【更新中】ジェリィ・フィッシュ

□10
1ページ/1ページ

 かつて父が母に与えたような、と、想像することが、何の痛みも伴わないことに、重人は少しだけ驚く。驚いて、微笑んで、その想像に身を任せる。
 須崎が重人の身体に与える、あらゆる場所への口づけは、かつて父が母に与えたのと同じ種類の安らぎなのだと。今、重人の腿の内側に添えられた掌も、耳元をくすぐる、優しい吐息も。
 自分を身ごもったことが彼女を死へと近づけたのだとしても、と、重人は自分の肌で確認する。彼をその胎内にやどすとき、彼女が父に与えられたのが、この熱なら──この吐息なら。父も、母も、重人が生まれてしまったことを、許しているのだと、初めて思う。
 何より、重人自身が。
「先生……先生」
 いまここにいること、須崎の腕の中に重人が生きていることを許せた。須崎が愛撫する、自分自身の生命を愛せた。
 脚の内側に、須崎の唇がすべりこむ。少し乱れた前髪が、重人の性器にはらりと触れる。これまで知らなかった、痛いほどの切なさで昂ぶり、震えている、重人の雄の部分。
「──重人」
 自分を呼ぶ須崎の声が、重人の敏感な処に触れて過ぎる。他人に触れられたことのない身体は、それだけの微かなゆらぎで、あやうく達してしまいそうで、少年は固めた拳をきつく噛み、なんとかそれをやりすごそうとする。それに気づいた須崎が、微かに笑う。
「あ……」
 須崎の笑みが呼ぶわずかな風にさえ、声がもれる。
「先に、いかせてあげようか」
 須崎は身を起こし、重人の顔の横に手をついて、上気するその白い頬を見下ろす。おびえたような、期待するような、そのくせまっすぐ自分を見上げる、この瞳をいつか見たと思う。
 自分を見つめる重人の顔を見下ろしたまま、手だけをすべり下して、少年の熱い固まりに触れる。先から漏れ出す滴りに、軽く指先をなじませるだけで、びくん、と重人の全身が揺れる。
「──待って」
 掌でそれを包んだとき、乱れ始めた息の中から、重人が言う。待って、先生。
「うん?」
 須崎は少し意地悪をして、重人を握ったまま本当に待つ。……熱い。
「先に、じゃ、なくて……」
 けれど経験の薄い重人の言葉には何の駆け引きもなく、かえって須崎を赤面させる。恥じ入らせ──欲情させる。
「先……いっちゃったら、怖くなりそう、だから……」
 先生のしたいことを、先にして、と。
「──俺の、したいこと?」
 聞き返すと、重人の全身がふわりと赤くなり、初めて目をそらした。
「ごめんなさい」
 重人が何を謝ったのか、須崎には分からない。ただ、重人がしてもいいと言うことは、本当に自分のしたいことと同じことなのか、と、眩暈のようにそれだけを思う。
 確かめるように、少年のペニスから指をほどいて、なめらかな腰づたいに、掌を後ろにすべらせてみる。重人はぴくりとおびえたように震えて、けれど、須崎の動きを助けるように、わずかに身体の重心を変える。須崎は返した指の背で、少年の薄い尻の肉を割る。
「……そうして欲しいと、言ったのか?」
 まだ残る微かなためらいを、重人の小さな肯きが払う。須崎は中指の関節で、そっと重人の入口に触れる。重人の口から、淡いため息のようなものが漏れる。
「何をされるか、知ってるの?」
 もう一度、重人は肯く。そうだ、今時の高校生が、それを知らないはずもない。
 知っていて、それでもいいと言っているのか、と。須崎が重ねて尋ねる前に、重人がもう一度深く肯いた。
「僕……先生に、治して欲しい……」
 須崎の頭に、やっとそれがよみがえる。そうだ、これは治療だ。恋人同士の睦事でなく。
「──そうだな」
 これが治療だとして、これが治療と言えるのだとして。それを施した瞬間から、俺は医者ではなくなるのに、と、須崎は思う。そうと知っていて、もう、あらがえない。
「治して、あげような」
 今度は指の先の方を、ほんのわずか、重人の内側にすべりこませる。ん、と、重人が浅く息を吐く。
「力抜いて。痛かったら、すぐに止すから」
 うん、と肯く、重人の瞳がうるんでいる。そっと指先の侵入を続けながら、空いている手で、緊張にすこししおれかけた少年の性器を愛撫した。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