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□告白〜第一部〜
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「翼宿さんと美朱さんが、怪我を!」
「軫宿。先に美朱を診てやってほしいと、翼宿から伝言を頼まれていたのだ」
「美朱、こっちにおいで。大丈夫か?」
宮殿内は、あっという間に騒がしくなった。
倶東国に鬼宿を取り戻しに行った、美朱、翼宿、井宿。
しかし帰ってきたのは、腕を怪我した美朱と全身傷だらけの翼宿を介抱している井宿だけだった。
「………気絶しているの?」
「柳宿、大丈夫。明日にはきっと、軫宿が治してくれるのだ」
「………全然、大丈夫じゃないわよ」
「柳宿?」
柳宿はピクリとも動かない翼宿の肩を一撫でし、そして無意識に彼の身体をそっと包み込んでいた。
「………バカ。あんたまで…あんたまでいなくなったら、あたしは」
また、失うかもしれなかった。年下の大切な人を。


「柳宿!今日も、鬼宿の奴がな!」
「はいはい。また、喧嘩したんでしょ?」
「柳宿!井宿に、殴られてん!」
「どーせ、あんたが悪いんでしょーが」
鬼宿が帰ってきてから、朱雀召喚の儀の日取りまでは僅かしかない。
翼宿の療養も兼ねて、その間他の七星達も休養を命じられた。
しかし当の本人はもうピンピンしていて、暇さえあれば仲間とトラブルを起こしてこんな風に柳宿に報告をしてくる。
しかし口では何とでも返せるが、柳宿の中の一抹の不安はいつまで経っても拭えなかった。
その笑顔、その声、その姿を失うかもしれなかった、その不安。
それが何処から来る感情なのかも分からず、その度に唇を噛む事しか出来ないでいる。

「明日は、星見祭りの日ですね」
「星見祭り?ああ…もう、そんな時期か」
「柳宿様も、少し羽根を伸ばしてきたら如何でしょうか?お休みなさいませ」
就寝前のお茶を運んできた侍女はそう言うと、部屋の扉を閉めた。
「………星見祭り」
例年であれば実家は書き入れ時で、祭りを楽しんだ事なんて暫くない。
七星でいられるのも、明日まで。明後日には朱雀を呼び出し、皆バラバラになる。
━━━━━そっか。行きたいな、あいつと。
そこで浮かんだのは、やっぱり彼の笑顔だけだった。

「スカースカースカー」
その頃、翼宿は一足早く布団に入っていた。
豪快な寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠っている。
コンコン
「翼宿、いる?」
返事のない扉を前にした柳宿も、もう休んでいる事はすぐに分かった。
だが、なぜか足は止まったままだ。煮え切らず、細く扉を開ける。
部屋の奥の寝台で、翼宿は大の字になって眠っていた。
そんな姿に、おかしささえこみ上げてしまう。
近寄り、ずり落ちていた毛布を肩までかけてやる。
そこで、軫宿に治してもらい傷痕がすっかりなくなった綺麗な肌が目についた。
(よかった…本当に、よかったわ)
また。また無意識に、その頬をそっと撫でていた。
もう、二度と傷付けられたくない。そんな事をしたら、このあたしが許さないから━━━
しかし、そこでその思考は止まった。
いつしか目の前の三白眼がパカリと開き、こちらをじっと見つめていたから。
「………あ」
「……………」
「………あの」
「━━━━━━━━夜這い〜〜〜!!??」

手を上げてしまうのも、また無意識。翼宿は、掌の痕がくっきり付いた頬を摩りながら寝台に腰掛けていた。
「翼宿のバカ…バカ…ホントにバカ…」
「へいへい、俺が悪かったわ。で、何の用やねん。ホンマに」
囈言のように相手に当たりながら自分を恥じていた柳宿は、そこではたと我に返る。
無意識に翼宿の頬を撫でていたのは自分なのに、そこで顔が赤くなってしまった。
本当に夜這いに来たみたいで、今更本当の用件を言うのが恥ずかしい。
「………明日で七星のお勤め、終わりだから…さ」
「うん」
「だから、明日…その、よかったら」
そこで口ごもるとその先を呼んだかのように、翼宿は目を見開いた。
中々続きを言えないでいる柳宿の様子に、わしわしと頭を掻き毟る。
「━━━明日〜は………星見祭りやな」
「え?」
「せやな。休暇も、明日まで…か」
その言葉に、鼓動がトクリと音を立てた。
「行くか、柳宿。一緒に」
何ともないようなお誘いなのに心の底から嬉しくなり、ただ首を縦に振った。
翼宿相手なのに━━━スゴく、恥ずかしい。




