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□異世界転生恋愛奇譚 その3
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 何が起こっても不思議ではないし、おれ自身が見知らぬ世界で生き返ったのだから、もし、ローが死んだとして、この世界で生き返らないとは限らない。
 もし、もしもの話だが、生き返るとか、生まれ変わるとか、そんなことがあったとして、おれを生き返らせた誰かがローをスライムとして生き返らせる、もしくは生まれ変わらせていたとしたら―。
 確かにあの時、ローに逢わせてくれると聞いた気がした。
 そして、おれが目覚めた時、傍にいたのはこのスライムで、おれが名づけたとはいえ、スライムの名前はローだ。
 ローと名づけなかったら、どうなっていたのだろうとは考えない。
 何故なら、このスライムはローという名前に過剰な反応を見せたのだから。
「ロー……。お前、おれが知ってるガキだったローか?」
「ぴっ!」
 腕に抱いていたローが返事をして、おれの腹に擦り寄る。
 会話が出来ないものの、言葉は通じる。
 だから、余計に泣けてくる―。
 とぼとぼと歩き、ローと二人で荒野を進む。
「お前……、何でスライムになってんだよ……」
「ぴぃ……」
 もしこのスライムのローがおれの知るガキのローじゃなかったら、何をスライムに話してるんだよって思う。
 それでも、万が一おれの知るローだったらって思うと、もっと大切に、大事にしてやらねェとって思うし、愛しさまで込み上げてくる。
「ごめんなァ……。何でって、お前に言っても仕方ねェのによォ。お前が一番何でって思ってるよな……」
 せめて、ローがおれと同じ言葉で話すことが出来るのなら、まだローの気持ちも解るし、少しでも助けになることが出来たのかもしれない。
「お前と、話がしてェよ……ロー……」
 言葉が欲しい、声が欲しい――。
 昔はあれほど声も、音までも消していたってのに、今になってそう思うのだから、裏切り続けた報いなのかと思う。
 あの能力は死んだ時に消えちまったみてェだし、今のおれには何もない。
「おれがもう一回死んだら、お前と同じスライムに生まれ変われんのかな」
「――ッ……ふざけんなっ!!」
 傷心気味に呟けば、ローがおれの顔に飛びかかった。
「い……って、お前、いきなり体当たりするとか……って、今――、喋った……のか……?」
 聞こえた声はガキのローよりも低い声だったが、それでも、ローが発した声に違いない。
「ぴ……っ……。ぴっ! ぴ……ぃ……」
 ローは何か伝えたそうだったが、言葉にはならなかった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「ぴ……ぴ、ゅ……。ぴきゅ……ぴゅ、ん」
 テントの中で、ローがおれの肩に乗りながら何やら発声練習をしているようだ。
「コラさんって言ってみ? コ・ラ・さ・ん」
 おれはローを手に乗せると、目の高さに持ち上げてやる。
「ぴっきゅ、ん。ぴ、ぴ、きゅ、ん。――ぴぃ……」
 上手く喋ることが出来ないのがもどかしいのか、ローはぷるぷると体を震わせると、しょぼんとした様子で少しだけ潰れて広がってしまった。
 おれは一瞬ローが溶けだしたのかと驚いたが、ぴこっと跳ねたローは元のぷるんとした形に戻ると、おれの肩に飛び乗ってくる。
「いつかまた、コラさんって呼んでくれ。な、ロー」
 ローの頭を一撫でしてやり、一緒に寝袋に潜り込むとランタンの灯りを消した。
 夜に鳴いていた鳥の鳴き声が、次第に朝に鳴く鳥の鳴き声に変わる。
 その中にどうもおかしな鳴き声を聞いたような気がして、まだ眠いと思いながらも目を開けた。
「ぴきゅぴっ! ぴきゅぴっ!」
「んー、ロー? おはよう」
「ぴきゅぴっ、ぴぴきゅー!」
 今まで『ぴっ』と『ぴぃ』しか言えなかったことを考えると、随分と喋っているような気になる。
「ぴきゅぴっ。ぴぴきゅーっ」
「……もしかして、お前――。コラさん、おはようって言ってる?」
「ぴっ! ぴっ!!」
 何となくそんな気がして聞いてみれば、ローは寝袋の上でぽよぽよと跳ねて、起き上がったおれの胸に飛びこんできた。
 おれはローを受け止め、潰れない程度に抱きしめてやる。
「ぴきゅぴ、ぴぴきゅー」
「ああ。おはよう、ロー」
 ローは決してコラさん≠ニ言えてねェけど、おれと同じ言葉で頑張って喋ろうとしてくれるローを見ていると、何かもうおれはコラさん≠カゃなく、暫くの間はぴきゅぴ≠チて名前でもいいような気がしてきた。
 おれは着替えるとテントから出て、小さな桶に溜めて貰った水で顔を洗い、ローも一緒に手の上で洗ってやる。
 軽く朝飯を食ってテントなどの一式をローに盛って貰うと、おれはローを肩じゃなく手に乗せて次の町に向かう。
「ぴきゅぴ……。ぴぅー……」
 今度は一体何を喋ってくれるのだろう。
 発声練習を続けるローを愛おしく思い、おれはぷるるんとしているローのほっぺ辺りにキスをしてやる。
「うおおぉうっ! 何で溶けるんだっ!!?」
