百花繚乱・第一部

□第六章『二人の宴』
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『柳宿〜今から、ちょっとしたお祝いでもやろうと思うんだけど!』
最後の七星士・張宿が、遂に見つかった。
次の日には宮殿に帰ろうと決めたその夜、美朱は柳宿に祝杯の誘いを持ちかけた。
『あ〜…ごめん!今日、翼宿と約束あるんだ!』
『えー?二人だけでお出かけ?』
『まあね…この近くに、あいつがよく通ってた居酒屋があるみたいで誘われちゃった』
確かに、翼宿も柳宿も大のお酒好きだ。
しかし仲間の輪から外れて、まるで抜け駆けのように柳宿を誘ったという翼宿。
その狙いに、美朱の女の勘がピンと働いた。
『あ〜?もしかして、柳宿の事好きなんじゃないの!?』
『はあ?んな訳ないでしょ〜?あいつは、あたしの好みじゃないもの!ただ、好みのお酒が安く飲めるって聞いたから行くだけよ!』
『明日も早いんだから〜、あんまり酔いつぶれないでよ?』
『分かってるって!じゃあ、あたし行くね〜!翼宿が先に待ってるみたいだから!』
そう言って手を振りながらその場を離れていく柳宿の足取りも、また軽かった。
本当に、好みのお酒が安く飲めるから…ただ、それだけなんだろうか?
あの二人…意外な組み合わせではあるが、割とお似合いかもしれない。
この時、美朱はこっそりとそんな事を思っていた。


『かんぱーいvvv』
『しっかし…最初から偉い盛り上がりっぷりやなあ』
『だって、後宮でもマトモに飲めなかったのよ〜?女護り通すの大変だったんだからね〜』
『後宮〜?お前、後宮にいたんかあ?』
『そうよ!星宿様に愛を捧げる為にね!』
『ぶっ!』
乾杯が始まってすぐ、当たり前のように語られた衝撃の事実に翼宿は早速飲みかけた酒を吹き出した。
『なっ、何よお〜?何がおかしいの〜?』
『お前…おまっ…星宿様の事を…?』
『そうよ!悪い!?』
『だって、お前はおと…』
そこで、嫌な予感がしてはたと言葉を止めて辺りを見渡す。
よくよく見ると、居酒屋に来ていた近場の山賊の目は柳宿に注がれている。
こんな公衆の面前で、こいつが男だなんて叫んではいけない。
『あんた…今、何か言おうとした?』
『何でもないです』
『デリカシーないわよねえ〜あんたって奴は!』
『大きなお世話や』
『そんなんじゃ、彼女出来ないわよ?』
『じゃっかあしい!俺の事はどうでもええねん!』
美朱の読み通り、今日の祝杯は以前から気になっていた柳宿とゆっくり語り合いたいという目的から翼宿が企てたものだった。
しかし気付いた時には、こうしていつもの駆け引きになってしまう…時に、柳宿の能天気さは思わずため息を漏らしてしまう程だった。

しかし、ある程度酒を継ぎ足し周りの客足も遠のいてきた頃には、知りたかった柳宿の過去をやっと聞き終える事が出来た。
『なるほどなあ…お前もそんな事がなあ』
『ま、昔の話だからね〜あたしには、こういう生き方があたしらしいと思うし!』
湿っぽい空気が嫌いな柳宿はそう言ってヘラヘラと笑うが、全て強がり。そんな事は、分かっていた。
だから、次には翼宿は角度を変えてこんな質問をしてみる。
『なあ。柳宿?』
『何よ?』
『そんな気張ってて、疲れへんのか?』
『え〜?疲れないわよ〜今は誰かに必要とされてるだけで、嬉しいもの』
『あーあー。怖いわ〜そういうの。いつか、自分が潰れんねんな〜』
『何よ、それ?』
『自分の弱みくらい見せれる相手、一人でも作っとかんと〜自分が潰れる事や』
普段は見せない自分の気遣いに気付いた事で、さすがの柳宿も一瞬押し黙った。
こいつは、動揺している。だから、もう少し揺らしたくなる。
『別にあたしは〜…』
『ああ。お前には、俺がおるから平気かv』
そして次には酒の勢いでさりげない言葉をかけると、目の前の相手の頬がほんの少し染まったような気がした。
『なっ、何言ってんのよ!あんたなんかに、誰が相談するもんですか!』
『まあ…好きにすればええけど』
そう締めると、残った酒をくいと飲み干した。
翼宿とて、過去を知ったからといってそれ以上柳宿に無理に心を開かせるつもりはない。
それでもその小さな肩に全てしょいこんでしまうそんな姿を見たくないがゆえ、自然にかけた言葉であったのだ。

しかし暫しの沈黙の後、右肩に小さな重みを感じた。
見下ろすと、柳宿がその頭を自分の肩に乗せている。
まるで気を許したかのようなその行動に、少し心臓が高鳴った。
『お…おい。大丈夫か?』
『だけどね…翼宿』
急に声に威勢がなくなった柳宿は、杯の中の酒を回している。
『あたし、ずっと自分を偽ってきたみたいに感じる時があった。女としてのあたしは星宿様が好きで、男としてのあたしは朱雀の巫女を護ってる。じゃあ、本当のあたしは何?って、たまに思う』
『柳宿…』
『それでもいいって、思ってた。だけど、あんたと出会ったら何か肩の力抜けてるのよ』
それは、今の翼宿にとって何よりも嬉しい言葉。
息を呑み、次の言葉を待つ。
『何でだろうね〜あんたといると楽っていうか…あんたにしか話せない事も…確かにある…』
『………柳宿。あのな、俺…』
『でーも、無理よ〜…。あたしが好きなのは、ほとほりしゃま…』
『…は?』
訳の分からないまとめ方をしたと思った次には、彼は小さく寝息を立てていた。
『………寝たか』
残念無念。このまま言葉が続けば、自分の気持ちも後押しされたかもしれないのに。
しかし翼宿は呆れたように微笑み、気付かれないようにそっと紫色の髪を撫でた。


お前がお前でいられるなら
なるで、お前の居場所に。


本当は直接言いたかったけど
心の中で、そう語りかけた。



宴の夜を柳宿と過ごして、気付いた事。
『好き』とか『愛してる』とかそんな気持ちはまだ分からないけれど、自分にとって柳宿は『護りたい』存在―――

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