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□数奇ならば愛に恋
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 走れ、走れ、走れ。

 今までがむしゃらに前だけを見て走ってきた。

 全ては大好きな人の本懐を遂げる為だけに。

 今の自分の命があるのはあの人のお蔭だし、これからの命もあの人の為だけに使って生きて終わろうと思っていた。

 全てが終われば、後はどうでもよかった。

 走り続けた身体は早くに悲鳴を上げている。

 呼吸も苦しく、吐き出す息はひゅーひゅーと嫌な音を立てていた。

 上がり続ける体温は、昨日から訴えている不調の所為だろう。

 林道を走っていたローはふらふらとした足取りで脇道に入り、人目のつかない場所まで移動すると木の根元に倒れ込むように腰を降ろした。

 薄暗い林の中はひんやりと涼しく、風が吹く度に熱を下げるように身体を撫でつけていく。

 鳥の囀りを遠くで聞きながら、ローは状況を整理するように目を閉じた。

 航海は順調だった。

 だが、先に上陸した島でちょっとした事故があり、食料や薬をあまり補充出来ないまま島を出ることになってしまった。

 ログは溜まっていたから問題はなかったのだが、無視を続けていた疲労も溜まりに溜まってしまったのか、身体は休ませろと昨日から熱を上げはじめていた。

 眠れば少しは楽になったのだろうが、ローの眠りはいつだって浅い。

 少しの物音でもすぐに目を覚ましてしまうものだから、世間一般でいう満足な睡眠とやらは、あの日から取れなくなっていた。

 人の温もりや静寂が恋しいだなんて、まるで胎内回帰願望じゃないか。

 そう思いながらも、ローはあの大きな身体に抱きしめられながら、もう一度雑音のない温かな世界で眠りたいと思った。

 感じるのは大好きな人の温もりと鼓動、息遣いだけ。



「はあっ、はあっ、コラさんっ」



 荒い呼吸の間にローは大好きな人の名前を呼ぶ。

 こんな気持ちになってしまうのは、この海図にも載らない小さな島で似た人を見つけてしまったからだ。

 身体の不調を仲間に気づかせないようにしながら、ローは平和そうな島の探索をすると言って一人でこの地に降りた。

 島は争いとは無縁の生活を送っているみたいで、平穏なものだった。

 こんな小さな島に食材はともかく、自分の求める薬はあるのかと思ったが、自生する薬草の種類が多いらしく、思いの外ローは安く大量に薬の類いを手に入れることが出来た。

 ふらつきはじめた足取りで一度戻ろうと思って踵を返した時、ローの目の前に自分より身長が1メートル以上高いのではないかという大きな男が姿を見せる。



「………っ…!!!?」



 互いに目が合った瞬間、空気が止まったように感じた。

 それは相手も同じだったみたいで、驚いた表情を見せながら目を見開いている。

 相手が口を開いた瞬間、ローはその男を突き飛ばして走り出した。

 どうしてあのような行動に出たのかは解らなかった。

 自衛の意味もあったのだろう。

 今では思い出の中の人が目の前にいる、そんなことはあり得ないと。

 他人の空似なんだと。

 でも本人だったら?

 やっぱり他人だったら?

