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□夜の住人たち
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 近づくことで鼻を擽ったコラソンの匂いに、ローは目眩を覚えそうになる。

 誘うような匂いに思わず喉が鳴った。

 ドキドキと上がっていく心拍数に、落ち着くように息を吐き出して呼吸を整えたローは、意を決してコラソンの首筋に初めて唇を触れた。



「いい子だ、ロー…」



 頭を撫でられ、それでもまだ戸惑いを覚えながらローはコラソンの首筋に牙を立てる。

 痛くないだろうかと、そんな心配をしていると、流れ出したコラソンの温かい血がローの口の中に広がっていった。



「───…っ…」



 やはり怖いと首から顔を離そうとした時、コラソンの手がローの頭をきつく押さえ込んだ。



「ロー、大丈夫だから」



 本当に無理な時は吐き出してもいいと言うコラソンからもう逃げ出すことは出来ず、ローは胸に置いていた手を肩に移して口内に溢れてきた温かいそれを飲み込んでいく。



「…っ…!?」



 途端にローの身体を襲ったのは吐き気などではなく、熱く伝わる震動。

 今まで寒さを訴えていた身体に急に熱が与えられて、寒さとは別にローの身体が震えだした。

 甘く感じるコラソンの血は、何度かローの喉を通っていく。

 吐き出すことをせずに自分の血を飲み込んでいくローに、安心したコラソンは頭から手を退けて彼の身体を優しく抱きしめてやった。

 首筋に伝わる甘い痺れに目を閉じていると、ローの身体が少しずつ熱を取り戻してきたことが感じられる。

 これで失わずに済んだと、大事なものを壊さないように腕の中に閉じ込めて笑みを浮かべると、我に返ったローが一度コラソンの傷跡を舐めた後で慌てて首から顔を離した。



「クスッ。もう終わりか?」



 どうしていいのか解らないような表情で自分を見つめるローに、コラソンは笑いながら言葉をかける。



「ぁ…、おれ…」



「顔色、だいぶ良くなったな」



 良かったと、微笑みながらコラソンはローの頭を撫でてやると、顔を赤く染めた彼が困ったように自分を見つめてきた。



「どうしよ…、コラさん…大丈夫か?」



 初めて見るローの狼狽えた姿にコラソンは驚いたが、そんな彼の心配を吹き飛ばすように笑いだした。



「あれくらいじゃ、蚊に刺されたくらいにしか思わねぇよっ!」



 だから落ち着けと、コラソンはローの背中をポンポンと叩いてやる。

 暫くコラソンの様子を窺っていたローだが、何の変わりもないことに安心したのか、今の体勢に気づいて肩から手を離して身体をずらし、ソファの隣へと腰かけた。

 離れてしまった温もりに少しだけ寂しさを覚えたが、ローの顔色が戻ってきていることの方が素直に嬉しい。

 そう思って、コラソンは笑みを崩さないまま、隣に座るローの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

