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□シミ
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自分が男だって、こんな汚ならしいって思った事はなかった。
俺はただ泣いてばかりのお姫様に、何かしてやれたらって思っていただけだったから…
だけどそんなお節介も、自分が男である事を振りかざせば武器になる。
愛しかたも分からないこんな自分が、してやれる事なんてひとつもないんだから…
ああ。だから、嫌だったんや…女に関わるのは………大切な奴を作るのは。


すっかり平和を取り戻した太極山を、翼宿は一人歩いていた。
美朱と魏の魂や仲間達とお別れをしたのは、つい数刻ほど前。
下界の人間である翼宿がうろつく理由はないのだけれど、彼はまだここにいる。
「〜〜〜っ〜〜〜煮えきらんな。俺も」
独りごちて蹴った小石が、虚しく池に落ちる。
下界に戻れば、いつもの生活が待っている。至t山があって、攻児がいて、仲間がいて。
自分にはきちんとした居場所がある筈なのに、なぜか心の奥についた小さなシミが消えない。

それは、あの日。敵の術にかけられて美朱を襲った時に出来た、自責のシミだ。
彼等や仲間は何ともない風に接してくれたから、何とか自分を通してこれた。
けれど闘いから解放されてみると、まだまだシミはそこに残ったままで。
また「ひとり」になった今、自分で乗り越えるしかないのだけれど…

「………ん」
導くような風を感じて顔をあげると、その池の畔に誰かが座っていた。
同じ男とは思えないくらい小さくて華奢なその背中の人物を、翼宿は知っている。
「柳宿?」
声をかければ、涙で頬を濡らした顔が振り返った。
「んなっ!?」
「あっ、あんた…まだ、いたの!?」
柳宿は当然向き直って、ゴシゴシと顔を擦る。
「ま、まあな!ちょっと、感傷に浸っていたというか何というか…」
しどろもどろになりながらも隣に来るが、彼は依然俯いたままだ。
「………どした」
「………もう、会えないかと思ってたから」
その言葉に、心臓が静かに音を鳴らす。
「そ、そんなん…仕方ないやんけ…お前は死んでるし、俺は生きてるし…」
「分かってる…分かってるけど」
柳宿は、一拍置いて続けた。

「………遅すぎたのよね。自分の気持ちに気付くのが…」

切なげに細められた瞳がこちらを向き、翼宿もぐっと言葉を失う。
「………ごめんね」
これは、告白だった。誰よりも近かかったでももう誰よりも遠くなってしまった、柳宿からの。
「………柳宿」
まだ、隣にあったそのしあわせ。今度こそ、触れたい。包みたい。まるごと抱き締めたい。だけど。
「俺は…………………やめておけ」
自分の中のシミが、そうさせてくれない。
大切な奴を作るのはーーーもう、嫌だったんや。
「………馬鹿な事、考えてる?」
そんな自分の考えを見透かしたかのように、彼は問うてくる。
涙で歪みそうな瞳を、前髪で隠す。怖い…自分が、怖い。
「………こっち、向きなさいよ…」
相手の声が、震えているのも分かったけれど。向けない。
「幸せになる資格なんかないって…思ってるのね?」
「………っ!それは…」
核心を突かれて思わず振り向いた胸に、トンと小さな重みを感じた。
薫るのは、彼が好む香の匂い。紫色の癖っ毛が、くすぐったい。
「バカ…バカッ…一人で悩んで…利用されて…あんた…ほんとバカじゃないの…」
加減した力を握り締めた拳が、自分の胸を叩いている。
幸か不幸か、娘娘の実体の効果はまだ続いていたのだ。
柳宿は、分かっていた。あの事件で一番傷を負ったのは、翼宿である事を…
「………柳宿」
「だから、あんたは誰よりも幸せにならなきゃいけないの…!辛い事も、いつか笑って懐かしく話せる相手と…」
そこで、柳宿の動きが止まる。何かに気付く。それは。
「あたしが…一番、バカか」

“自分では、その役目を担ってあげられないこと“

「………っっ!!」
今度は翼宿が、そんな柳宿を強く抱き締めていた。
「………たすきっ」
「…………変やな、柳宿。"俺"が、ここにもう一人おるんやで…」

美朱へ気持ちが傾いていた自分を、彼はどんな目で見ていたのだろうか?
もう触れない自身の身体を、どんなに悔いて悔いて悔やみ続けただろうか?
悲しい顔をしている美朱に対して、自分は何もしてあげられなかった。
泣き出したくなった訳ではない。だけど、寂しくなった事はある。
それは、今、まさに腕の中にいる彼の気持ちと同じ気持ちだった。

だから、お前には同じ思いをさせたくないんだ。
応えられるなら……………………応えたいんだ。
今度こそ、大切な奴のために自分が出来る事があるならば、それは。
「ずっとは叶わんけど、お前のその涙…俺に止められるなら、今だけはこうさせていてほしい」
「……………っく」
「………何で、お前、死んでもうてん」
「…………っ」
「この俺様が失恋なんぞカッコ悪い事せえへんように…柳宿姐さんが教えたってくれたらよかったやん…」
「………翼宿」
俺は、お前を愛せないかもしれない。それでも、目の前にある愛に精一杯甘えて応えたい。
その気持ちが全身から伝わってきて、柳宿も翼宿の背をぎゅっと抱く。

「あたしが、あんたを護るわよ。叶わなくても……愛したい……」

一粒の涙を浮かべて、翼宿は目を閉じる。
自分が望んで支える事で応えてくれる愛があるならば、心のシミも薄れて消えていってくれるような気がした。
お前の愛を一身に受ければ、俺は前に進めるのだろうか?
これを、しあわせのカタチと呼んでいいだろうかーーー?

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