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□EACH FACE
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 毎日毎日、よくボロボロになるものだ。

 穴の空いたコートも、ローの手にかかれば見事に修復され、元通りに戻っていた。

 これにバッジが付きはじめれば、更に穴が空く原因になりそうだ。

 つい最近まではMarlboroの匂いが染み付いていたコートを撫でて、ローが苦笑を浮かべる。

 制服やコートの修繕ももう慣れたもので、時間も昔に比べれば早く繕う事が出来るようになった。

 料理のレパートリーも増えて、今ではレシピを見なくても大体のものは作れる。

 与えられた悪魔の実の能力と、医療の知識と技術、そのお蔭で怪我や病気も治す事が出来る。

 与えられたのは能力だけではない。

 命を救われた事で、未来を与えられたロー。

 恩人が風呂から上がってガシガシと頭を拭きながらやって来る様子に、ローは汚れも落として綺麗になったコートを広げて見せてやった。



「コラさん、終わったぞ」



 背中に大きく正義と書かれたコートがコラソンの前に差し出される。

 パンツ1枚で肩にバスタオルをかけたコラソンは、ローを見て柔らかな笑顔を見せた。



「いつも、ありがとうな。ロー」



 コラソンの笑顔にローも照れたように笑い返したが、濡れた髪から滴る水がコートを濡らしている事に気付き、呆れたようにバスタオルを奪ってコラソンの髪を拭いてやった。

 毎日のように繰り返される光景。

 海軍本部の中でも、2人の姿は微笑ましく映っていた。



「そういえば、またセンゴクさんに入隊を勧められたんだって?」



 ローは海兵ではない。

 あの日、オペオペの能力を手に入れたローは、ヴェルゴに痛め付けられたコラソンを見て、更に海兵嫌いに拍車がかかってしまった。



「センゴクさんには感謝してる…」



 あの日死んでいたはずのコラソン。

 あの日泣き叫んでいた幼いロー。

 2人は結果的に他の海兵達の手によって救われた。



「でも、海兵は嫌いだ…」



 コラソンのした事は罪であったが、センゴクが赦免の意志を貫き通した為、コラソンは海軍に、ローはコラソンの元に居る事で許された。

 結果的にそれはローを守る事になるし、コラソンには願ってもない事だった。

 けれど、それはローを束縛する事にも繋がる。

 ローに自由を与えたいコラソンだったが、ローはコラソンと離れたくなかった。



「海兵にはならねェけど、コラさんの傍に居たい。だから、手伝いくらいはする」



 事実上、ローはコラソンの補佐である。

 ただ海軍での肩書きが嫌いなだけで、コラソンの仕事もよく手伝っていた。



「ま、お前がそれでいいなら、おれは別にいいんだけどよ」



 傍に居たいと思っているのはローだけではない。

 コラソンもローから離れる気も、手放す気もなかった。



「ところでコラさん。何でkoolに変えたんだ?」



 以前の煙草に比べたら、匂いがキツい。

 コラソンが吸うものだから嫌いではないが、変えるに当たった心情が知りたくてローは聞いてみる。



「Marlboroは「Men always remember love because of romance only」って訳したヤツが居たからなァ…」



「何だそれ」



 文法もおかしいが、意味がよく分からない。



「男はロマンスでしか愛を覚えていられない。そう言うんだよ。だから変えた」



 ローとの事なら、どんな事でも覚えていられるのにな。

 コラソンに言われてローが頭を悩ませる。



「じゃあ、何でkoolなんだ?」



 ローの質問に、コラソンの笑みが深まった。

 腰かけたソファが、2人分の重みを1度に受けて深く沈む。



「そうだな…「keep only one love」の一つの愛を貫き通すってのもいいが「keep only one law」ってのはどうだ?」



「え…あ…」



「おれはお前だけを守る」



 コラソンの顔がローに近付いていく。

 至近距離で見つめられ、互いの息がかかる。

 頬に触れたコラソンの手にローが目を閉じた。

 それを合図にコラソンがローとの距離をゼロにする。

 その刹那、扉がノックの後に開かれた。



「───っ!!!?」



「おや、お邪魔したかな?」



 咄嗟に離れたコラソンとローだが、2人の距離と体勢がおかしい。

 ソファの両サイドに座り、互いが背中を向けている。

 少しばかり赤らめられた顔を見れば、2人が何をしていたのかは一目瞭然。

 恨みがましい念がコラソンから発せられているので、今回も未遂だったのだろう。



「そう睨むな、ロシナンテ。美味いおかきが手に入ったから、ローも一緒に食おうと思ってな」



「センゴクさん…」



 この人の邪魔が入るのは何度目だろうか。

 毎回毎回、あまりにもタイミングが良すぎる。

 盗撮用の電伝虫が仕掛けられているのではないのかと疑ってもおかしくない程の毎回のタイミングの良さに、コラソンが立ち上がってローの腕を引いた。



「ロシナンテ…。着替えてから来い」



「ああっ!」



「…コラさん」



 パンツ1枚だけだったコラソンが声を上げたのは、服を着ていなかった事をセンゴクに指摘されたからではない。