 どちらにしても溢れ出す想いが抑え切れそうにない。

 生きていて欲しいと、どれだけ願ったことだろう。

 でも、生きているのであれば、どうして今まで何の連絡もくれなかったのか。

 自分は少しでも近づけるように、見つけやすいように今の地位まで上り詰めたのに。

 本懐を遂げる為だけではない。

 七武海に入って嫌いだった海軍に近づいたのも。

 今だってこんなにも傍にいたいと思っているのに。

 そう思いながらローは大きく息を吐き出す。

 考えすぎて頭がクラクラとしてきた。

 思い返せば、その男がまだ本人であることも確認していない。

 一体何を言おうとしていたのだろう。

 声くらいは聞いておけばよかったかなと思いながら、ローは上がった熱を少しでも下げるようにトレードマークである帽子を脱いで膝の上に置いた。

 吹きつける風が髪を揺らしていく。

 涙が滲んでくるのは、きっと熱の所為だ。

 感情が溢れ出したからじゃない。

 自分に言い訳をしながら、ローは意識を薄れさせていく。

 風が懐かしい匂いを運んだ。















 頬に何か触れたと思えば、次の瞬間には額に冷たいものが乗せられる。

 冷やされる感覚にそれが心地好いローは、ふっと表情を和らげた。

 それを確認した人物も同じように表情を和らげる。

 もう一度ローの頬を優しく撫でた人物は、桶に溜めていた氷が溶けてなくなりはじめていることに気づき、新しく変えようと椅子から立ち上がった。

 部屋の中にカタッと小さな音が響く。

 その音に眉を寄せたローは、傍にあった気配が消えていく感じがして、無意識に手を伸ばした。



「ロー…? 大丈夫だ、傍にいる」



 耳に届くのは懐かしい声。

 ローの目から自然と涙が零れ落ちた。



「コラさ…ん…」



 掠れた声で熱い息を洩らすローの目は開かれないままだ。

 覚醒しはじめた頭が現状を理解しようと忙しなく動く。

 伸ばした手は大きな手に包まれていた。

 反対の腕を持ち上げて、ローは両目を覆う。

 それでも涙は止まることを知らない。



「ロー、泣くな」



 声が、匂いが、温もりが、全てがもう間違いでないと伝えていた。



「コラさん、なんで…?」



 聞きたいことは山ほどあった。

 伝えたいことは山ほどあった。

 どうやって生き延びたのかだとか、生きていてくれてありがとうだとか、どうして今まで何の連絡もくれなかったのかだとか、命をくれてありがとうだとか。

 大きすぎる思いが次から次へと溢れ出して、声にならなかった。

 部屋に響くのは嗚咽混じりのローの声。



「泣いてないで顔を見せてくれよ、ロー」



 困ったような男の声に、ローは嫌だと首を振る。

 泣き顔を見られるのも嫌だったが、それ以上にローは怖かった。

 頭を優しく撫でてくれる男が、もし違う人物だったら。

 雰囲気も何もかも同じなのに、本当は違う人物だったら。

 今度こそもう立ち直れないと、そういった思いからローは目を開けて男の姿を確認することが出来ないでいる。



「今まで、連絡の一つもしなかったのは悪かった」



「………」



「おれはお前の動きはずっと追っていたから知っているが、お前はおれのことを知らなかったんだもんな」



 ぽつりぽつりと話していく男が、悪かったとローに告げる。

 瀕死になって気を失っていたが、幸いにも一命は取り止めて生きていたこと。

 海軍や世界政府などに目をつけられているから公に行動は出来ないものの、今でも兄であるドフラミンゴの破戒を止める為に秘密裏に動いていること。

 それらを伝えられてローは口を開いた。



「本当に、コラさんなのか?」



「ああ、そうだ」



 ローの声が震えている。



「ちゃんとっ、生きているんだなっ?」



「ああ…、生きているぞ…」



 同じように男の声も震えていた。



「目ェ開けても、消えたりっ、しない…んだな…っ!?」



「消え…ねェよ、バカ…」



 だから早く顔を見せてくれという声に目を開ければ、ローの目の前には笑顔で涙を流しているコラソンの姿があった。

 ローは上半身を起こしてコラソンを間近で見つめる。

 メイクをしていないが、確かに目の前で泣いている男はコラソン以外に他なかった。



「ロー…っ、大きく、なったな…っ…」



 ぐずぐずに泣きながら必死に笑うコラソンに、ローも涙を流しながら笑顔を作る。



「コラさん、老けたな…っ…」



「…っ、うるせェよっ!」



 両腕を伸ばせば、コラソンは当たり前のようにローを抱きしめた。

 きつく抱きしめ、何度も頭を撫で、コラソンは腕の中にローを閉じ込める。

 二人は涙を拭うことも忘れたまま、熱い抱擁を交わしていた。















 コラソンが調合した薬は驚くほど効き目をみせ、数時間でローの熱を下げた。

 ここらに自生する薬草は調合次第で効力が凄いものもあると、古くから伝えられているらしいこの島独自の民間療法が記された手記を受け取ったローはそれに目を通している。

 少しでも何か腹に入れろと言ってキッチンに向かったコラソンは、何度も派手な音を立てていた。

 その様子にローは笑みを浮かべながら仲間に戻るのが遅くなると連絡を取る。

 ドジなのは変わっていないらしい。

 テーブルに並べられた料理は、あれだけ派手な音を立てていたにも関わらず、綺麗に盛りつけられて美味しそうな見た目に違わず美味しそうな匂いを漂わせていた。

 何もかも昔と変わらない。

 電伝虫を置いたローはコラソンに仲間のことを伝える。



「コラさんのことを伝えたら、暫くゆっくりしてこいだとさ」



 まだ話したこともない人の名前を出したのに、仲間は全てお見通しだったらしく、それなら自分たちのことは気にしないでいいから、たまにはゆっくり羽を伸ばしてきてくださいと言われた。

