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□溢れる涙に理由などいらない
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 ふわり、ふわふわと雪が降る。

 シンシンと降り続く雪は周囲の音を掻き消して、無音の世界を作り出す。

 夜空に見える小さな銀の月。

 舞い落ちる雪は一面を銀色に染めた。

 月明かりに照らされた雪はキラキラと静かに輝き、そこはまるで海の水面を連想させた。

 どれだけこの道を歩いていたのだろう。

 この銀色の世界には他の足跡もない。

 サクサクと踏みしめて残す足跡も、降り続く雪が消していく。

 誰も自分の後を追ってこないように。

 吐き出す息は白かったが、寒さは感じなかった。

 煙草を銜えて火をつけると、白い煙がゆらゆらと揺れて新たに色を映し出した。

 何処に向かうでもない。

 もう自由なのだ。

 全てを忘れてしまえば楽なのに、それを赦してくれないのは最期に見た泣き顔の所為だろう。

 あれから一体どれだけの月日が流れたのだろうか。

 時間の感覚なんて、この世界には存在しない。

 過去の記憶は今でも鮮明に残っている。

 手にした小さな温もりも、まだこの手は覚えている。

 煙草を吸って息を吐き出すと、いつも以上に白い煙がふわりと揺れた。

 伸ばした手に降る雪も白く、触れた雪は手の上で溶けて消えた。

 雪以外には何もない世界。

 遮るもののない視界は、真っ直ぐ進んでいるのかどうかすら解らない。

 ふと後ろを振り返って見れば、一直線に残る足跡。

 それもすぐに雪で埋められていくので消えていってしまう。

 長い間、一人でこの世界にいたような気がする。

 此処には他に誰もいない。

 だから歩く理由など、どこにもないというのに、それでも足を進めてしまう。

 誰かが待っているような気がするから。

 それが誰なのか、答えは解っているのに、それを認めてしまいたくないという思い。

 一途に向けられている思いは、この世界にいても常に感じていたのだから。

 だから迎えに行ってやろう。

 手のかかる大きな子供を。

 暗闇の中に注いだ月明かりは、銀色の世界を照らし出して美しい。

 その中に一つのシルエットを映し出す。

 歩みを進めて近づくと、月を見上げていた影はゆっくりと振り返った。



「遅ぇよ…」



 ポツリと紡ぎ出された音は白を彩る。



「うるせェ、クソガキ…」



 ずっと無音だった世界に伝わるふたつの声。

 随分と背が伸びたものだ。

 目の色はそのままだが、何もかもが変わってしまったような錯覚に陥ってしまう。

 髪にかかる雪を払い落としてやると、泣き出しそうな顔をしながらきつく抱きついてきた。



「逢いたかった…。ずっと逢いたかった、コラさん…」



「泣くな…、ロー」



 縋るように抱きつくローを包み込む形で抱きしめてやると、それに応えるように腕を伸ばしてくる。

 本当はもっと色んな世界を見てもらいたかったものだが、今日が最終地点だったのだろう。



「コラさん、おれ…っ」



「何も言うな…」



 あの日から自分の為だけに生きていた子供。

 そうさせたのは自分自身。

 あまりにも一途すぎる。



「───泣くなよ、コラさん…」



「お前もだろう、ロー」



 自然と溢れる涙は止まることを知らない。

 お互いに涙を流しながら、微笑む。



「逢いたかった…」



「───おれも、だ」



 でも、出来ることなら赦して欲しい。

 いつの間にか見えない糸で、その人生をずっと縛りつけていたということに。

 それは今ではもう、叶わないことなのかもしれないけれど。

 何故なら、逢えて嬉しいという気持ちに嘘はないから。



「此処ならもう、逃げたり隠れたりしなくてもいい…」



「ん…」



 此処は二人きりの世界の果て。

 だから二人でもう一度。



「ずっと一緒にいようか」



「あぁ…」



 きつく抱きしめ合ったお互いの身体からは、温かな音が聞こえた気がした。










END

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