〈底辺球団シリーズ〉2

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 大昔の喫茶店で、テーブル代わりに並べられてた、あれだ。どうりでピュコンピュコンと、気持ちいい音が響いていた。
 俺の独りごとを聞きとがめてゲーマーは振り返った。トレーニングスーツ姿に、一応タオルを首に巻いているけど、汗ひとつかいていない、髪も乱れてない。どうやらこの人はこの部屋でインベーダーを倒す以外のことは何もしていなかったように見える。
 いくら二軍といえど、それも万年ブービー球団の更に二軍なわけだけど、だからといっていくらなんでもそれがジンジョウなことだとも思えなかった。
「あの」
 とりあえず自己紹介をしなきゃ、と、思わずそらしてしまった目をもう一度あげて、俺はその人を知ってることに気づいた。それでかえって言葉が出なくなってる俺を、その人は細く整った眉の下の鋭い目ではかるように見た。
 まず顔を見て、けれど一応二年同じチームにいる俺の顔に心当たりはないようで、抱えてる荷物から顔を出してるバット、キャッチャーミット、それから練習用のマスクを通過して、右足のギプスにまで視線が行ったとき、やっと微かに納得したように眉が動いた。
「──新入りさん」
 何だかものすごいヤユを含んだ、でも不思議に嫌味はないチェシャ猫みたいな声と笑い。俺は何だかどぎまぎして、返事もままならない。
「牢名主にあいさつとは殊勝だな」
「西脇さん……」
 二軍の牢名主を名乗るには、西脇さんは一軍寄りすぎるように思う。というより実力では充分にレギュラークラスなのだけど、おそろしく好・不調の波の激しいのと、独特の態度の大きさ、というか悪さが重なって、シーズンの半分くらいをいつも棒に振ってる。今年もたしか四月にはスタメンにラインナップされてたはずだけど、気づけば一軍宿舎から消えてしまっていた。そうか、二軍にいたのか。
「あれ、あの──試合は?」
 西脇さんは俺が誰だか理解した時点で俺に対する興味は完全になくなったらしく、またゲーム機に向き直りながら、
「やってんじゃねえか」
 カラカラン、と十円玉を二枚、ゲーム機に落としこむ。
「──はあ……」
 二年同じチームで、同じ宿舎に部屋を持っているというのに、こうして個人的に会話をかわすのは初めてのような気がする。
 まがりなりにも俺はキャッチャーなのだから、そんなことではいけないんだけど──でも、半分二軍で生活してるということを差し引いても、この人には何か、近づきがたいというか、よくわからないところがあって。
 その気になれば一軍どころか、レギュラー定着だってすぐにできるんだろうのに、本人にその意志は全くないらしく、しばらく二軍に落ちていたかと思うと、帰ってくるなり絶好調で一週間ほど打ちまくって、その後またぱったり当たりがとまったり、それにも別に思うところもないようで、また飄々とファームに戻って行ったりする。
「行かなくて、いいんですか?」
 こうして二軍で会うのも何かの縁だし、この機会に少しおちかづきになりたいな、なんて、思って、おれはできるだけにこやかに言ってみたが、瞬間しまったと思った。どう考えたって、プロ野球選手が、自軍の試合に行かなくていいはずが、ない。
「あ、す、すみません、よけいなこと」
 何も答えない西脇さんに、俺はあたふたと言い訳する。
「でもほら、みんなさっき出かけるトコだったみたいだから、ひょっとしてバス出たの、知らないのかななんて……」
 ああ。西脇さんのジャージに改めて気づいて、俺の言葉は尻すぼみになる。ユニフォーム着てない人間が、試合に行こうとしてたはずがない。カンペキにサボりだ。気紛れな人だと聞いてはいたけど、試合もさぼっちゃうなんて。
 俺が入団してからの二年間だけでもこの人くらい1と2の間を浮いたり沈んだりしてる人は他になかったし、どうもそれは俺が入るずっと以前から、そもそも西脇さんが入団した当初からそうなのだそうだ。確か峰岸さんと同期だと聞いたから、かれこれ──十年も(!!)俺なら気の狂いそうな一・五生活を、続けているということになる。この人の実力とチームの戦力とのバランスから考えて、実は変だなあと思っていたのだけど。何だか、ちょっと、納得。
「あ」
 そうだった。俺の方は、半分好きで二軍にいるような優雅な人とは、身分が違うのだ。こんなことであっけにとられてぽかんとしてる場合じゃない。俺には上で、待ってくれてる人がいるんだ。

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