BOOK

□月と海の境界線
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「ジーザス! なにがどうなった、おれの部屋っ!!」



 出かける前は少し散らかっていた部屋が、帰ってきたら大惨事になっていた。

 一面に散らばった本や書類、食器や食品などを見ながらローは頭を抱える。

 買い与えられたソファやカーテンなども無惨に破れていた。



「お、お帰り…、ロー」



「…なんでアンタがここにいんだよ、コラさん」



 お帰りじゃねェよと、ローは部屋の真ん中で膝を抱えていた人物に呆れた視線を投げかける。



「話せば長くなるんだが…」



「じゃあ話さなくていいから、帰ってくれ」



 ローの言葉にコラソンが声を詰まらせる。

 帰る訳にはいかないのだ。

 すくっと立ち上がってローの肩を掴まえようとしたコラソンだったが、散らばった書類に足を滑らせて彼共々スッ転んでしまった。



「いっ…てェ…」



「す、すまん! ローっ!!」



 押し倒される形で頭を打ったローが、眉を顰めてコラソンを睨む。

 コラソンはあたふたと慌てているが、ローの上から退こうとはしない。



「コラさん。取り敢えずだ、まずこの状況を説明してくれ」



 何で自分はこんな目に遭っているのだろう。

 つい3日ほど前の事を思い出したローは、コラソンに遠慮なく盛大に溜め息を吐いてやる。



「おれはお前が心配で…」



 ローを組み敷いたまましどろもどろになりながら話すコラソン。



「ちゃんと飯食ってるかとか、朝はちゃんと起きているのかとか」



「適当に食ってるし、何とか起きてる」



「う…。で、部屋に来たらお前いないし、なんか美味いもんでも食わせてやろうと思って飯を作った後、少し散らかっていたから片付けたんだが…」



 コラソンに言われてキッチンに目をやると、これまた部屋以上の惨事が目に入った。

 異臭がしないのは、部屋にある空気清浄機のお蔭だろう。

 ローはもう何も見たくないと、静かに首を横に振った。



「とにかく、お前が無事で良かった!」



「部屋は全然無事じゃねェけどな!」



 ぎゅうっと抱きつくコラソンに、抵抗する気すら失ったローが伝える。



「コラさん、3日前もだよな? おれの部屋爆発させたの」



 ドフラミンゴの屋敷に研究室を構えていたロー。

 火気厳禁の研究室に煙草を銜えながら様子を窺いにきたコラソンは、その中で盛大に転んで隣にあったローの部屋を巻き込んで大爆発を起こしてくれた。

 それで急遽、屋敷から離れた場所にドフラミンゴから新しい部屋を与えられたロー。

 あの爆発でも多少の火傷で済んだコラソンの状態と、これで安心して好きに研究が出来ると思っていた3日前。



「なんで、おれの部屋にいんの?」



 問題の張本人が此処にいたのでは、意味がないとローは呆れる。

 隣接する研究室は、はたしてまだ無事なのだろうか。

 あの部屋も火気厳禁だから、まだ爆発を起こしていないところを見ると無事なのだろう。

 一人で考えて一人で答えるロー。

 同時に答えが止まったコラソンを見つめる。



「その、だな…。あれからドフィに禁煙を命じられて…」



 話の展開が読めない。

 無言で次の言葉を促してやると、コラソンが言い難そうに言葉を紡いだ。



「イライラして少し八つ当たったら、壁と床に穴が開いちまって…、ドフィに部屋が直るまでの間追い出されたんだ」



「ハァっ!?」



 ということは、どちらかの部屋が直るまで屋敷には帰れない。

 いやいやその前に、この男と2人きりで部屋は無事に済むのだろうかとローは頭を悩ませた。

 色々な考えが浮かんでは消える。

 それはどれも自分にとってはマイナスにしかならない答えで、考えるのを止めようとしたローが改めてコラソンを見て完全に思考を停止させた。



「───…っ!!!?」



 限界まで近づいているコラソンの顔。

 唇に触れた柔らかい感触を意識したローは、現状が理解出来ずにフリーズする。

 けれど次に頬を撫でられ、濡れた何かが唇を割って侵入してきたのを感じたローは、慌ててコラソンの顔を押し返した。



「な、な、な…、何して…っ!!」



 知識だけはあるが、その手の事には疎いロー。

 ショックと驚きで口をパクパクさせていると、それに気づいたコラソンが再び慌てはじめる。



