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□お菓子と悪戯と 5
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 女というものはつくづくバカだと思う。

 イベントの度に何かをしなければいけない決まりなどないのに、どうして毎度毎度騒げるのか。

 雛祭り、ホワイトデー、子供の日、ハロウィン、クリスマス、正月、節分。

 そして1周回って今日はバレンタインデー。

 ローはベビー5とデリンジャーの2人に、最近完成したばかりのキッチンに拉致されていた。

 テーブルの上にはチョコレートをはじめ、フルーツやナッツなどの食材の他に、様々な調理器具が並べられている。

 茶色や白色やピンク色のチョコレートを次々にボウルに放り込むベビー5を横目に、ローは本当は1人で静かに作りたかったと思いながらチョコレートを砕きはじめた。



「って、オイ! チョコを溶かすのに直接火にかける奴がいるか、バカッ!」



 ローは慌ててベビー5からボウルを奪い取る。



「それに、チョコの種類を混ぜて溶かしてどうするんだよバカ…」



「バカバカ言わないでよっ! いっぺんにやった方が早く出来るじゃないの」



 折角入れたのにボウルから取り出されて分けられるチョコレートにベビー5は文句を伝え、隣に立つデリンジャーを見る。

 デリンジャーはチョコレートをみっつの釜に別々に入れている。



「いいか、チョコレートは湯煎で溶かす…って、何をしている…」



 炊飯器を開け、チョコレートの入った釜をセットしたデリンジャーにローの声が低くなる。

 ピッと保温の電源を押したデリンジャーがニッコリと笑った。



「えー、こっちの方が早く溶けるじゃない」



「お前は…」



「デリちゃん、頭いい! じゃあ私はこっちで溶かそうかしら」



 呆れるローを尻目にベビー5は素早くボウルにチョコレートを入れ、電子レンジの中に入れる。



「てめッ、何して…っ!? るっ、ROOM!!」



 温め開始のボタンが押されると同時にローの能力が発動され、テーブルの上のナッツとボウルが入れ替わった。



「何すんのよ、ローの馬鹿っ!」



「それはこっちのセリフだ、バカ! 金属を電子レンジで温めるな、このバカがっ!」



「ひっどーい! 邪魔ばっかりしてーっ!」



 邪魔をしなければ今頃は電子レンジが爆発していただろう。

 そもそも、邪魔をされたくなければ一緒に作ろうと誘わなければいい。

 もっとも誘われたのではなく、ローは拉致された身なのだが。

 ブツブツと小声で愚痴を言っていると、ベビー5を慰めているデリンジャーが口を開く。



「ダメよベビー5。あたしたちロー兄が手伝ってくれなかったら、まともなの作れないんだから」



 デリンジャーの言葉に、ローはガックリと肩を落とした。

 そうなのだ、この2人は幼い頃から花嫁修業の一貫として料理などを仕込まれているにも拘わらず、未だに食べられる料理を作れた試しがない。

 何故かローも花嫁修業をさせられた身であるが、ローだけは人並み以上に美味いと絶賛される料理を作ることが出来ている。

 ローが特別なのか、それともベビー5やデリンジャーが特殊の部類に当たるのか、それは誰も解らない。

 だが、この2人が作る料理で死人までは出ないものの、今までかなりの人数が病院送りになっているのは確かだった。

 お蔭様でファミリーは人手不足である。

 最近城の壁に貼られた社員募集のポスターの必須欄に、家庭科5や強靭な胃袋の持ち主と書かれてあることをベビー5やデリンジャーは知らない。



「仕方ないわね。じゃあローがチョコを溶かしてちょうだい。私は先にクッキーを作るから」



「…お前は片栗粉でクッキーを作るのか?」



 別のボウルに入れられた片栗粉に、ローのため息がひとつ。



「きゃー、あっつーいっ!」



 炊飯器から取り出した釜の熱さに、床にチョコレートをぶちまけたデリンジャーに更にもうひとつ、ローのため息が盛大に吐き出された。

 年々眉間の皺が濃くなっていく理由のひとつは、絶対にこいつらが原因だろう。

 それに、イベントの度に病院送りになる部下たちの治療をローが頼まれることも多い。

 イベントの夜は何だかんだで体力の消耗が激しくて寝不足であるというのに、その上朝早くから人手が足りなくなった病院からローに呼び出しがかかるのだ。

 食べてすぐに症状が出ればいいのに、2人の料理は時間差で食中毒の症状などが表れる。

 それは半日後だったり2日後だったり3日後だったり。

 翌日が元気だからといって油断してはいけない。

 2人の料理はたちの悪い、ある意味生物兵器であり、産業廃棄物なのだ。

 クッキー生地に塩を投入しようとしているベビー5の手を掴み、ローは静かに首を横に振る。



「えっ、何?」



「どれだけ塩を入れるつもりだ…」



 ベビー5の手には大量の塩。

 どう見てもおかしい。



「隠し味に塩3kgって書いてあるから」



「3gだろっ! 3kgも入れたら隠されてねェよ…」