 何故コラソンのことを知っているのかと問えば、ベポが寝言で何度か聞いたことがあるらしい。

 神経質なローは人前で眠ることは出来ないが、ベポには凭れてたまに仮眠をとっていたと、まさか仮眠の間に寝言を言っていたとは信じられずに頬を掻いた。



「いい仲間が出来たな」



 嬉しそうに笑うコラソンに、照れた笑いを見せるロー。

 出された食事は、今までで一番美味しいものだと思えた。



「ロー、お前まで背負う必要はないんだ」



 これはおれ自身の問題だと言うコラソンに、ローは静かに首を横に振る。



「おれに恩を感じる必要はないんだぞ?」



 自由に生きて欲しいと、コラソンはローに願う。

 ローはコラソンに向かって苦笑を浮かべた。



「今更意志を変えるつもりはねェ。だからコラさん、全てが済んだら」



 今度こそは一緒に生きて傍で暮らしたいと、ローの願いにコラソンの目に涙が浮かぶ。



「泣くなよ、コラさん」



「だって…、ローっ、お前…っ」



 巻き込むつもりなどなかった。

 一途な想いを告げるローに泣きたくなる。



「ても、おれにはおれのやり方があるし、仲間もいる。だから今は傍にはいられねェ」



 それでも、変わらない愛をくれると言うのなら。



「その時は逢いに行く」



 コラソンの言葉にローは満足そうに笑った。

 今日一日で泣いたり笑ったり、普段無表情な分ローは顔が引き攣るのではないかと思う。

 食後、まったりとしながら今までのことを話し合っていると、コラソンの指が不意にローの目の下に触れてきた。



「お前、ちゃんと寝てんのか?」



 子供の頃からローは神経質で、小さな音でもすぐに目を覚ましていたことをコラソンは思い出す。

 二人で医者探しの旅に出ていた時は、毎日能力を使って自分たち以外を無音にして眠ったものだ。



「いや、あまり…」



 あの頃から熟睡した記憶がないと言うローに、コラソンは肩を竦めながら大袈裟にため息を吐き出した。

 薬を飲ませたとはいえ、ローは熱を出して倒れていた身である。

 コラソンはローをもう一度ベッドに連れていき、眠るように促した。

 サイレントを発動させれば、部屋は更に無音になる。



「なあ、コラさん」



 寝かされたローがコラソンの腕を掴んだ。



「おれ、静かなだけじゃなく、コラさんが抱きしめてくれていたから眠れたんだけど」



「なっ!!!?」



 クスクスと笑うローに伝えられた衝撃的な言葉。

 思わず赤面したコラソンの腕をローは更に引っ張った。



「寝るなら一緒に寝てくれよ」



 冗談半分、本気半分。

 ローの願いにコラソンは頭を掻き、ベッドに身体を潜り込ませた。



「大きなガキだな」



「ククッ、別にコラさんの前ならガキでも構わねェ」



 楽しそうなローの頭を胸に抱き寄せ、昔みたいにコラソンは優しく身体を包み込んでやる。



「ああ、そうだ。おれ、コラさんに逢ったら言いたいことがあったんだ」



「何だ?」



 早くも微睡みはじめたローは、余程疲れていたのだろう。

 眠りに就く前の癖も変わらないみたいで、昔と同じようにぎゅっと服を掴んでくる。



「コラさん、おれも愛してる」



 ローはそう伝えると、温もりに包まれて安心したように安らかな寝息を立てはじめた。

 暫く間を置いて、ローの言葉の意味を理解したコラソンは、一気に顔に熱が集中するのを感じる。



「クソガキ…っ、おれが眠れなくたなっただろ…」



 コラソンの呟きと、昔子守歌変わりに聞いていた時よりも遥かに早い鼓動を聞きながら、ローは深い眠りに堕ちていった。




















END

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