「すっ、すまねェ! ちょっと口が寂しか…んぶっ!!」



「寂しかったんならコレでも銜えてろっ!!」



 弁解に腹を立て、ローは近くに転がっていたアスパラをコラソンの口に突っ込んだ。

 禁煙の禁断症状に自分の身体を差し出すつもりなど毛頭ない。

 アスパラを投げ捨てたコラソンをローは睨みつける。

 いい加減に上から退いてもらえないだろうか。

 ローがコラソンとの間で手を張って押し退けようとするが、不思議なことにびくりとも動かない。

 それどころか反対にきつく抱きしめられて、ローは今の状況にますます混乱した。



「すまん、ローっ! このまま抱かせてくれ!」



「…は? なに?」



 コラソンの言葉の意味が理解出来ない。

 まだ汚れていない綺麗な天井と、欲情の色を浮かべたコラソンを一緒に見る。



「おれはずっと、お前とこうしたかったんだ!」



 そう言われてもローはまだ理解が出来ない。

 思い切りクエスチョンマークを飛ばしていると、ローの耳に信じられない言葉が聞こえた。



「ロー。セックスしよう」



「は…?」



 言う相手が間違っているだろうとか、そもそもそれは同性ではなく異性に、しかも好きな人に言うべき言葉じゃないのだろうかと考えている内に、ローは気づけばコラソンに身ぐるみを全て剥がれていた。

 ここで初めて身の危険を感じたロー。



「ちょっ…、待ってコラさん! なんか色々違うからっ!!」



 間違いを訂正してやろうと口を開いたが、ローの口はコラソンによって塞がれた。

 二度目のキスに驚いて硬直していると、口内にコラソンの舌が入ってきてローはパニックに陥る。

 言いたいことや聞きたいことは沢山あったはずなのに、全てが掻き乱されていく。

 蕩けるような甘いキスに身体が震えていくのを感じたローは、これ以上は危険とばかりにコラソンの頭を突っぱねた。



「ぁ…、はぁ…、はぁ…」



 痺れる舌が言葉を紡いでくれない。

 ただ荒い呼吸を繰り返すことしか出来ないローに、コラソンは愛しそうにその頭を撫でた。



「大丈夫だ、優しくするから」



 ニッコリと笑うコラソンの表情にローは頭がクラクラするのを覚えた。

 何がどう大丈夫なのだろう。

 訳が解らないと、それならばとローは反対に声を出してやる。



「じゃあ、おれが抱いてやるから、コラさん下になってよ」



 状況を打破しようと、ローが出した答え。



「や、痛いの嫌だから」



「おれだって嫌だわっ!!」



 しかし難なく躱すコラソンに、ローは声を上げた。



「なにが悲しくて男に抱かれなきゃなんねェんだ」



「おれだって男だっ!!」



 色々と何かがおかしいコラソン。

 言っていることと、これからやろうとしていることが違う。

 何とか逃げる術はないかと考えた結果、一か八かの賭けにローは出る。



「解った。ここは公平にじゃんけんで決めよう」



「じゃんけん?」



「そう。コラさんが勝ったらおれを抱いていいし、おれが勝ったらコラさん、部屋から出て行ってくれ!」



「───まぁいいだろう…」



 一度部屋から出て行ってまた入って来れば問題ないと、それを声に出さずにローの上から退いてやる。

 やっと身動きが取れたローはその場所に正座をして、胡座をかくコラソンを見つめる。



「待ったなしの一回勝負だからな?」



「解った」



 拳を作るローにコラソンが答えると、かけ声が出された後にお互い手を見せ合う。

 頑固者のグーと、捻くれ者のチョキ。



「よっしゃーっ!!」



「オーマイガッ!! おれは…おれは…っ」



 思わずガッツポーズを取るコラソンに、手首を握りしめながらわなわなと震えるロー。

 じゃんけんに負けて後ろの処女喪失とかあり得ないと、それでも自分が言い出した賭けに負けたのだから、ローは何も言えない。



「もうおれしか考えられないくらいにイかせてやるから、安心して身を任せろ、ロー」



「余計に不安だわっ!!」



 無理に襲わなくても済んだことに余裕を持てたのか、全裸のローを抱き上げてベッドへと運ぶコラソン。

 2人分の重さを受けたベッドは、スプリングの音を立てて軋んだ。
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