BOOKU


□きみは僕のお嫁さん
1ページ/1ページ

 昨日は夜勤ということもあり、日頃の疲れが一気にきたのか、目が覚めたのは昼をとっくに過ぎた時間だった。
 微睡みの中で掃除機の音を聞いていたおれは、続いて漂ってきた美味そうな匂いに、目を開ける。
 見慣れた寝室の天井を見て起き上がり、大きく伸びをしたあとに時計を見たおれは、冷や汗を流すと共に叫んだのだった。
「うおおおおぉうっ! 寝過ごしたーっ!!」
 今日はローと久々のデートの約束をしていた日で、朝から出かけようと計画を立てていたってのに。
 待ち合わせの時間から既に四時間は過ぎている時計を見て、頭をガシガシ掻くと寝室から飛びだした。
「コラさん、おはよう。もうそろそろ起こしに行こうかと思ってたんだ」
「え……。ロー……? おはよう……」
 目の前には駅で待ち合わせをしていたはずのローがいて、すっかり綺麗に片づいた部屋と、テーブルの上には美味そうな飯が並んでいることに、未だ夢を見ているのかとおれは頬を抓る。
「イテェし……」
「何やってんだよ。ほら、飯の前に先に顔洗ってこいよ」
 どうやら夢の中ではない現実に、ローは顔を洗ってこいと言っておれをリビングから追いだした。
 確かに合鍵を渡すような仲ではあるが、連絡もなくローが家にやって来たことはない。
 一度寝室に戻って恐る恐るスマホを見れば、ローからのメールや着信が数件入っていたことに今更ながら気づく。
「悪ィ、ロー。おれ、寝過ごしちまって……」
 目覚ましに気づかないくらいに爆睡していたらしいおれは、顔を洗い終えたあと、すぐさまローに謝罪を告げた。
「疲れてたんだろ? 仕方ねェさ。今日は家でのんびりしようぜ」
 そう言ったローは怒る様子も拗ねる様子もなく、笑っておれに飯を勧めてくる。
 可愛い恋人の手料理に、晩飯を食う間もなく寝たおれの腹は正直に空腹を告げて音を立てた。
「ありがとう。いただきます。美味そうだ」
「はい。召し上がれ」
 生姜焼きに味噌汁、レタスとトマトのサラダに目玉焼き、それに炊きたてのご飯。
 一人暮らしなもんだから、手抜き料理や弁当ばかり食べているおれにとって、家庭的な味は久々だ。
「美味い。美味いぞ、ロー」
「そりゃあ良かった。なんなら、夜も作ってやるよ」
 どうせ日頃はろくなものを食べていないのだろうと言われてしまい、図星だったおれは笑うことしか出来ずに晩飯もお願いすることにした。
 それにしても、散らかっていた部屋は綺麗に掃除されて片付けられているし、ベランダを見れば洗濯までされていることが判る。
 これではローに甘えっきりで申し訳ないと思ったおれは、今からでもデートをしに行こうかと提案してみた。
「今日はもういい。それに、おれもゆっくりしたい気分なんだ。たまには家で二人きりもいいだろ」
 昼飯のあとで、ソファに寛ぐおれに、洗い物まで済ませてくれたローが食後の珈琲を淹れて渡してくれる。
 おれは珈琲を受け取ると、わざと膝の間に座ってきたローの頭に頬を懐かせた。
「なんか悪いな。色々して貰って」
「それなら、礼でも貰おうかな」
 楽しそうに笑ったローが上を向いて目を閉じる。
 礼というよりも、まるでおれへのご褒美みたいなキスのねだり方に、おれは唇を重ねてローの唇を舐めてやる。
 薄く開かれた唇の隙間に舌を入れ、歯列を割って歯の裏や上顎、舌を丁寧に舐めていった。
「ふ……っん、は、あ……」
 珈琲の味がしたキス場、徐々にローの味に変わっていく。
 手を伸ばしてカップをテーブルに置いたおれは、ローのカップを手から奪って同じようにテーブルに置く。
「ロー……」
 背中を抱いてソファに押し倒すと、クスクスと笑ったローがおれの首に腕を絡めてきた。
「なあ、コラさん。今日、何の日か忘れてるだろ」
 キスの合間にローが言う。
 おれは何の日だったか思い出せず、ローのパーカーに手を突っ込んで細い腰を撫でた。
「何の日だっけ?」
「くすぐってェ……」
 聞いてもローは答えてくれない。
 おれは両手をパーカーの中に突っ込むと、ローを擽って身体を捩って逃げようとする様子を楽しんだ。
「も……、っん、やめろって……」
 はあはあと息を荒くさせはじめたローは、頬を紅潮させておれを見ている。
 そしておれの手を掴まえて口許に持っていくと、ローはその手にキスをしておれを見つめてきた。
「ハッピーバースデー、コラさん。今年も一緒に誕生日を過ごせて嬉しい。ありがとう」
 去年も一昨年も、この日だけは一緒に過ごそうと、恋人同士になった頃から毎年一緒に過ごしてきた。
 そのことをすっかり忘れていたおれは、寝過ごして何処にもデート出来なかったことをやはり申し訳なく思う。
「ロー。ありがとうな。おれも嬉しい。お前がおれの傍にいてくれることが、何よりのプレゼントだ」
 起き上がったローはおれの膝を跨いで座り、抱きついてキスをしてくる。
「誕生日プレゼント、それだけでいいのか?」
 額を触れ合わせて言うローの濡れた唇が、悪戯な笑みに変わった。
「欲しいもの、何でもくれるのか?」
 負けじとおれも唇に弧を描き、誘うような紅い唇にキスを落として軽く吸う。
「おれにあげられるものなら、何でもやる」
 互いの舌が絡まって、離れると銀糸が二人の間に引き、やがて切れて離れた。
 おれは唾液で濡れたローの唇を舐めると、真剣な目つきでローを見つめ、左手を取って口許に持っていく。
「ロー……。嫁に来いよ」
 そう言って薬指にキスをひとつ。
「おれ、男だけど」
「クスッ。んなもん、知ってるさ。立ち位置的にな……」
 ローの薬指にはまだ指輪はないけれど――
「結婚してください」
 その薬指におれと揃いの指輪がはめられたらいいと思う。
「養ってくれんのか?」
「おう。バリバリに働いてやる」
「嘘だよ。おれも働くし」
 ククッと笑うローは随分と楽しそうだ。
 答えを貰えないことに焦れたおれは、もう一度ローの薬指にキスをして吸いつき、赤い鬱血の跡を残してやる。
「幸せにする……。だから。これから毎日おれの傍にいてくれ。ロー……」
 ローは薬指に残った跡を一度見たあと、おれの左手を取って同じように薬指にキスをしてきた。
「よろしくお願いします」
 重なった同じ言葉におれたちは笑い合い、抱き合って再びキスをした。










END



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