百花繚乱・第一部

□第二章『押された背中』
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『頭!お帰りなさい、かんぱーい!!』
美朱達が旅立ってからすぐ、至t山では酒盛りが行われた。
昼間から、山賊達はガブガブ酒を飲む。
『幻狼。やっぱり、かっこええですわ!睿俔みたいな豚に仕切られたら、この山どうなってたか…』
『われ、ハリセン怖くてビビってた癖に、今更おだてんなや』
攻児が、まとわりついてきた山賊をどつく。
『まあまあ、終わった事は気にすんなや〜飲め飲め♪』
その横で楽観的な性格の幻狼は、ゲラゲラと笑っていた。

しかしその数刻後、輪の中心で飲んでいた幻狼の姿がいつの間にか消えていた。
『あれ、幻狼は?』
『ええて。一人にさせとけ』
首を傾げて辺りを見渡す山賊の傍ら、攻児は静かに呟いた。
彼だけは、その行き先を知っていた。


幻狼は、先代が眠っている部屋に来ていた。
棺の手前に焼酎瓶と二人分の杯を置くと、どちらにもなみなみと酒を注ぐ。
そして片方の杯を掲げると、ポツリと呟いた。
『頭…俺、次期頭になりました』
本当は直接宣言したかったが、自分が薬を持ってくる前に先代は逝ってしまった。
『これから、山護るのに精出します』
誓いを述べて、一人酒を飲み干そうとする。すると。
(本当に、それでええのか?)
『え…?』
そこに突然先代の声が聞こえ、後ろを振り返った。
背後には、先代の霊体が立っていた。
(幻狼。他にお前には、使命があるやろ?)
『頭…そやかて』
(朱雀の巫女は現れた。俺がそのタイミングで死んでしまったのが不運やったけど…本来の任務サボって頭に撤するのは俺は許さへんぞ)
『………』
(本当は、行きたいんやろ?)
『んな事は…第一女は好かんのです』
何もかも、見透かされている。そうは思っていても、心がそれを素直に認めない。
山を護るという約束を忠実に守ろうとしている幻狼の姿に、それでも先代は目を細めながら続ける。
(それだけやない。朱雀の者と旅を共にすれば、お前自身が成長する何かも得られるかもしれない。俺は、それを肥やしにお前に頭やってほしい)
『頭…』
(こんなトコで一人酒してる暇あったら、とっとと合流せんかい、ボケ。早くせんと、あいつら酷い目に遭うかもしれんで)
『…………っ』
本当は、あの三人が再び旅に出た時のその後ろ姿がずっと気になっていた。
どう見ても戦闘向きではないあの面子は、これから先、どんな危険な目に遭うか分からない。
それに、自分を助けてくれたあのお人好しの巫女を今度は自分が助けてあげたい。
そんな気持ちだってなかったといえば、嘘になる。
先代の言葉で素直な気持ちに気付いた幻狼…いや。翼宿はくっと顔をあげると、静かに立ち上がった。


『…幻狼!』
廊下で翼宿を呼び止めたのは、ずっと自分を見守ってくれていた男だった。
『攻児…すまん。俺、やっぱり…』
『分かってる。行け』
『…お前』
『お前が本来の使命ぶん投げる奴やないって事は、俺もあいつらもみんな分かってる。今、お前が席外した時に、行くんやなって勘付いたわ』
『そか…』
しかし、心配なのはやはり頭の座の事である。
だがそんな自分の気持ちを分かっているかのように、攻児は力強く頷いた。
『安心せえ。頭の座は、お前が戻ってくるまで俺が護っておく。その代わり、しっかり朱雀の任務果たすんやで!』
『………ンマに、お前は』
『お?惚れんなや♪俺かて、寂しいさかい。お前と、こんなに長い間離れるのは…な』
『アホ抜かせ。攻児…頼んだで』
『ああ!』
そう告げると、至t山の片腕同士がっしりと手を組んだ。



『熱…!?いかん!すぐに、村に戻らねば…!』
一方、美朱達は死者を甦らせられる少華という女に出会っていた。
彼女を探していた目的は、死んでしまった"翼宿"を目覚めさせるため。
しかし急ぎ彼を連れてこようと山に引き返している道中で、美朱は疲労がたまり病に倒れていた。
星宿が彼女を抱えて、すぐに引き返そうとした時。

ボコボコッ

『星宿様…!』
足元から、腐り落ちた人間…化け物が次々と出てきた。
『な、何だ…これは…!!』
(人間…ここから、先…通さない…)
『これも、もののけの仕業って訳?は!!』
柳宿は大木を引っこ抜いて、化け物に振り回す。
しかし、数が多すぎて彼一人の力では当然振り払えない。
応戦している星宿も美朱に気をとられ、たちまち化け物に囲まれてしまう。
『これじゃあ、キリがないわ!』
『逃げろ…美朱!美朱ーーー!!』

ゴオオオッ

その時、至t山で見た炎が化け物めがけて降り注いだ。
星宿達を抜かしたそれらは、あっという間に灰と化した。
『………ったく。こんなトコやろうと、思ったで』
岩山の上には、鉄扇を降り下ろしている幻狼の姿があった。
『幻狼…』
『幻ちゃん…?』
『話し合うて、攻児が頭になったんや…先代も、許してくれはるやろ』
『どうして…?』
『アホ。まだ、分からんのかい』
幻狼は岩山から飛び降りると、美朱達の前におもむろに右腕を突き出す。
そこには、煌々と輝く≪翼≫の文字。
『翼宿は、俺や。騙して、すまんかったな…』
『あーーーー!!』
そんな翼宿に一番に食ってかかったのは、柳宿だった。
『何でもっと早く言わなかったのよ、ボケーーー!!』
『しゃあないやろ!俺かて、先代の意思無視出来なかったんや!せやけど…攻児やみんなは、行ってこい言うてくれたんや…』
『………………?』
その時に見せた寂しそうな表情を、柳宿は見逃さなかった。


そう。こうして、翼宿は無事仲間になった。
そして、これが彼との最初の出会い。
まさか、自分がこの旅で恋をするなんて事になるとは…

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