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□クリスマスを取り戻せ!
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 断崖絶壁の雪山を、どう登って辿り着いたのかだなんて、そんなことを思い返す余裕すらねェ。
「寒い……」
 吹雪いて白く染まる雪の世界は、遠くに一点だけ灯りを見せるだけで、他は白と黒以外の景色を見せようとしない。
「ほら、ロー。おぶされよ」
 その方がおれも背中が暖かいからと付け加えて言い、ローを背負ったおれは出がけに持ちだしたコートをローの上から羽織り直す。
 顔が近くなったローは、肩越しに白い息を吐きだして、おれの首に冷えた鼻先を当ててくる。
「雪は嫌いだ……」
 まだローが幼い昔の頃の記憶の中でだと、確かに雪に関しての思い出は碌なもんじゃねェだろう。
「もうヘマはしねェよ。離れるんじゃねェぞ」
 そう言って振り返りざま、ほんの少し温かくなった鼻先にキスをひとつ。
「絶対にだぞ。コラさんが死んだら、おれもその場で死んでやる」
「そりゃあおっかねェクリスマスだ」
「ほんと、最悪なクリスマスだ」
 そう言い合いながらも歩いた先には、城と呼ぶには小さいが、館と呼ぶにはふさわしい家が一軒あった。
 歩いてきた足跡すらすぐさま雪で消される外の世界とは裏腹に、窓から確認出来る部屋の中は随分と暖かそうで、クリスマスツリーに飾られたイルミネーションもキラキラと輝いている。
 ただ気になるのは、部屋の隅に時たま見える、跳ねる黄色い物体だ。
「あれ、何だろうな」
「ぴきゅぴきゅ鳴く饅頭妖精なら帰ろうぜ」
 ローにも見せて聞いてみれば、その黄色い物体が見えるのはおれだけじゃねェことに少しばかり安心する。
 しかし、饅頭妖精とは一体なんだろう。
 そう思いつつ、暖かそうな部屋の様子を見せられたら、今どれだけ寒いのか余計に寒さを感じてしまって、おれは正面玄関に回って扉に手をかけた。
「おっ、鍵かかってねェし」
「コラさん。一応ベル鳴らしてくれ」
 忍び込む気満々だったおれに対し、ローは訪問する方を選びたいらしい。
 能力者とはいえサンタクロースを攫うくらいなのだから、こっそり忍び込んで掻っ攫って爆破しでもした方が楽そうだと思ったが、ここはローの意見を尊重しようと思った。
「たのもーっ!」
 大声で長い廊下の先に向かって叫ぶと、何やら聞き取れない言葉と共に、大勢の足音が聞こえてきた。
「ベロー! ミーウォンバナナー!」



 何なんだコイツらは――
 おれとコラさんの足元に、黄色くのっぺりとした生き物らしきものが、バナナバナナと騒ぎながらうじゃうじゃと集まってくる。
 挙句の果てに、コラさんに背負われたままのおれの背中にもぴょんぴょん飛び乗ってきて、ボスボスと騒ぎだす始末だ。
「バナナの匂いがそこら中に……」
 思わずコラさんの首に顔を埋めて匂いをシャットアウトすると、どうやら黄色い物体に足を引っ張られたらしいコラさんが何処かに向かって歩きはじめた。
「ボスー!」
 こいつらの言語は理解出来ねェが、連れられた部屋の先、ベッドで寝ている男と、その隣に立つどう見てもサンタクロース以外の何者でもない風体の男を見る限り、黄色い物体かボスと呼ばれた寝ている男のどちらか、それとも両者がサンタクロースを誘拐した者だろうと推測された。
「顔色が悪いな……」
 眠っている男の顔色は青白く、呼吸も乱れている。
「あー。ところで、サンタクロースで間違いねェよな」
 病人らしきボスの様子を見る為にコラさんから下りたおれは、コラさんとサンタクロースの会話に耳を傾けながら容態の確認をはじめた。
 コラさんとの会話によると、能力者のサンタクロースは、ファミリーに向かう途中、この黄色い物体に攫われて彼らのボスのところに連れて来られたのだと言う。
 サンタクロースからプレゼントを貰えるというのは、この黄色い物体の世界観でも同じらしく、プレゼントの代わりにボスの病気を治して欲しいとお願いされたのだそうな。
 よく意思疎通が出来るもんだと思うけれど、きっと治せるもんならさっさと治していただろう。
「ワシの能力は物理的な召喚や、幸福感を与えること。時間の流れを数日分変えることだからな。病までは治せんよ」
 一日で世界中の子供たちや一部の大人にプレゼントを配るのは不可能だと思っていたが、数日分の時間の流れを変えることが出来るのなら、それも可能なのだろう。
 そしてそれは、おれとコラさんの失われたクリスマスの時間を取り戻すことも可能という訳だ。
 なにせ此処に到着するまでに、既に三日はかかっているのだから。
 帰った頃にはもう、新しい一年が始まっている計算になっちまう。
「病気が治らなきゃ、サンタクロースも解放して貰えねェだろうし。無理に連れだしてもコイツらが騒ぎそうだし可哀相だからなあ。どうする、ロー?」
 事情を話してプレゼントはボスが買うようにお願いするかと言いだしたコラさんに、おれは一瞬だけ呆れてしまう。
「おれが医者だってこと、忘れちまったのかよコラさん」



