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□異世界転生恋愛奇譚 その2
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 思いつく限りのことはしたし、特にやりたいことも見つけられないまま、辿り着いた島は度重なる戦争での被害で人々は傷つき疲れ果てていた。
 食糧調達も出来そうにないからすぐに発とうとしたものの、傷ついた子供に助けて欲しいと泣きつかれてしまったもんだから、廃港を拠点に暫く滞在することに決めた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 疲れきっている大人たちが多い中、子供たちの笑顔は救われると思った。
 だから、限界を超えて治療を続けた身体は、眠りと共に終わりを迎えたようだった。
「おお、ローよ。死んでしまうとは何ごとだ」
 誰だか知らねェが、喧しい黙れ。
 死んだなら死んだでいいし、コラさんに逢いたいと思う。
「お前にもう一度機会を与えよう」
 訳の解らないことを言う声の主は、姿を見せようとしないばかりか、おれに機会を与えると言う。
「コラさんのいねェ世界で再び生きるなんざゴメンだ。コラさんのいる世界で生きたい」
 生き返るのも面倒だと思ったおれに、謎の声は更に続く。
「よかろう。では、コラソンのいる世界で生きるがよい」
「マジかっ!? 頼む」
「ただしコラソンから真実の愛を与えられるまで、お前はスライムとして過ごすのだ」
「ざけんなっ!! スライムなんざゴメンだ!」
 スライムと言われて思わずあのガス屋のペットを思いだしたおれは、やっぱりおとなしく死ぬことに決めた。
 それでも、光に包まれたおれの身体は、ぷるぷるとした黄色い物体に変わっていく。
「再びこのようなことが起こらぬことをワシは祈っている」
「ぴいぃぃぃぃーーーっ!!!」
 当たり前だクソ野郎ッ!!
 思いつく限りの罵詈雑言を浴びせるものの、スライムになっちまったおれの声は「ぴぃ」しか言えねェ。
 半年過ぎても真実の愛を得られぬ場合は、この体だけでなく記憶までも消滅するなんて声を聞きながら、おれは黒いモフモフの上にポテッと落とされた。
『コラさんっ!?』
 見知った男の顔に、何処にあるのか不明な鼓動が高鳴る。
 手足もないもんだから、ぽよぽよと跳ねて移動をすると、コラさんの手に捕まえられて指の間をすり抜けた。
「んげ……っ! 気持ち悪ィ!!」
 コラさんはそう叫ぶと、おれを振り払って桜の木にぶつけやがった。
『イテェッ!!』
 木にぶつかったおれの体は、ぬるぬると地面に落ちた。
「ス……、スライム……?」
 その時のコラさんの顔は、おれは一生忘れないだろう。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 おれが近づけばその分コラさんも離れていく。
 一緒にいた頃はあれだけ近かった距離も、コラさんから引き離そうとしていくのが辛い。
 思案に暮れるコラさんの足元に近づくと、ぎゅるるるとコラさんの腹の音が聞こえた。
「積んだ──。生き返って早々、餓死とかねェわ」
 その言葉におれは、コラさんがこの世界で生まれ変わって住んでいるのではなく、この世界で生き返ったのだと知った。
 おれはぴょんと跳ねるとコラさんの靴の上に乗って、ズボンをよじ登ろうとした。
「うわっ! 登ってくんなって、気持ち悪ィ……」
『イテェッ!』
 気持ち悪いと言われて今度は蹴り飛ばされ、おれの体は木に叩きつけられ、またぬるぬると地面に落ちる。
 スライムになったからと言って痛みがないわけではない。
 でも、体の痛みよりも、コラさんに気持ち悪いと言われ、蹴り飛ばされたことのほうがショックだ。
 嫌われているという現実に、おれの涙は止まらない。
「ぴぃ……、ぴぃぃ……」
 こんな時でも「ぴぃ」としか泣けないのだから、ますます泣けてくる。
「オイオイ。苛めてるみてェじゃねェか……。泣くなって! お前……泣いたら小さくなっていってんじゃねェか……」