 ぺしょんと溶けはじめたローに、おれの悲鳴が木霊した。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 右に行けばスライム名物の町、左に行けば温泉と宝石の採れる町があるらしい。
「温泉も宝石も気になるところだが……」
 スライム名物って、一体何なのだろう。
「よし! スライム名物の町に行くぞ。そこに行けばお前のことがもっと知れるかもだしな」
「ぴっ!」
 もしかしたらスライム博士なる者がいたりして、スライムを喋るように出来るとか、スライムを人間に出来るようになるとか、そんな奇跡が起こるかもしれない。
 可能性は1パーセントでも無駄にしたくないおれは、もうこのスライムのローが、おれの知るガキのローだと疑わなかった。
「いらっしゃいませ、スライムの町へようこそ」
 通行証を見せて町に入れば、前の町よりかは田舎ながらも、それなりに活気を見せていた。
「まあ、珍しいスライムを連れているのですね。おいくらですか?」
「――え、いや……。買った訳でもねェし、売りもんでもねェから……」
 町人が財布から金を出そうとするので、おれは肩に乗っていたローを慌てて胸に抱きしめる。
 道行く人がローをチラチラと見ているが、スライムの町というのに、スライムが珍しいはずがねェ。
「取り敢えず、あの店に入るか。何か食いながら様子見ようぜ」
「ぴっ!」
 オープンテラスがある店は、通行人の様子も店内の様子も見られそうだった。
 おれは店に入ってテラス席に座ると、やはりローをチラチラと見る店員がメニューを渡してきた。
「当店のオススメは、ジュエリースライムです。味は薄味ですが、宝石のような輝きを楽しめますし、皮は夜になると光りますので、是非お持ち帰りになって楽しんでくださいませ」
「な――……っ……!!? スライムって……」
 メニューには、色んな名前のスライムが色んな料理になって載っている。
「本日のオススメは、ゼリースライムの踊り食いです。赤は甘め、青はミント風味、緑は渋味を好む方に人気ですし、お好きなソースも好きなだけ選べます」
「ぴぃ……」
 説明を続ける店員がローを見ると、ローは怖がっておれのシャツに潜り込んできた。
「プギャーーーッ!!!」
 隣の席から聞こえる悲鳴に慌てて振り返ると、客がスライムをスプーンで掬って美味そうに食っている。
 おれは、とんでもない町に来てしまったと思った。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「お客様、何をお召し上がりになられますか?」
 頁をめくってもめくってもスライム料理ばかり。
 ドリンクまでスライムなのだから、冷や汗を流しながらおれは一番ダメージが少なそうななめらかスライムソースの野菜サラダ≠震える指で示した。
「お連れのスライムはどうされます?」
 店員はおれのシャツに潜り込んでぷるぷる震えているローを見ている。
「いや、コイツは食わねェんだ」
「では、なめらかスライムソースの野菜サラダをお持ち致します。少々お待ちくださいませ」
 店員はメニューを持つと、腹の辺りに手を当ててお辞儀をして去っていく。
 このまま金だけ置いて出ようと思っていると、後ろに座った二人の客の会話がおれの耳に入ってきた。
「いやー。しかし、スライムが喋るとは思いもしませんでしたよ。流石、魔導士様が育てただけのことはありますな」
 スライムが喋る――?
 注意深く耳を傾けていれば、この町の外れに住んでいる魔導士が、色んな薬を造っているらしい。
 薬は様々な病気を治すから住人にも重宝されているが、余所者が特殊な薬を手に入れる為には、金以外の物を対価として払わなければならないという。
「おい、ロー。その魔導士のところに行ってみようか――」
「お待たせ致しました。なめらかスライムソースの野菜サラダでございます。スライムは目を食べると死んでしまいますので、目は残しておいてくださいませ」
 気になる情報を手に入れたから早く店から出ようと思っていたのに、タイミングを逃して目の前にサラダが運ばれてくる。
 溶けかけの白っぽいスライムが野菜サラダにでろ〜んと乗っていて、泣きそうな目でおれを見ていた。
「く、食える訳ねェだろ……」
 それでなくともスライムは苦手だし嫌いだ。
 ローだから一緒にいられるものの、スライムが傍に来たら気持ち悪いし、食うなんて言語道断だ。
 恐る恐る端のほうをフォークで軽く突いてみる。
「ゲギャギャーーー!!」
「うひぃーっ!!? ごめんなさいごめんなさい……」
「ぴぃぃぃ……」
 野太い声でけたたましく鳴いたスライムにおれとローは悲鳴を上げ、大慌てで席を立って店員に多めの金を渡す。
「お客様。お待ちください。貴方のスライムを是非売って頂きたく――」
「断るっ!! ローはおれの大切で大事な人なんだっ!」
 全力疾走で店から飛び出たおれは、シャツの中で小さく鳴くローを優しく撫でる。
 次の行き先は、町外れにある魔導士の家に決まりだ。


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