【更新中】ジェリィ・フィッシュ

□2
1ページ/1ページ

「先月から、ずっと痛むの? よく我慢してたね」
 患者は首を振る。
「いいえ」
「──どういうこと?」
「治ったんです、すぐに。……でも、昨日、また」
「痛みだしたの? 今はどう?」
「少し痛い」
 少年は自分の身体の内側を探るような目をした。
「でも、昨日ほどじゃありません。昨日は、立っていられないくらい痛くて」
「先月も? そんなに酷く痛んだの?」
「先月も……その前も」
 須崎はボールペンを爪で弾いた。
「その前? 前っていつ?」
「──先々月。その前も。ずっとです」
「痛んで──すぐ治るの?」
「はい」
「だけどしばらくすると、また痛み出す?」
「────はい」
 須崎は眉を寄せた。わけがわからない。精神の安定状態に周期があるのかもしれない。
「どのくらいの間痛むのかな、いつも」
「五日間くらい。でも、いつもそんなに酷いわけじゃなくて……いろいろなんです」
「どんな具合に痛む?」
「ええと──押されてる、みたいに──こう、ぎゅって、締めつけられてるみたいな感じになって。重くて、動けなくなるんです」
「じゃあ、鈍い、痛みなんだ」
 少年が肯くので、須崎は更にわからなくなった。神経から来る痛みなら、ピリピリとか、ズキズキとか──鋭い痛みの表現になりそうなものだ。
「原因に、心あたりはないの?」
 きゅ、と、患者の口元が微かに締まるのを見た。
「──ありません」
 あるんだな。軽く心に刻んで、話の方向を転換する。
「どれくらい前から痛くなりだしたのかな。最初に気づいたのはいつ?」
「……二年前」
「二年?」
 須崎は患者を正面から見た。
「二年も放っておいたの? 立てないほど痛むのを?」
「慣れたから──その頃には出歩かないようにすれば、平気だと思って。でも最近、酷くなってきて──」
「ちょっと、待って」
 須崎は少年の名を思い出そうとした。症状と父親との関係性に関連があるかどうかわかるまでは、姓で呼ぶのは避けた方がいい気がした。
「重人、くん、だっけ?──君、“出歩かないようにすれば”って、それはつまり、痛み出す前に痛くなるのがわかるっていうこと?」
「────」
「どうして、わかるの?」
 少年はちらりと視線を上げて彼を見た。挑むような、おびえたような、すがるような目。──震えている。
「月の中頃になると、痛くなるから、いつも」
 須崎は腕時計に目をやった。三月、十七日。もう日付が変わっているから、この子が言う“昨日”は。
「──十五日」
「……」
「毎月?」
 定期的に。鈍い痛み。それはまるで──
「まるで──」
 言いかけて、やめた。きっとそんなことには、この子が一番早く気づいている。一番良くわかっていて、一番気味悪がっていて、一番、おびえている。
 ──まるで、月経痛みたいだな。
「痛まない時に、また来られるかい?」
 少年の緊張をはぐらかすように、問題には触れずにそう提案する。
「いつでも、君の都合のいいときでいい。その──」
 高中先生が、留守の時にでも。
 言われなかった部分を敏感に察知して、結ばれていた唇の端が、ようやく少しだけほころびる。
「はい……ありがとう」
 この子の最もかわいそうな所は、と、須崎は思った。自分がおかしいということが怖いくらいには、ノーマルだということだ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