 この体は何かに触れると小さくなるだけじゃなく、涙を流しても小さくなるみたいだ。
 不思議なのはコラさんに触れている間は小さくならないのだから、どのみちコラさんにくっついていないとおれは消えてしまう運命だ。
 すまねェと謝ったコラさんが、おれに背中を向けて離れて行ってしまう。
 おれはコラさんと離れたくなくて、消えてコラさんの記憶まで失うのが嫌で、必死でぴこぴこ跳ねてコラさんのあとを追った。
 でも体はどんどん小さくなって、跳ねることすら出来なくなってしまう。
『コラさんー……』
 泣きながらコラさんを必死に呼べば、おれを振り返ったコラさんがこちらに向かってきた。
「ああっ! クソッ!!」
 コラさんは屈んでおれを手のひらに包んでくれると、少し焦げ臭いコートの肩の部分に乗せてくれた。
 やっぱり最後には優しいコラさんに、おれは安心する。
「おれに危害を加えたら、土の中に埋めるからな!?」
 やけくそ気味に言うコラさんに、おれはありがとうの意味も込めて返事をする。
「ぴっ!」
 こうして、おれとコラさんの旅がはじまったんだ。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 ぎゅるぎゅると腹を鳴らしながら歩くコラさんは、湖で野宿することに決めたようだ。
 落ちている木を拾い集めて火を点けると、薄暗かった周囲が明るくなる。
「──ぬああぁっ! 針と糸がねェッ!! 魚……食いたかった……」
 片手に長い棒を持っているコラさんを見る限り、釣りでもして魚を食べるつもりだったんだろう。
 湖に近づいて両手で水を掬い、臭いを嗅いでから水を飲むコラさんを見て、おれは湖に飛び込んだ。
『魚獲ってくる!』
「うおおぉいっ! 大丈夫かっ!?」
 コラさんはおれが誤って落ちたんだと思ったんだろう。
 体は水に触れても溶ける様子がないので、おれは湖の深い場所に進んでいく。
 不思議と息苦しくないのだから、特に慌てることもなさそうだ。
 魚の群れがいたので口を開けてまずは一匹丸呑みしてみると、何故か食べるというよりは違う場所にしまい込んだような感覚に陥った。
 二匹、三匹、ついでに水を飲み込んでも、腹が膨れる様子はない。
 何だか面白くなってきたので、調子に乗って水底まで潜ってみると、そこには金貨や銀貨といった金があった。
「ぴぃっ、ぴぃっ!」
 湖から出てきたおれは、ぽよんぽよんと跳ねてコラさんの隣に着地する。
「なんだよ、お前。水浴びしてきたのかよ……」
『コラさん、魚だ!』
 いつの間にかキャンプファイヤーに変わっている火の前に、おれは体をぷるぷると震わせて口から十数匹の魚を吐きだした。
「お前……っ……。魚獲ってきてきれたのかっ!?」
『おうっ!』
 コラさんには「ぴっ!」としか聞こえてねェんだろうけど、おれは得意げに鳴いてコラさんの顔を見上げる。
 恐る恐る手を伸ばしてきたコラさんが、おれの頭を撫でてくれるもんだから、おれは嬉しくて笑った。
「ぴぃ」
 枝に魚を刺してキャンプファイヤーの火で魚を焼きはじめるコラさんは、おれがガキだった頃のコラさんと何の変りもない。
 あの頃も毎日が野宿みたいなもんだったし、川や海で魚を獲って食べていたもんだ。
『コラさん……』
 そろそろ体が溶けはじめてきたので、おれはコラさんの膝に飛び乗る。
 コラさんはもう、おれを振り払おうとはしなかった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 少し寒いような気がして、おれはもぞもぞと動いて温かい場所に移動する。
 ドクンドクンと響く鼓動は、コラさんが本当に生きているのだと嬉しくなった。
 消えはじめている火を見て、おれはコラさんの胸から下りると、ぴこぴこ跳ねてもう一度湖で魚を獲った。
 多めに焼いた焼き魚はコラさんが片手に持ったまま森の中を歩いているので、きっと昼飯にするんだろうなと思う。
 でも、それだけじゃ絶対に足りないのは解っていた。
「そうだ。お前に名前をつけてやるよ」
