鳴るは鈴の音、男は角刈り。

□(3)
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「インフルエンザ!?」
 この時期に? でもそういえば、どこかで学級閉鎖になってるとか、ニュースで言ってたかも。
「へー、アレ、大人がかかるとたいへんだよねー」
「サバちゃんかかったことあるの?」
「ないよ。そんなドジじゃないもん」
「あははは。それじゃ親父さんがドジって言ってるみたいじゃん」
 まー確かに、ちょっとどんくさいとこはあるかもだけどねー、とか、アイスをつっつきながら、ませた口調で言う。……あれ、今、なんかひっかかったぞ。何だろう。
「つーか、きっと看病してくれる人とかいないんだろうなー。お見舞いとか行ったほうがいいかなぁ」
「でも、もう一週間以上経つじゃない。今から行っても、もう治ってんじゃない?」
「あ、そーか。まぁ、親父さんの風邪うつされるのとかちょっとカンベンて感じだしなー。サバちゃんのだったら、もらってあげてもいいけどねー」
「ん、じゃあ今度風邪ひいたら、美宇ちゃんにもらってもらうー」
 こらこら、ローティーンといちゃいちゃしてるんじゃないよ、と。つっこむべきかどうかとか、考えている時点で、オレの脳はちょっとだけ、現実逃避、している。
「……あの、美宇ちゃん」
「ん? ベルちゃんも食べる?」
 サバ兄に、あーん、と食べさせていたアイスのスプーンを向けられて、いらない、オーナーの後だし、と言って、サバ兄をプンスカさせてから。
「美宇ちゃんと、太郎くんて、似てないよね?」
 きょとんと。した顔が。オレに、何か、わからせようと、するんだけど。オレは、それが怖くて。ちょっと、結論を、先送りにする。
「太郎くんて?」
「……金曜に、通ってる。三年生の、」
「あーあーあー、坂崎太郎? 洗濯屋の」
 ……坂崎。……洗濯屋?
「似てるわけないじゃん。何それ。失礼か」
「洗濯屋ってなに?」
 サバ兄がのどかな顔で聞く。待って、サバ兄、あんまり、速攻で、核心に触れないで。
「坂崎クリーニングの息子なの。たまに配達もやってるよ。いっちょまえに耳に鉛筆とかさしちゃってさ、かわいーの」
「えー。サバさんとどっちが可愛い?」
 それは、サバちゃん。とか言われて悦にいったサバ兄は、迷える従弟を哀れんだのか、更につっこんだ質問をする。
「今どき髪の毛短くしてる子、珍しいよね」
「坂崎太郎の件? あれは親父さんに憧れちゃってんだよ。髪型とか、喋りかたまでマネしちゃってんの、親父くさい小三とか、マジ笑うよね」
 いや、マジ、笑えないんですけど。ていうか、サバ兄はもう、ものっすごく、笑ってますけど。笑って笑って、息も絶え絶えで。ゼイゼイ言ってるくせに、更に掘り下げようと。
「みんなさ、どうして〈先生〉って呼ばないの? や、先生じゃないか、師範、とかか、武道だから」
「そういうのヤなんだって、偉そうで。親父って呼んでください、って、最初に言われた」
 そうだった。……子供たちにも、呼ばせてないので。と。川上さんは、言った。
「なんで親父?」
「昔からそう呼ばれてるんだって。あはは、中学生くらいのときから、全然変わってないらしいよ。親父くさいから、親父。どんな青春〜、って感じだよね」
 美宇ちゃんが。アイスを食べ終わり、ごちそうさまーと、立ち上がりかけたころ。着替えを済ませた〈代わりのコ〉が、更衣室から姿をあらわして、カフェの前で、ちょっと、足を止める。
「あー、男の子かあ。ハズレだなぁ」
 明らかに、オレを見てるけど。ハズレってなんだ。失礼か。川上さんの後輩のくせに、見た目からチャラいし。柔道着からジャージに着替えての帰路って、意味わかんない。
「あ、センセー。おつかれさまでーす。来週もよろしくおねがいしまーす」
 ……意味わかんないし、美宇ちゃんの変わり身の速さにも、どぎもを抜かれるし。
「あー、来週はセンパイ来るんじゃね? 俺は今日だけ?」
「えー、そっかぁ。残念だなあ。美宇、イケメン先生ともうちょっと稽古したかったなぁ」
 ……女の子って、怖いです、神様。
「あーじゃー、今度、お茶だけ飲みに来ようかなー。ここの店員さん、めっちゃカワイイってゆーし?」
 今日はハズレだな、残念だな、と、くりかえされているオレは、輪をかけて残念だし、あと、このカフェの店員は現在全宇宙でオレ一人だし。勝手に毎日でも来て、毎日ハズレればいいんだ。
「それってさ、〈センパイ〉が、そう言ってたの? あ、アイス食べる?」
 ……サバ兄の尊敬すべき点は、万人に向けておおよそ態度が変わらないところだ。
「要らねっス。そーなんスよ、センパイねー、あんま女子の話とかしないんで、それがなんかきゅーに、チョー力説してくんで、そりゃもーそーとーちょーぜつテラカワイイんだろーなーって、俺ももーチョーチョー期待して来たんスけどねぇ」
 何を言っているのか、オレにはヒアリングが困難だけれど。ああ、そうなんだー、それはもう、チョーガッカリだねー、と、サバ兄は親身に肯いて聞いている。
「そーなんス。見たかったっス。あーでも、なんか、未成年?なんスよね? じゅーろくとか、しちとかってたっけ。やっぱちょっとナイか。それはマズイすよね、さすがに」
 って、君が話しかけているそのきらびやかなお兄さんは、ついさっきまで小六女子といちゃいちゃしていた青魚だよ、と。言ってやりたいが。当の青魚は、未成年?と、チラリと、オレを、振り返る。
「そーらしいんスよ。それでセンパイ、四年くらい待てる!とか言っちゃって。ゲキカワっしょ、あんなゴツいのに」
「ほう。四年待つ。て、ことは、十六歳なの? アイス、ほんとにいらない?」
「なんかセンパイも、はっきりは知らないらしかったスけど」
 アイスは要らねっス、おつかれっス、と、首をすくめる系の会釈をして帰っていく〈代わりのコ〉を、あー、待って待って、途中までいっしょ帰ろ!と、美宇ちゃんが、追いかける。出がけに振り返って、バイバーイと、サバ兄にも一応愛想をふりまくあたりが、偉い。つうか怖い。かくして。
 閉館時間直前の〈どさんこ☆パライソ!〉には、日向一族のはぐれ者二人だけが、残される。十六ねえ、と、サバ兄が呟く。
「……そんなサバよんだわけ、ベルちゃん?」
 サバはそっちだろう、と。
「よんでないよ。何のためにさ」
 ふうん、と、サバ兄は言って。
「四年、待つんだって」
「……前のバイトの子かもしれないじゃん。青年海外協力隊」
「四年待ったくらいじゃ帰ってこないよ、アレは」
 っていうかさあ、と、サバ兄は。サバなりに、お兄さんらしく、常識的なことを言う。
「謝ったほうが、いいんじゃないの?」
「……何を」
「勘違いして、罵った件等々を」
 勘違いして。罵った、件。
「サバ兄、オレ」
「うん」
「今、めっちゃ、恥ずかしい」
「うん」
 反省しなさい、と、サバ兄は言った。反省し、かつ、悔い改めなさい、日向柊司よ。

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