「翼宿!翼宿、何処よぉ!?」
星見祭り当日の夜。途中ではぐれた美朱を探していたと思えば、今、自分は翼宿を探していた。
両手一杯に先程手に入れた賞品を手にしている為、柳宿は上手く動く事が出来ない。
中央の広場から、思いきり彼の名前を呼んでいる。
「………おかしいわねぇ。さっきまで、後ろを着いてきてたかと思ったのに」
大の男一人だし、ここは美朱を探すのが先決なのだが。
思っていたよりずっと心はざわついていて、胸騒ぎが止まらない。
「………翼宿」
項垂れた柳宿の耳に、それは聞こえてきた。
「んだ、この鉄扇はぁ!?兄ちゃん、ヒーローごっこでもしてるつもりかぁ!?」
柳宿は声のする方へは行かず、すぐさま側にある丘を駆け上った。

翼宿は、ただ腕組みをしてその場に突っ立っていた。
周りには、ゴロツキが数人。それなりに、体格がある者もいた。
「せっかく後少しで目標金額に辿り着いたのに邪魔してくれてよぉ、お前いくら持ってんだよ?」
「こえー顔して、割と優しいんだなあ?あんな弱っちい農民庇って、ここまで着いてきてくれるんだからなぁ」
「おい、何とか言ったらどうなんだぁ!?」
一人の男が翼宿の胸ぐらを掴み、前髪に隠れた三白眼が露わになった。何人かが、ヒッと仰け反る。
「………喧嘩は、久々やなあ」
「んだと!?」
「宮殿待機っちゅーんも退屈なもんでな、腕が鳴るわ」
「お、おい!こいつ、ただの男じゃねえんじゃねえか!?」
もちろん、平民には朱雀七星など見分けがつかない。
それでも、勘がいい人間には分かるものだ。
胸ぐらを掴む手が離れた瞬間、翼宿はポキポキと指を鳴らした。
「どいつから、行く?お叱りが来るんで瀕死にはさせへんから、安心して来いや」
「やろぉ!やっちまえ!!!」
一斉に来る。翼宿は、構えの姿勢を取った。
しかし。

ドォォォォォォン!!!!

翼宿の目の前に現れたのは、先程連れが大量に抱えていた酒や食糧が入った箱だ。
「あああああっ!!!」
反射的に、翼宿は牙を剥く。降ってきた頭上を見上げると、彼はいた。
「柳宿ぉ!お前、何て事してくれんねん!?儀式の打ち上げに使おうかと…」
しかし、柳宿に威勢はない。衣に傷が付かないように、気をつけながら降りてくる。
「お、おい。どうした…
………怒っとんのか?まあ、聞けや。これには訳が…」
柳宿の怒り顔が実は一番怖い翼宿は、両手で彼を制する。
しかし、その時の翼宿には気付かなかった。背後で、気絶していた筈の男が包丁を振り上げていた事を。
「━━━翼宿っ!!!」
気付けば、柳宿はその男めがけて突っ込んでいた。
すぐさま男の両手を仕留めて、半回転させる。
「柳宿っ…」
バキッ!
そして、次には目を疑う光景があった。
柳宿が、大の男めがけて拳を振り下ろしている。
一度ではない。二度、三度。
「許さない…あたしが…許さない………!!!」
五度も殴れば、死んでしまう。
「おい!柳宿、その辺にしとけ!」
「離して!!!」
「ただの雑魚やろ!おい!お前、七星士やねんぞ!」
それでも、柳宿の興奮は止まらないようだ。
どうにか力尽くで、その小さな身体をやっとその腕に収めた。
「やめろ!俺にしとけ!俺なら、構わんから…俺に…」
「嫌っ!離してっ!翼宿っ!」
「とんでもねえのに、関わっちまったな…ずらかるぞ!」
その隙に仲間の男達は起き上がり、さっさとその場から逃げ出していってしまった。

