BOOK
□present and present
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空がうっすらと白んできた頃、漸くプレゼントを配り終えたコラソンとロー。
今年はかなり時間を使ってしまったらしい。
疲労感を覚えながら屋上に着くと、ローは今になって襲ってきた寒さに身を縮めた。
驚くことの連発で、寒さなど忘れていた。
雪はもう止んでいたが、久し振りに地に着いた足は爪先から雪の冷たさを伝えてくる。
このまま眠ってしまいたいが、未だに止まぬ興奮に眠気など覚えない。
それに眠ってしまったら、これが夢だったという現実が待っていそうで何だか寂しかった。
柄にもなくドキドキしている自分がいる。
現実からかけ離れた世界があるということが、やはり未だに信じられなかった。
だから夢で終わりたくはない。
ローはそう思いながらコラソンを見ると、トナカイに餌をやっていた彼が振り返った。
「ああ、そうだ、ロー。お前にもプレゼントあげないとな」
何だか有り難みが薄れてしまうような感じがするけれど、それでも今年は本当に欲しいと思うプレゼントを望みのままに出してやると、コラソンはそう言って袋の中に手を入れた。
「コラさん、結婚指輪くれよ」
呟かれたローの言葉に、コラソンは袋の中で手を動かす。
「はいはい、結婚指輪ね。結婚指輪、結婚指輪………は? 結婚指輪? 誰の?」
ごそごそと袋を掻き回していたコラソンだが、見つからないプレゼントとその言葉に声を上げた。
子供がねだるプレゼントではない。
見つからないのは当たり前だ。
それ以前に、ローが誰の結婚指輪をねだっているのかコラソンは理解出来ないでいた。
聞き間違えかとローを見ると、ニッと笑った口許が映る。
「…誰の結婚指輪だ?」
解らないなら聞けばいい。
怪訝な顔つきでローを見つめると、コラソンの表情を見返した彼が一歩、また一歩と距離を詰めてもう踏み出せない距離まで近づいてきた。
「コラさんからおれにプレゼントしてくれる、おれだけの為のコラさんからの結婚指輪」
企んでいるような口許だが、目が寂しそうに揺れているのをコラソンは見逃さなかった。
参ったと、コラソンは額に手を当てて溜め息を吐く。
「ゴメン。嘘だから…」
「違う、そうじゃねェ」
「ん?」
その溜め息を聞いて、同じように俯いて偽りの言葉を伝えてくるローに、コラソンはその先を止めた。
違うと伝えてきたコラソンの言葉の真意が解らずローは顔を上げると、泣き出しそうな表情を浮かべている彼を見てしまって鼓動が早まった。
「ロー、こいつは子供の願うプレゼントしか出せないんだ」
そう言ったコラソンは袋をソリの中へ放り出した。
「悪いが、もうお前のプレゼントは出せない」
コラソンはそう言いながら、唇を噛みしめて俯いたローの頭を撫でる。
「だから、後で買いに行こう。な? ロー」
だから泣くなと、コラソンは苦笑しながら微かに震えるローの身体を抱きしめた。
一瞬ビクリと跳ねたローの身体を離さないようにきつく抱きしめれば、戸惑いながらもコラソンの背中に腕が回される。
別に泣いている訳ではないけれど、泣き出したいような気持ちになったのは確かだ。
「クソガキ…。んなもん、ほいほいと出せる訳ねェだろ?」
子供ではなくなってしまったローに少しばかりの寂しさを覚えたが、それ以上に何かがコラソンの胸を沸き上がらせた。
「ロー、顔上げろ」
俯いたまま頭を胸に押しつけるローの顔を上げさせると、コラソンは頼りなげに見える彼に笑いかけてやる。
他では見せない表情を自分だけに見せるローが、いじらしくもあり、可愛いと思ってしまう。
「present」
「…なに?」
弧を描いた唇が紡ぎだした綺麗な発音に、ローがコラソンを見上げる。
「pastもpresentもfutureも、全部お前にプレゼントしてやるよ」
「───過去も今も未来も?」
戸惑いながらコラソンを見上げるローの声が震えている。
ローの唇に親指をなぞらせたコラソンは、ゆっくりと距離をなくしていった。
「それとも、目に見えないものだけじゃ不安か?」
答えは柔らかく合わされた唇に音も消された。
触れるだけのキスだというのに、初めてだったローは顔を赤く染めながらコラソンの服を掴んで動けないでいた。
唯一動かす事が出来たのは、熱を持った唇だけ。
もう寒さなど感じない。
「でも、指輪は欲しい…」
消えそうなほどの小さなローの声に、それを聞いたコラソンは指で軽く額を弾いてやった。
「まだ店は閉まってる。一度寝て、起きてからな」
「…ん」
コラソンがローの背中を押して屋上に背を向けると、それを見ていたトナカイたちが空へと飛び立っていった。
街は子供たちの楽しそうな声で溢れ返っていた。
誰がどのプレゼントを貰っただの、自分のプレゼントがどれだけ凄いものなのかと、それを見せ合って喜んでいる。
赤髪の少年は鉄屑から自分が造ったという大きなロボットを、金髪の少年に見せて自慢していた。
そんな彼らの前を通りながら、コラソンとローは街一番の店に入っていった。
2人だけの指輪を買う為に。
END