 相も変わらずにコイツの能力は本当にチートだと思う。
 というか、おれの能力が平凡すぎて、おれ以外の能力はほぼチートだと言えよう。
「おっと。大丈夫か?」
 能力でオペを終えたローが少しふらつき、おれの胸に倒れ込んでくる。
 それを受け止めて顔色を見れば、ほんの少し青褪めた顔をしたローが疲れたように息を吐きだした。
「終わった。患部は取り除いたし、転移してた場所も全て治療済みだ。あとは安静にして美味い飯食わせりゃ、半月もしない内に元気になるだろ」
「バナナー」
「いや、バナナ以外も食わせてやれ」
「タンキュー、タンキュー、バナナー」
「いや。バナナは要らねェ……」
 喜んではしゃぐ黄色い物体たちにバナナを顔に押しつけられたローは、オエッと言いながらおれの腹に顔を埋めて深呼吸をはじめる。
 そういやコイツ、部屋中にバナナの匂いがすると嫌そうに言っていたから、おれの匂いで相殺しようとしてるんじゃなかろうか。
 腹に抱きついたローがズルズルと崩れるように下に移動するもんだから、腹から徐々に移動した頭が股間にくる。
 今では尻に抱きつく形になったローが股間に顔を埋めて匂いを嗅ぐ有り様に、おれは悲鳴を上げそうになりながらローを引き離して背負ってやった。
「減るもんじゃねェのに……」
「さ、流石に初めては、二人きりの部屋の中で経験したいとコラさんは思うぞ」
 チッと舌打ちしたローに苦笑を返し、おれはホウホウと満足そうに笑うサンタクロースを見る。
「クリスマスは過ぎちまったが、これで願いは叶えてくれるんだろ?」
 サンタクロースは白い袋から大量に出したバナナを黄色い物体たちに配り終えると、ツリーの中に隠れていたぽよぽよした丸くて黄色い物体にもお菓子を与えていた。
「ぴきゅぴきゅ♡」
「ゲッ。黄色い饅頭妖精……」
 何も見なかったことにしたいらしいローはそう言っておれのコートを頭から被り、早く帰りたいと呟きだす。
「さてと。お前たちの願いを叶えようか」
 ついて来いと言われてついて行った裏庭には、9頭のトナカイがソリに繋がれていた。
 もちろん、先頭はあの赤鼻のルドルフだ。
「クリスマスをもう一度。今度こそローと聖夜を迎えたい」
 初めてトナカイの曳くソリに乗ったおれとロー。
 グングンと上昇して音速で空を移動するソリに、二人仲良く気を失ったのは言うまでもないだろう。



 寒い、とてつもなく寒い、そして痛い。
 それでなくとも寒いのに、息が出来ないどころか押し潰されそうな風圧は、綿雪ですら凶器だ。
 目なんかとてもじゃねェが開けられない。
 そんな中で、キーンとした音がぼわぼわとした音に変わり、徐々に言葉として聞き取れてくる。
 風圧も寒さも感じなくなり、急に地面に立った感覚に陥ったおれは、恐る恐る目を開けた。
「フッ。まあ、そう言ってくれるな。お前たちにしか頼めないことだ。攫われたサンタクロースを救出して欲しい」
 どっかで聞いたことのあるセリフに声は、想像通りボスであるドフラミンゴのものだ。
「もう行ってきたから、休日手当てと特別手当宜しく」
「うおおおーっ! クリスマスが戻った〜っ!」
 おれの横ではコラさんがガッツポーズをして、目の前ではドフラミンゴが一瞬だけ真顔になる。
「そういうことだ。じゃあ、疲れたから昼まで起こさないでくれ」
「フッ。メリークリスマス。滅茶苦茶にされるなよ、ロー」
「――なっ……!!」
 サンタクロースが今何処にいるのかまでは知らないし、知る必要もない。
 何故ならおれとコラさんのクリスマスは確かに戻って来たし、温かい大きな手も、この熱い身体も、何もかもがおれのものになったのだから。
「ロー。もう一回」
 溶け合うような熱いキスを何度も繰り返し、今までの時間を埋めるように抱き合い、欲も熱も全てを分け合う。
 息も絶え絶えになりそうな中、おれの視界の全てがコラさんで埋め尽くされて、この瞬間だけはこの身体だけじゃなく、声も熱も全てがおれだけのものなのかと思うと、泣きたいくらいに幸せだと思った。
「流石に疲れた……。休憩させてくれ、コラさん」
 よくあんなデカいものが入ったと思う。
 根気よくコラさんが慣らしてくれたお蔭だけれど、その分、長時間酷使した身体は体力の消耗が激しかった。
 事後はクールタイムに入って無気力になると言うが、コラさんに至っては当てはまらない。
 腕の中におれを閉じ込めたコラさんは、待っている間の時間すら惜しいとでも言うように、おれの身体の隅々にまでキスをしていくのだから。
「なあ、ロー。おれ、ローから欲しいプレゼントがあるんだけど」
 問いかけられた言葉に、水を飲んだおれは何だろうとコラさんを見る。
「おれの未来をローにやるから、ローの未来をおれにくれ」
 不意打ちで紡がれた告白は、互いの人生で一番のクリスマスプレゼントになった。





Merry Christmas


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