ハァハァハァ…
暫くするとやっと冷静になった柳宿は、大人しく翼宿の腕に抱かれていた。
「………ごめん」
「お前、おかしいぞ。俺を、誰やと思うてんねん」
「だって…だって、翼宿がまた…って、思ったら」
柳宿の頬は、いつしか溢れた涙で濡れていた。
「雑魚と七星相手じゃ、全然違うわ。少しは、頭使え」
「………ごめん」
濡れた瞳のまま、翼宿の顔を見上げる。綺麗な肌を、柳宿の指がそっと撫でた。
「でも、あたしから離れないで。少なくとも、今夜だけは…ね…お願い」
小さな懇願は、翼宿の唇によって塞がれた。
初めてにしては少し深めの口付けは、官能的だ。
「………小悪魔やな。落ちたわ、完全に」
なお嫌味を飛ばすそんな態度でも、柳宿にとっては今は何よりもいとおしい。


「………そう。農民がスラれるの見かけたからだったのね」
「せや。一応、義賊やしなあ」
数刻後、二人は星がよく見える丘に来ていた。
賞品は全てなくなってしまったが、二人を遮るものは今は何もない。やはり、これの方が身軽である。
滅多に真面目な話などしてこなかったけれど、翼宿の選択はいつだって正しい。その行動力と勇気すら、目を見張るものがある。
そう、柳宿はそんな翼宿がいつしか━━━
「………俺はな。一目惚れやってん」
「………えっ!?」
「お前に会うた時から」
突然の告白に、柳宿は目をクルクルさせる。
「せやけどお前男やし七星やし、ずっと迷ってた。姐さんと弟みたいな関係でも悪くないな思うてきて、若干諦めようともしてたんや。明日で、全部終わりやしな」
「………っ」
「けどさっきのお前見たら、驚いたけど嬉しかったんや」
そして翼宿の指が、今度は柳宿の唇に寄せられた。
「せやから、ここ奪った」
「………翼宿」
返事は、言わずもがな。こんな事されたら、もう理性なんて必要がない。
「………好きよ、あたしも。この気持ちが何なのか分かってた筈なのに認めたくなくて、ずっと苦しかったの」
幾千もの星が瞬き、二人を照らし祝福してくれているかのようだ。
そんな光にすら、柳宿にとっては勇気をもらえる。
「倶東からボロボロになって帰ってきたあんたを見て、スゴく胸が痛かったの。翼宿をこんなにボロボロにして許せないって、素直に怒りが沸いた」
「柳宿」
「もう、無茶しないで」
見上げてきた丸い瞳を見つめながら、翼宿の手が柳宿の頬に触れる。
その手をいとおしげに撫でる姿が、また何とも可愛らしい。
「あたしに触れてくれる手なんて、あるんだ」
「何、言うてんねん。ずっと、触れたかった」
「……………」
「今夜だけは、特別や。どうしてほしい?恋人に」
「………え〜〜〜?どうしようかな」
今更照れるその仕草は、本当に乙女のようだ。
「今度は、優しくギュッてして…ほしい」
何も言わず、翼宿はその身体をきゅっと引き寄せる。
密着した肌の温度が暖かくて、心地がいい。
「………ああ。しあわせ」
「俺なんかでも、ええんか?」
「ええ。あんただから、いいのよ」
昨日までは否定していた気持ちも、素直に認められる。
少し離れた距離、見上げた柳宿の頬にもう一度翼宿の手が添えられた。
「俺も、もっかい欲しい」

訪れた沈黙。初めて重ねた唇に想いの全てが吸い込まれていくようだった、そんな夜。


告白〜第一部〜

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