「ぴっ!」
 いきなりコラさんが名前をつけてくれるって言いだしたので、おれは期待を込めて返事をする。
「スラリンとか」
『イヤだ……』
 確かに体はスライムになっちまったけど、そんなあからさまな名前なんか嫌だ。
「スラぼう」
『イヤだー……』
「アキーラ」
『誰だよ、そいつ……』
「サスケ」
『おれ、ローなのに……』
 次々に出てくる名前に悲しくなっていると、コラさんは足を止めた。
「ロー……」
『コラさんっ!』
 おれはコラさんからローと呼んで貰えて、嬉しくて肩の上でぴこぴこ跳ねる。
 それに、大袈裟なくらいに喜びを表現しねェと、名前を変えられるのは嫌だった。
「お前、ローがいいのか?」
『ローがいい!』
 元気に鳴いて返事をすれば、コラさんが恐る恐る手を伸ばしておれの頭に触れてきた。
 壊れ物を扱うような手つきで優しく撫でてくれるコラさんに、おれは嬉しくて泣きたくなってくる。
「ロー。これから宜しくな」
『宜しく、コラさんっ! また、二人で旅をしよう』
 コラさんの声は微かに震えていたけれど、おれももうそろそろ涙腺が崩壊しそうだった。
 もう二度と逢えないと思っていたコラさんに逢えて、また旅をすることが出来る。
 体はスライムになっちまったし、喋ることも出来ないけど、コラさんと一緒にいられるならまだ救われると思った。
 これから先、おれは元の身体に戻れるか解らないが、何としてでも元に戻って、コラさんにありがとうと伝えたい。
 おれの溢れる涙が、コラさんのコートを濡らしていった。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「腹、減った……」
 コラさんはそう言って歩くのを止め、木の根に腰かけて煙草を吹かしはじめた。
『魚、まだあるぞ!』
「ああ、悪ィ。煙かったか?」
 言葉が通じねェもんだから、おれが煙くて鳴いたと思ったらしいコラさんは、おれに煙が行かないように横を向いてふぅと息を吐いた。
 おれはコラさんの肩からぽよんと飛んで膝に下り、大きく口を開けて見せる。
「お前も腹減ってるだろ? ゴメンな。何か食えるもんあればいいんだけど」
 コラさんはそう言って、もしおれが死んだらおれでも食ってくれと笑うもんだから、冗談じゃねェと思い水と共に魚を吐きだしてやる。
 地面に落ちた魚は、ピチピチと跳ねて元気そうだ。
 おれが思うに、おれの口の中に入ったものは、時間を止めるんだと確信しはじめている。
「すっげー……。お前、魚持って来てくれたのかよ」
 当たり前だ──。
 これから先食いもんがあるとは限らねェし、コラさんを餓死させるつもりもない。
 同じ口でも物を食うのとは別に無制限に貯えることが出来るのだから、朝の内にかなりの量の水と魚は獲っていた。
 コラさんは急いで枝や枯れ葉を集めてきて、穴を掘るとその中で火を燃やして、周囲で魚を焼いた。
「うっめェー。ありがとうな、ロー。ほら、お前も食えよ」
「ぴっ」
 おれに焼き魚を差しだしてきたコラさんに、ほんの少しの恥ずかしさを感じながら食わせて貰う。
 でも、いつまでも魚ばかりでは厭きるだろう。
 微かに香る甘い匂いは木の上から漂ってくる。
 もしかしたら果物でも生っているのかもしれないと思い、おれはコラさんの肩に飛び乗ると、体を貼りつかせるように木に登ってみた。
 少しずつ、少しずつ、おれの体の水分が木に奪われて、小さくなっていくのが解る。
 それでも林檎を見つけたおれは、近くの林檎をいくつか飲み込むと、コラさんの肩目がけて木から飛び降りた。
『林檎があった』
「ほら、やっぱり小さくなってんじゃねェか! オイオイ、大丈夫かよ……」
 コラさんは慌てておれを手に乗せてくれて、心配そうに見ている。
『コラさん。林檎食ってくれ』
 おれはコラさんが気にかけてくれるのが嬉しくて、林檎を出して手に乗せてやった。
 でもコラさんは、何だか泣きそうな顔をしていた。


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