王道くんになりたい!

ぷち被虐願望
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暦の上では夏も近づき、雨続きの合間のよく晴れたその日。俺は、期待に胸ふくらませ、その門の前に立っていた。



準備は万端。三日前に買ったカツラはいい感じにボサボサ、度は入っていないが牛乳瓶のようなレンズの眼鏡は表情を隠してくれる。大声を出せるようにボイトレまでした。とりあえず二軒先の家くらいまでの声は意識すれば出せる。



………すべて完璧。後は、この校舎の門をよじ昇るだけ。



俺は、これからのときめきライフに胸を踊らせながら、この山奥のばかデカイ門をよじ登るべく、その冷たい格子に手をかけた。






俺の名は名倉澪汰(なぐられいた)。6月からこの山奥に建つ全寮制男子校、『佐土(さど)高校』に編入することになった一年生だ。本当は地元の違う学校に通っていたのだが、あえて俺は中途半端な時期にこの学校に入ることを選んだ。なぜなら、この高校がホモやバイがいる貴重な寮制高校であり、そして、……



俺は王道転校生、とやらになりたい願望を持つ変態思考の人間だからだ。




…はっきり言おう。俺は、ぷち被虐願望がある変態だ。


それに気づいたのは小学二年生のとき。空手道場の帰りにたまたま路地裏を通ったとき、俺は高校生に絡まれた。いわゆる恐喝のたぐいで、小学生ながら身長がすでにその時165あった俺は中学生にでも見えたのだろう。三人がかりで俺は路地裏で殴られた。そいつらはそれで金をせびるつもりだったのだろうが、俺は一瞬その痛みに酔いしれた。



しびれるような痛み。殴られた場所から感じる焼けつくような感覚。……そして、やつらの下卑た、笑み。それらすべてが、俺の心を焼いた。もちろん空手道場でも殴られたことはあるが、三人がかり、ノールール、誰も助けに来ない。その未体験のシチュエーションが俺に恐怖を越えた興奮を呼び起こさせ、



……気づけば、三人の高校生を、伸していた。



こんな、――我を忘れて興奮したことは、今までになかった。空手の決勝の試合でもそんな状態になどなったことがなかったのに。俺はこの時のことを封印しつつも、その例えようもない高揚感を忘れられずにいた。



そして中学生になったとき。俺はまた自分の変態性を確認せざるを得なくなる事態に遭遇することになる。



……それは中学にはいりたての頃。空手を続けていた俺は中学にしてはめずらしくあった空手部に入部した。そこに運悪く、同じ空手道場に在籍し、俺と仲が悪い先輩がいた。



先輩はこれがチャンスと思ったのだろう。ちょうどそのときは顧問の先生もおらず、先輩は新歓と称し俺、いや新入生たちにうさぎ跳び、マラソン50周やらを嘲笑いながらやらせた。それはもう酷い悪口雑言と竹刀を振り回す脅迫めいたシゴキだったらしいが、俺はぶつけられるそれら悪意に妙に高揚を感じていたからそれに気付かなかった。



そしてそのあとの乱取り。みんな足腰が立たない状態にさせられていたので、他の新入生は先輩にボコボコにされたが俺は違った。悪態と肉体的疲労で俺はとんでもなく興奮していた。そして興奮のあまり、



……先輩たちを全員病院送りにしてしまった。



以来、中学で俺に悪態をつく奴はいなくなった。『病院送りの名倉』といえばみな顔を青くし、俺に無体を働くと殺される。そんな噂さえ流れた。



そして、このときにはもう俺は気づいていた。俺は、人に悪態と暴力をふるわれると興奮する変態体質なのだと。



暴力だけでは感じない。悪態と悪意がなければダメだ。だから空手の試合ではある一定の満足は得られても足りない。ぶっちゃけ言えば、俺は俺を本気でなじり、ばかにし、嘲笑われた上で暴力を振るわれたい。俺はその欲求に耐えきれなくなり中学二年で空手部も空手道場も辞め、路地裏で喧嘩をふっかけ俺をボコってくれる奴を待った。が、悪態をつき襲いかかられ、タコ殴りにされるたび俺は高揚し、そんな不良どもを血祭りにあげ続けた挙げ句、



……いつしか俺に喧嘩を売ってくるやつは、一人もいなくなってしまった。



中三にして俺は生き甲斐をなくしてしまった。どんなに身繕いしようとも今や身長が188、悪名も高い俺に喧嘩する奴など地元ではどこにも居はしなかった。



俺は考えた。どこかに俺に苦痛を与えてくれる奴はいないものか。女でもいい、男でもいい。俺に容赦ない暴力をふるってくれる、誰か、が。一番いいのは俺の性癖をわかったうえで俺をなじってくれる相方をみつけることだ。不特定多数でも構わないが、できるなら、俺を理解し、実行して継続してくれる誰かを得ること。それが一番理想的、ではあった。



が、ひとつ問題があった。興奮したが最後、俺は馬車馬のように暴れ出す癖がある。今まではあちらに非があり、いわば正当防衛だったからいい。が、この性癖を明らかにして俺を馬鹿にして殴ってくれる奴がいたとしても、俺はそいつを半殺しにするかもしれないのだ。だから相方を望むこと、それは俺は諦めた。だがもう一度、容赦ない暴力にさらされたい。そして、そのすべてを吐き出したい。それは日に日に強くなっていき。



俺は悩んだ。悩んで、悩んで、結局ネットの悩み相談に匿名で打ち明けた。『空手堂瞠』というHNで。そうしたら、救いの神に遭遇した。



HN『腐れ外道』さんに。


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