 何か言いたげなローだったが、今日の彼はおとなしい。

 コラソンにされるがまま髪をぐしゃぐしゃにしていた。



「今度はまた随分と楽しそうだな、お前ら」



 頭上から降ってきた声に、今まで気配を感じなかったコラソンとローは揃って肩を跳ね上げる。



「ドフィ…っ、早かったな…」



 もうそんな時間かとコラソンがドフラミンゴを見上げると、目が合った彼は隣に座っているローに視線を移した。



「心配だったから早めに切り上げてきたんだが…。顔色が良くなったな、ロー」



 何があったと問いかけるドフラミンゴに、経緯をコラソンが話すと何やら考える素振りを見せはじめた。

 今回は流石に怒るだろうか。

 吸血鬼が他のやつに吸血されるのは前代未聞の話。

 仲間にする為に人間に血を与えることも稀にあるみたいだが、自ら首を晒すなどということはまずない。

 まずかったかとコラソンは唇を噛むが、これ以外にローを助ける方法が思いつかなかったのだから仕方がないと肩を竦めた。



「フッ、フッフッフッ。人間から吸血は出来なくても、ちゃんと吸血は出来るんじゃねェか」



 無事で良かったなと、そう言いながら同じようにローの頭をくしゃりと撫でたドフラミンゴの顔はやけに楽しそうだ。

 ローに関してはコラソン以上にドフラミンゴは甘い。

 コラソン自身も人間の首から直接血を摂ることが出来ずにいた昔、無理強いをすることなく輸血パックを調達してきたほどなのだから、ドフラミンゴは元から甘いのだろう。

 このまま素直に甘えさせてもらおうと、コラソンは静かに息を吐き出した。



「ロー。明日はおれから血を摂れよ?」



「…え?」



 聞こえる声に視線を移すと、ローの隣に座ったドフラミンゴが彼を抱きしめようとしている。

 ローは腕を突っ張ってそれから逃げ出そうとしていたが、ドフラミンゴの言葉は巧みだ。



「コラソンばかりに負担はかけられないだろ?」



 そう言われてしまえば、ローは頷く以外に他はない。



「コラソンがいけるなら、おれの血もいけるだろう。なぁ、ロー…」



 まるで女を落とす時のようなドフラミンゴの甘い囁きに、逃げ場を失ったローが小さく頷いたのが見えた。

 やられたと、コラソンはそう思う。

 別に毎日ローに血を与え続けたとしても、人間とは違う自分は平気なのだ。

 独占欲が渦巻く感情に、それを落ち着かせようと2人から目を逸らしてコラソンは1人天井を見上げる。

 自分たちには似合わない天井画の天使たちが、そんなことは知らないというように楽しそうに微笑んでいた。















 あれから数日、ローの体調はすっかり元に戻った。

 日替わりでローに血を与えるのかと思ったが、コラソンの考えは甘かった。

 奪うようにローを先に見つけて血を与えるドフラミンゴに、コラソンは日課になってしまった彼の捜索に、広い屋敷の中の扉を次から次へと開けてローの姿を探す。

 如何せん、この屋敷には部屋がありすぎる。

 屋敷の中はドフラミンゴが集めた品のいいコレクションや、珍しい本などがある部屋が多い。

 外に出ないローが好んで屋敷を彷徨くのも解るが、探す側となれば話は別だ。

 今日はどの部屋にいるのかと、コラソンは次から次へと扉を開けていった。



「…離せ…ドフラミンゴ…」



 もうとっくに血ももらったし、傷も治っている。

 だからいい加減に身体を抱きしめて背中や腰を撫でてくる手の動きから逃れようと、ローがドフラミンゴの腕の中で暴れだす。

 けれどドフラミンゴはそれを許さずに、腕の拘束を強めてローを見つめた。



「もう以前のように戻ったみたいだなァ」



「お蔭様で…」



 付け加えてありがとうと礼も一緒に伝えてやるが、ドフラミンゴの拘束は弱まらない。



「ロー。吸血鬼の血は甘美だろう?」



 話の変わったドフラミンゴに、今度は何だとローが彼を見つめる。



「吸血鬼の血には媚薬効果があるからなァ」



「…は?」



「飲むと身体は熱くなるし、病みつきになるだろう?」



 口許に笑みを浮かべたドフラミンゴの言葉が理解出来ない。

 確かに、痺れるような熱さを覚えるが、時間が経てばそれも治まる。

 だから何だとドフラミンゴを見つめると、唇に親指をなぞらせた彼が隙を与えずローに口づけてきた。



「ん…っ…!」



 初めて触れた唇は熱く、驚いている間に舌の侵入を許したローは、口内をドフラミンゴの熱い舌で掻き乱されていく。

 ねっとりと絡む舌に逃げようと身体を動かそうとするが、ドフラミンゴの身体はピクリとも動かず、同じように逃げようとした舌までも簡単に絡め取られてローはその熱に翻弄されていった。



