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□おれはお前に
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指に触れる柔らかな唇の感触が心地好い。
もう暫く触れていたかったのだが、それはコイツが顔を背けた為に叶うことがなかった。
「楽しいのかよ、それ…」
まぁその、何だ、楽しいと聞かれればそうなのかもしれない。
意外にコロコロと変わるコイツの表情から、目が離せなくなっていた。
ふわりと気紛れに撫でつける柔らかな風は、同じように柔らかそうなコイツの前髪を微かに動かした。
愛用している小さな帽子を取ってみると、やはり柔らかかった髪が風に揺られた。
「訳解んねぇ」
帽子を取って髪を撫でていると、それでも抵抗はせずにおとなしいままだったコイツが小さく呟く。
大人びた中に見せる子供らしい表情。
おれはその表情に惹かれた。
逃げる気はないのだろう、何度も髪を撫でるその手を止めることもなく、まだ冷たい二つの眼がおれを捕らえた。
「なぁ、コラソン…」
何だ?
手の動きを止めてクイッと顎を上げ、言葉の続きを促す。
「声…。おれに治せたらいいのにな…」
ズキンと、心が痛みを訴えた気がした。
そういえば、何を伝えにコイツはおれの前に現れたのだろう。
目が離せない、鼓動が痛い。
「おれ、コラソンの声を聞いてみたい」
いきなり何を言い出す。
心が警笛を鳴らした。
治まらない胸の痛みは騙していることからくる罪悪感か、それともこれ以上は近づくなという警告なのか。
喉がざわつく。
「おい! コラソン?」
自分の喉元に当てた手を、小さな手が掴んでいた。
その手は震えるおれの手を止めるように、ぎゅっときつく握られている。
何で…、震えているんだ?
「───…ッ…!?」
出そうとした声は声帯を震わせることはなく、ただ重い息を吐いた。
何で…、声が出ないんだ?
いつから?
いつからおれは話していないんだろう。
叫ぶように声を上げようとしても、出てくるのは無音の荒い吐息。
「落ち着けコラソンっ! おれを見て!」
身を乗り出しておれを跨ぐような体勢を取ったコイツが声を上げ、かけていたサングラスを取り去る。
クリアーになった視界に映るコイツは、泣き出しそうな眼をしていた。
「…っ! 何で、そんな悲しい目をして…るっ」
それはお前の方だろう?
今にも泣き出しそうじゃないか。
初めて直接お互いの顔を見たってのに、それがこんな泣きそうな顔だなんてな。
「───コラソン…」
伸ばされた小さな手がおれの目尻を撫でる。
その頃にはもう、呼吸も落ち着いていた。
完全におれに乗り上げた形になっているコイツをどうすることも出来ず、真っ直ぐに見つめてくる眼から視線を逸らせて小さな身体の背後に見える青い空を見つめた。
「やっぱりおれ、コラソンの声が聞きたい」
それは奇遇だな。
真剣に見つめる二つの眼からもう視線を逸らすことの出来なくなったおれは、せめて気持ちだけでも届けばいいと、風に靡く柔らかな髪を撫でた。
おれはお前に
伝えてやりたい言葉があるのに、大事な時に限って声が出ないなんてな
END