ススキノ☆ジャック・ザ・リパー

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 ふふん、と、俺の耳元で悪魔は笑い、それから不思議と真面目な口調でささやいた。
「いいから。イけるならイっとけよ。楽しめるのは最初のウチだけだぞ」
「……ん……ンァ……」
「気持ちイイ、で済んでるうちに、呑気にヨがっとけよ、坊や」
「ァ、ダメ……もう」
 ──限界です。
「──────ァァッ……!」
 ガマン、しようとは、したのだ。
 というか、できる限り、最大限にガマンをしたのだ。だから、結果として。その反動で。
 ……勢いが良すぎたとしても、それは不可抗力だと思う。俺のせいじゃない。
「──お前」
 呆然とした声と共に、耳元でまたカチリと音がして、例の刃物がぼんやりと光る。
「あ……」
 俺を見下ろす切れ長の涼しい眼は、薄明かりの中で見ると黒に近いほど濃い藍色だ。じゃあ、さっき見た赤い光は何だったんだろう──とか、考えていること自体、ちょっと現実逃避入ってる。
「すげぇ、飛んだな……」
 頬にかかった精液を親指で拭いながら、悪魔は言う。いや、こうして見ると、ややツリ目でツリ眉な他は、特に悪魔風の容貌でもない。革ジャン。黒髪のソフトリーゼント。アメリカ映画の不良みたいには見えるが。
「ごめんなさい」
 俺が謝る筋合いではない気もしたが、他人の顔に向けて精液を放出した場合に言うべき言葉を、他に思いつけなかった。
「や、それはいいけどよ……あれ?」
 悪魔は、頬を拭った親指を不思議そうな顔で眺めていたが、ふいにペロリと、舌を伸ばして、それを舐めた。……指を、っていうか。俺の、ザーメンを。
「うわ、ちょっと、ヤめ──!」
「……だよな」
「は!?」
「あいつとヤりまくった後すぐで、こんな元気よく飛ぶはずねぇし」
 元気よく、とか言われて、要らん動揺をしている俺の目の前で、変態悪魔はもう一度、俺のペニスに手を伸ばした。そこに残っていた滴りを指につけて、確かめるようにもう一度口に入れる。
「ああ、やっぱりか。……悪ぃ。人違いだ」
「────は!?」
 参ったな、とブツブツ言いながら、悪魔は木の幹から刃物を抜いて、腰のベルトに戻す。刃物というより、先端部が極端に細い金属製の警棒のようだ。
「……人違い?」
「ああ、まぁ、気にすんな。よかったろ?」
 ええ、それはまあ、非常に気持ちは良かったですけれども──いや待て!
「ひ、人違いで、こんなこと──」
「うるせぇな、忘れろ。あんまり騒ぐと殺して埋めるぞ」
 本気だとわかるくらいに普通のテンションで言われて、あっさり黙る。なんというか、ものすごく──関わってはいけない人たちだ。たち、というのは、たぶん、つまり。
「あんた、その、ひょっとして」
 たちまち俺に興味を失って、立ち去ろうとしかけている男に、一応聞いてみる。
「アァシュ=ナントカ……?」
「──忘れろ」
 ちょっと笑いを含んだ声が返ってきた。
「忘れて、長生きしろよ、坊や」
 そうして、音もなくそいつが遠ざかってしまうと。
 天使も悪魔も男娼も去った公園の片隅に、相変わらず大事なところをぶらぶらと出しっぱなしの北野龍己が、たった一人で残されているのだった。
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