宿の手によって翼宿の首を締め上げていた鎖が割れる。
気絶した勇者は、導かれるようにそのまままっすぐと美朱達の元へ浮かんできた。



『美朱…鬼宿は、どうしたというのだ!?』
紅南に無事に戻った美朱を優しく抱きとめ、星宿は声をかけ続ける。
そしてまた、傷だらけの翼宿も宮殿で待っていた者を驚かせた。
『翼宿っ…!』
柳宿は翼宿をそっと抱き起こすが、彼は完全に気絶していて反応がない。
そこに軫宿がやってきて、彼の傷の具合を診る。
『どうなの?軫宿…』
『大丈夫。もう少しで…危なかったがな』
『よかった…』
柳宿は、誰にも気付かれないようにそっと翼宿の額に自分の額を添えた。

そして、軫宿だけはそんな光景を見逃さなかった。

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