「は…っぁ…」



 呼吸の苦しさからもう限界だとドフラミンゴの胸を叩くと、最後に舌を吸い上げながら離れていく。

 頭がぼうっとして何も考えられず、ただ呼吸を整えていると、ローの首筋にチクリとした甘い痺れが広がっていった。



「ぁ…っ、ぁあ…」



 首を啜られる感触に身体が震えだす。

 感じていた首の甘い痺れは、いつの間にか身体中に広がって狂いだしそうな疼きとなっていた。



「は…っぁああ…、ドフラ…んぁっ」



 失血していってるはずなのに、ローが感じるのは熱く狂いだしてしまいそうな甘い痺れ。



「ぁぁ…、あ…っ、ぁ…」



 震える指はドフラミンゴのシャツを掴むことしか出来なかった。

 ただ甘く掠れた声を出し、焦点の定まらない目で宙を見ていると、部屋の扉がガチャリと音を立てて開くと同時に怒鳴り声が響く。



「なにやってんだ! ドフィっ!!」



 コラソンの怒鳴り声に、ドフラミンゴがローの首から唇を離す。

 ニヤリと笑ったドフラミンゴに、力を抜いたローの身体が崩れ落ちるのを見たコラソンは、震える彼の身体を奪って抱きしめた。



「ローを返せ…」



 それにもう時間だろうと、コラソンはローを抱き上げると、ドフラミンゴに背を向けて踵を返す。

 背後に感じた兄の楽しそうな笑い声に微かな怒りを覚えていると、いつの間にか自分を追い越したドフラミンゴがすれ違い様に宥めるようにコラソンの頭を撫でて手を振っていた。



「さっさと行けっ」



 悔しげに言葉を投げ捨てるコラソンに、ドフラミンゴは笑みを浮かべたまま屋敷を後にする。

 腕の中でまだ微かに震えているローの焦点は合っていない。

 コラソンはローの額にキスを落とした後、彼を抱きしめたまま自室の扉を開いた。

 必要最低限の物しか置かれていないコラソンの部屋は、主がそこにいなければ本当に使われているかどうかも怪しい部屋だった。

 部屋に置かれた大きなベッドにローを寝かせると、コラソンは彼の呼吸が落ち着くのをじっと待つ。

 何度も甘い息を繰り返すローの頭を撫でてコラソンが苦し気に息を吐き出すと、濡れた目が自分を捉えたことに気がついた。



「…大丈夫か?」



「コラさ…ん…」



 起き上がろうとしたローの身体を支えて起こしてやると、深く息を吐いて呼吸を整えた彼がコラソンの腕を掴んだ。



「おれ…、ドフラミンゴに…」



「もうさせねェ…」



 だから何も言わずに忘れろと、コラソンは腕の中にローを閉じ込める。



「や、もう…別にいいんだけど…」



「よくねぇだろ…」



 そう思っているのは自分だけかもしれないが、ローの言葉にコラソンはそう返して彼と目を合わせた。

 目が合ったローはコラソンの腕を更にきつく掴む。



「おれ、キス…された…」



「はぁっ!?」



 いつか先を越されるかもしれないと思っていたが、やはり先に手を出されてしまったと、コラソンは項垂れる。

 こういうことになるのなら、先に手を出していれば良かったと、コラソンは今まで我慢していた思いが崩れていくのを感じた。

 だが、ローの反応が怖くて手を出せなかったのも事実。

 盛大に溜め息を吐いて頭を抱えると、ローが頭を抱えていた手の袖を引っ張ってきた。



「…ロー?」



 手をずらしてローを見ると、唇を少しだけ突き出した彼が視界に入る。

 どう理解していいのか解らないローの行動に頭を悩ませていると、首の後ろに回された彼の腕に誘われるがままに、コラソンはローに口づけた。

 触れるローの唇は柔らかく、夢中で唇を触れ合わせていると、コラソンの唇に濡れた感覚が与えられる。

 それがローの舌だと気づいたコラソンは、驚きつつもそれを舐め取り、彼とのキスを深いものに変えていった。



「…っ、ふ…っぅ…」



 貪るようなコラソンの口づけはローの呼吸を乱す。

 絡み合う舌が震えるように甘い痺れを伝えてきた時には、ローが背中を震わせながらコラソンに抱きついていた。
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