 センゴクがローの腕を引いてさっさと行ってしまったからだ。



「クソッ…」



 この日、コラソンの着替えのスピードは、また記録を更新したらしい。










 テーブルの上には、おかきにあられ、茶が並べられている。

 センゴクはおかきを噛み砕き、コラソンはあられを口に放り込んでいた。

 ローは茶を飲みながらおかきを割って食べたり、あられを食べたりしている。

 ローは以前、センゴクに聞いた事があった。

 おかきとあられの違いを。

 答えは大きさの違いだけで、原料は変わらない。

 そう教えられたのだが、コラソンが好きだという食べやすいあられだけを食べるのも悪い気がして、ローはセンゴクが好きだというおかきも食べるようにしていた。



「ローはどっちが好きなんだ?」



 違いを聞いて相手と差を付けたいのはコラソンの悪い癖だ。

 有利な立場に居るであろうと分かっているからこそ聞くのは、センゴクをライバルとして見ているからだろう。

 好きなのは決まっているのに。

 ローはそう思いつつ、口を開いた。



「せんべい」



「ぬあっ!?」



「ほう…」



 ローの言葉にコラソンが変な声で叫び、センゴクが笑う。



「ロー…お前、まさかガープさんにも…」



 言い寄られているのか、と聞きたかったコラソンだが、言葉にならなかった。

 このジジイ共は! ローを渡してなるものか!

 その思いだけがコラソンを支配する。



「炭酸せんべい…。あれ、すっげー美味かった。せんべいなのに小麦粉から出来ているってのが信じられねェ」



「へ…?」



 どれだけ食べても飽きが来ない。

 優しくほんのり甘い味わいに歯触り、どれを取っても最高だ。

 うっとりと夢見心地で紡がれるローの言葉に、コラソンはあられをバリバリと噛み砕く。

 小麦粉から出来るせんべいなど邪道だ。

 けれど、ローが好きと言うのなら取り寄せてやろう。

 コラソンはそう思って口の中のあられを飲み込んだ。



「それなら、次からは炭酸せんべいも取り寄せて用意しておくか」



「うぐあっ!?」



「ありがとう、センゴクさん」



 豪快に笑いながら伝えるセンゴクに、先を越されて呻くコラソン、そして嬉しそうな笑顔を見せるロー。

 ローが食べ物や可愛い物に釣られるのは、何も今回が初めてではない。

 だからこそコラソンは負けたくないのだが、いつだってローは誰かに餌付けをされている。

 海兵は嫌いだが、食べ物や可愛い物に罪はない。

 ローがそう言って与えられた物は、コラソンの嫉妬心を煽った。



「それで、だ。ロー…。私の孫にならんか?」



 ローに身寄りがない事は知っていた。

 常々思っていた事をセンゴクが伝えると、コラソンがテーブルをバンッと叩く。



「ダメですっ!」



 何がそれで、だよ。

 話の前後が合わないじゃないか。

 コラソンの息が荒くなる。



「何で?」



「だってセンゴクさんっ! あんた…、ローを孫なんかにしたら、絶対に箱入りにして嫁に出してくれそうにない…」



「こ、コラさん…っ!」



「ハハハッ。嫁ときたか!」



 声も大きく本音が洩れたコラソンに、センゴクも大声で笑った。

 ローだけが訳が分からずに2人を交互に見つめている。



「確かに、毎日汚したりボロボロにしたコートを繕うのも、毎日食事や弁当を作るのも嫁の仕事だ。それにお前の仕事もサポートしている。嫁に出す云々の前に、ローはもうお前の嫁の立場じゃないのか?」



「う…っ…」



 言われてみればそうかもしれない。



「でも、孫はダメですっ!」



「だから何で?」



「何か嫌だから!」



 暗に嫁と認めてくれているが、それとこれとは別である。

 ジジバカになったセンゴクが今まで以上にローを独占しようとするかもしれない。

 だから嫌だとコラソンは言い、頬を染めて俯いているローを連れてセンゴクの部屋を出た。










「人の事、勝手に色々言って…」



 部屋に戻ると、ローが呟いて文句を言う。

 その表情は嫌がっている様子ではなく、嬉しさと恥ずかしさが混じったものだった。



「いいじゃねえかよ。ロー…、このまま夫婦になっちまおうか」



 流された訳ではない。

 いつかは伝えたかった言葉だ。

 お気に入りだというソファに深く腰を降ろすローに、コラソンの影が重なる。



「ロシー…」



 甘えている時に呼ばれる名前は熱を帯びて掠れていた。

 コラソンの手がローの肩を優しく掴み、もう片方の手が柔らかく頬に添えられる。

 照明に光ったコラソンの髪が額を擽って、ローの目が細められた。



「結婚しよう、ロー」



 言葉と共にローが目を閉じ、互いの唇が触れようとする、その刹那。



「おい、ローや。せんべい食わんかっ?」



 ノックもせずに部屋に飛び込んできた男に、2人はそのままの状態で固まった。



「ワッハッハ! 邪魔したかの!」



「…ガープさん」



「出て行けクソジジイっ!!!」



「クソジジイとは何じゃーっ!!!」



 男2人の部屋をも震わせる大声に、ローはまた騒がしくなったと肩を竦めたのだった。















END



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