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□月は海から昇らない
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 あれから何日が経ったのか、時間の経過すらローは解らないでいた。

 もう5日は過ぎただろうと、纏まりのつかない思考で思い返す。

 眠れない日々が続いたが、不思議と眠気は訪れない。

 こういう時の為に用意された睡眠薬は、飲む気すら起こらない。

 服用後の朦朧とする意識の波と、目覚めの悪さが嫌いだった。

 どうせこのまま不眠が続けば、自ずと意識を失うのだ。

 だから無理にそれを飲む必要はない。

 部屋の入り口にある扉を叩く音に対して煩いと怒鳴りつけるのも、もう何度目だろうか。

 一日に何度も叩かれる扉に、苛立って投げつけた物が付近に散乱していて酷い有り様になっていた。

 ベッドに座ってぼうっとしながら窓を見つめると、先程よりも随分と日が沈んでいるのが見えた。



「あっ、お帰りなさいコラさん! ローがまたご飯食べないのよっ!!」



 扉の向こうから聞こえた声に、ローはその声が向ける相手を思って静かに笑う。



「もう8日も経ってるのよっ!? 返事はあるから生きてると思うけど…」



 同時にガチャガチャと回されるドアノブ。

 8日もの間開くことのなかった扉は、次に大きな音を立てて長い足で蹴り破られた。



「………」



 特殊なメイクにフードを被り、サングラスをかけた男が何かを片手に部屋の中に入ってくる。

 入り口に散乱した物を避けて近づいてくる男に、ローは久々に笑みを浮かべて口を開いた。



「お帰り、コラさん」



 ひょこっと部屋の入り口からローの様子を覗いたベビー5は、ちゃんと部屋の主が生きていることを確認して安心したのか、後は任せると言って廊下の向こうに消えた。

 パチンッと指の鳴る音が聞こえたら、後は一切の音が聞こえなくなった。



「───お前はっ! またなのかっ!?」



「い…っつ…」



 力加減なく落とされた拳骨に、痛みと共にクラクラとした浮遊感に襲われたローが頭を押さえる。



「その様子じゃ、どうせまた寝てないんだろ…」



 渡した睡眠薬も自分が飲ませない限り、自ら決して飲もうとしないロー。

 睡眠薬に限らず、薬という物をローは飲まない。

 無理に飲ませれば、何とか飲むといった感じだ。

 それも普通ではなく、かなり強引な手段で。



「取り敢えず先に飯だ。我が儘言わずに食え!」



 用意されてそれほど時間の経ってない料理は、まだ温かそうな湯気を燻らせていた。

 トレーに乗せられた料理をベッドに座るローの膝の上に乗せてやると、それに手を伸ばすこともせずにじっと見つめている。

 コラソンはベッドの端に腰をかけてスプーンをローの手に持たせてやると、震えていた彼の手からスプーンが落ちた。



「………っ…?」



「ロー…。お前…」



 こんな状態になるまで自分自身でも身体の限界に気づかないとは、どれだけコイツは馬鹿なんだとコラソンは頭を抱える。

 仕方なしに代わりに米を掬ってローの口元に運んでやると、黙って口を開いた彼にそれを食べさせてやる。

 暫くもごもごと口を動かしていたローだが、飲み込んで間もなく、顔色を変えはじめた。



「ん…ぇ…っ、ゲホッ…」



 苦しそうに噎せて飲み込んだ物を吐き出すローに、コラソンは溜め息を吐く。

 いきなり入った固形物は、喉と胃が受け付けなかったのだろう。

 初めてではないが、今回はあまりにも酷い。

 涙を浮かべるローの頭を一度だけ撫でた後、コラソンは口の中に米を含んで噛み砕き、柔らかくなったそれを彼に口づけながら舌で歯列を割って口内に移して飲み込ませていく。



「…ん、んんー…っ…!」



 嘔吐感に頭を振って逃げようとするローの頭を抱き込んでそれを押さえ込み、舌を絡み合わせてコラソンは口づけを深いものに変えた。

 胸の動きが激しいものから緩やかなものに変わったのを確認すると、コラソンはゆっくりと唇を離してやる。



「は…ぁ…」



 離れたお互いの間から唾液の糸が引き、静かに零れ落ちた。



「無理…、食えねェ」



 気分が悪いと伝えるローに、コラソンはサングラスを外してサイドテーブルの上に置く。



「意地でも全部食わせるからな、おれは」



 微かな怒りを含んだコラソンの目。

 間近でそれを見たローは何も言えなくなってしまう。

 別に怒られるのは初めてではない。

 こうやって目を合わせられると逆らえないのも事実。

 ローは呼吸を落ち着けるように息を吐くと、おとなしく口を開いた。



「っふ…、んー…っ…」



 何度も口移しで与えられる食べ物に、流石に一度でこの量を食べるのは無理だとローがコラソンとの間に腕を張る。

 3分の2ほどは何とか飲み込んだロー。

 それでも後は少しなのだからと、コラソンは残りを口に含んでローに口づけた。



「………っ…!!」



 暴れるローの腕を捉えて拘束し、コラソンは容赦なく彼の口内に柔らかく噛み砕いた食べ物を移していった。

 全てを食べ終えたのは、この部屋に入ってからどれだけの時間が経った頃だろうか。

 すっかり日の沈んで光が届かなくなった部屋は薄暗い。

 苦しそうに息を繰り返すローを見つめた後、コラソンはベッドから立ち上がって部屋の明かりを点けた。



「ロー。眠れそうか?」



 明るくなった部屋の中で改めて見るローの目の下には、いつも以上にはっきりと隈が出ている。

 ベッドに戻ってコラソンが再び腰をかけると、ローが力なく首を横に振った。



「薬は…」



「絶対に嫌だ!」



 無理に飲ませたら、今度こそ本当に吐いてやると、ローはそう言いながらコラソンに腕を伸ばす。

 ローにおとなしく抱きしめられていると、ぽふんと胸に頭が置かれた。



「…待ってた」



「ん…」



 ぐりぐりと頭を押しつけて抱きつく腕の力を強くしてきたローの頭を、コラソンは優しく撫でてやる。



「ずっと待ってた」



「それでもな…」



「コラさん…。あんたがいなきゃ、おれは全然眠れないし、飯食う気も起きないんだ!」



 依存という厄介な病。

 治すにはいつだって必要な薬がある。

 重すぎるローの想いにコラソンは羽織っていた黒いフェザーコートを脱ぎ捨て、彼の望むままに同じベッドへと身を滑り込ませた。



「まったく、お前は手のかかるクソガキだ…」



「おれはもうガキじゃねェ…」



 出会ってからもう何年も経った。

 成長したのは身体だけではなくこの想いも同じだと、どうしようもない気持ちにローは同じベッドに入ってきたコラソンにキスをしてその想いを伝える。



「ロー。お前が眠るまで傍にいてやるから」



 今日は何もせずにおとなしく寝ろと、コラソンはローに柔らかなキスを落とした後、その小さな身体を包み込むように抱きしめてやった。















END

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