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□恋をした
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空の青さも流れる雲の白さも、吹きつける風も昨日まではなんの変わりもなかったっていうのに。
目の前にいる少年が、ローがおれのなにかを変えた。
おれの腹の上に乗っていたローを一度抱き上げ、膝の上に乗せてやる。
向かい合う形で座ったおれを黙ったままで見上げるロー。
沈黙がこんなにも辛いなんてな。
慣れているはずの無言。
今はそれが、とてももどかしい。
どちらかが何かを話せばそれに反応を見せてやることが出来るのに、こいつは口を開かずにおれを見つめるだけだ。
射抜くようだった冷たい眼は、気がつけばその冷たさを少し和らげて暖かさが見えている。
その眼差しを優しいものに変えてやりたくて、おれは再びローに手を伸ばしてその頭を撫でる。
「───はぁ…」
撫でられるままだったローが出す小さな溜め息。
仕方ないだろう? 他にどうすりゃいいのか解らねェんだから。
普段なら殴ったりしていたはずの手が、こういうことをするだなんて正直、おれも驚いている。
コイツがおれを変えた。
だからおれもローを変えてみたい。
どうすればいいのかなんて考えもつかないけど。
乱暴ではなく、滑らせるように撫でていた手をローが掴んだ。
両手で掴んでも、コイツの手の中には収まりきらないおれの手。
「やっぱり、大きいな」
確かめるように小さなローの手がおれの手を撫でていく。
掌を撫でたり、指を握ったり。
どうしたいのか、どうして欲しいのか解らないおれはローの好きなように手を弄らせていた。
ほんの少しだけおれより冷たいローの手。
子供は温かいというのは嘘だろう。
撫で続ける手を握ってやろうとしたその時、おれの指が温かいものに触れた。
「───ッ…!?」
目の前で起こっている景色が信じられない。
何故コイツはおれの指を舐めているのだろう?
あまりにもの衝撃で動けなくなったおれを、ローは舐めるだけでは物足りなかったのか口の中に指を銜えこんだ。
おいおいおいおい。
一体何がどうなってこんなことになっているんだ?
指の腹に伝わる舌の感触がくすぐったい。
外側とは違って、内側は熱いものなんだなと、それでもまだ冷静に状況を分析しながらおれは指を引き抜いた。
「───切れてた」
「…?」
「今、ここに薬ないから…」
だから消毒と、悪びれもないコイツの表情に、どこか悔しくて頭に拳骨を落としてやった。
「ぃでっ!」
ドキドキしちまったのがおれだけだなんて、何だかバカみてェじゃないか。
だいたいこんな掠り傷、わざわざ舐めなくても放っておきゃ勝手に治るだろうに。
読めないローの行動に頭を抱えたくなる。
先程まで温かかった濡れた指は、外気に晒されて冷たさを覚えた。
収まりがつかない。
気がつけばおれは、その小さな身体を抱きしめていた。
「…コラソン?」
逃げることはしないロー。
それをいいことに、更に力を加えてきつく抱きしめる。
初めて抱きしめた人の温もりは、小さなものだったが、酷くおれを安心させた。
「苦しいよ…」
身動ぎをするローに、腕の拘束を弱めて目線を合わせてやる。
ニッと笑ったローの次の行動は素早かった。
「───ロー…ッ!!!?」
奪うようにぶつかった唇同士。
思わず声をあげると、一瞬だけ目を見開いたローが、おれを見て嬉しそうに笑った。
「声…、出たじゃないか」
あ…?
言われて初めて気がついた。
自然に出た声。
「良かったな、コラソン」
何が良かっただ。
一瞬話せなくなっただけで、おれは元から話せるんだ。
それでも毒気のない初めて見るコイツの子供らしい笑顔に、おれは肩を竦めて溜め息を吐き出した。
「お前ってヤツは…」
何をしでかすか解ったものじゃない。
「コラソ───」
今度はおれの唇で、その音を奪った。
恋をした
本当は初めて会った時から、その眼に捕らわれていたのだろう
END