 デリンジャーは隣でおとなしく溶かしたピンク色のチョコレートを型に流し、上からキッチンハイターを振りかけている。

 粉砂糖ならいざ知らず、キッチンハイター。

 ピンク色のチョコレートに粉砂糖の組み合わせもあまり意味がよく解らない。

 ローはデリンジャーからキッチンハイターとチョコレートを奪い、ゴミ箱に棄ててやる。



「いいかお前ら、おれが必要な物だけを必要な分量で並べてやる。それ以外は混ぜるな危険だ!」



 余計な物を入れるから大惨事に繋がるのだとローが言い、不必要な物を全て目につかない場所に仕舞ってやった。

 毎回同じことをやっているのだから学習してくれればいいのに、そう上手くいかない日常。



「やだ、もうっ。どう飾りつければいいのか解んない。ロー兄教えて」



 けれど、この2人に頼られるのは悪い気がしないでもない。

 と、ローはそう思う。



「ところでデリンジャー。お前、誰にチョコやるんだよ」



 一応男だろとつけ加えてはみるが、自身も男でありながら毎年恋人に贈っているのだから人のことは言えない。



「ロー、私には聞かないの?」



「お前は毎年目に入った男全員に配っているだろうが、ベビー5」



 その所為で毎年この時期の男たちは逃げ回っているというのに、当の本人はそれを知らずに気楽なものだ。



「だって、いつもありがとうって涙を流しながら受け取ってくれるんだもの。そこまで喜ばれるんなら、渡さなきゃでしょ?」



 1度自分で作ったものを食べてみればその男たちの気持ちも解るだろうに、身内に甘いボスの「自分が作ったものは絶対に口にするんじゃねェ」という命令で、この2人は自身の料理の味を知らない。



「あとね、ロー。若が食えるチョコをよこせって言ってたわよ」



「ロー兄、去年はたこ焼きソース入りチョコを渡したんだって? 無茶するんだから…。若さまが可哀相じゃない」



 きっと多分、いや絶対、この2人のチョコレートに比べたらまだ寝込まないだけマシで、可愛らしい悪戯だと思う。

 ローはそう思いながら出来上がった胃腸薬入りのチョコレートをラッピングする。

 物凄く苦い味がするだろうが、感謝されてもいい素材だ。



「今年は長生き出来るチョコだ。代わりに渡してくれ、ベビー5。頼んだぞ」



「えっ? わ、わかったわ。任せて!」



 ローから頼まれたチョコレートを受け取ったベビー5は、頬を染めながら力強く頷く。

 それを見たローは恋人の為に作り終えたフルーツやナッツをチョコレートでコーティングしたものを綺麗にラッピングして、後片づけはやっておけと伝言を残してキッチンから出ようとした。



「あら、やだ。あたしったら、もうひとつのチョコを出すの忘れてたわ」



「おい、待てデリンジャー」



「きゃー、あっつーいっ!!!」



 つい数時間前に見た光景が再び繰り返される。

 ただ数時間前と違うのは、空高く舞い上がった釜が空中で回転して中身を零し、ローの顔から胸にかけてかかったことだ。



「………」



 幸いにもラッピングにはかからずに綺麗なままだが、チョコレートに塗れたローが肩を震わせる。



「わっ、ごめんなさいっ!」



「ロー、すぐに冷やさなきゃ!」



「はァ…、大丈夫だ…。問題ない…。とにかく後はちゃんと片づけておけ…」



 もう慣れてしまった光景だから仕方がない。

 諦めモードのローは盛大なため息を残してキッチンを後にした。

 長い廊下をコツコツとした足音が響く。

 ローが歩いた後には甘い香りが漂っている。

 扉を2度ノックしてから開けると、ソファに腰かけて新聞を読んでいた男が顔を上げた。



「お帰り、ロー。って、誰にナニをされたっ!?」



「チョコが降ってきただけだ…。コラさんが心配するようなことは何もされてねェよ…」



 だから落ち着いてくれとローが苦笑を浮かべ、真っ二つに破れた新聞を握りしめるコラソンからそれを取り、ずれた眼鏡も一緒に取ってテーブルの上に置いてやる。

 コラソンはローがベビー5たちに呼び出されいたことを思い出し、状況を察してローの頬についているホワイトチョコを指で掬って舐めた。



「ハッピーバレンタイン? 今回はフルーツとナッツのチョコにしてみた」



 ローは先ほど作り終えたチョコレートをコラソンに渡そうとする。

 コラソンはローにニッと笑い、首を横に振った。



「コラさん?」



 不思議そうにローが見つめると、コラソンの唇が重なる。



「もちろん、それも後で食うけどな…。先にこっちの美味そうなチョコ食わせてくれよ」



 唇と頬を舐めたコラソンがローの耳許で囁き、かぷりと軽く噛みつく。

 耳の中にまで舌を這わせてやると、ローの身体がふるりと震えた。



「ダメか?」



 鼻先から頬にかけて舌を這わせてチョコレートを舐めたコラソンがローに問う。



「んッ、ダメな訳ねェ…。コラさんなら、何されても嬉しいから」



 だからとびっきり甘く抱いてくれと笑って見せたローに、コラソンも負けずに笑顔を見せてローのシャツに手をかけた。















END

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