陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§2 第2夜−4 Side笙
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Side(笙)
 この国には、ノックという習慣がないらしい。ガチャンといきなり扉が開いて、フリュゥがつかつかと入って来る。
(心臓に悪ぃよ……)
 余裕ぶって寝たフリをしていたのに、びっくりして、目を開いてしまった。
「……マジで、来たのかよ。もう、何の用?」
 答えずに、ベッドの脇まで近づいてくるから、身体を起こす。
「そのままで良い」
「こっちがよくないんだっつうの」
 フリュゥの視線が、指輪に止まる。気にいってるとか思われたくないから、慌てて外す。
「返す。なんか、怖いし」
「〈指輪〉は、ついでだ。本当は、これを」
 フリュゥは、内ポケット的なところから素焼きの小さな壺を出した。──やけに、いい匂いがする。
「これ、何?」
「塗布薬だ。ナジャルの魔法がかかっているから、効く」
「それは、どうも……」
 更なる辱めのつもりなら、ものっすごく効果的なんですけど。
「ひどく、痛むか。──塗ってやろうか」
 はぁあ!?
「イヤガラセのつもり? それならもう大成功だわ。もう、すっごく嫌だから。満足したろ、帰ってくれない?」
「…………ショウ」
 ──うわ。なんか名前呼ばれた?
「何だよ急に。馴れ馴れしいな」
「じゃあ、何と呼べば?」
 ええと? 名字か? ナカバヤシ? それも、なんつうか、すごく、変だな。
「知らねぇよ。好きなように呼べばいいだろ、ケダモノでも何でも」
 じっと、黙られると。非常に居心地が悪い。
「わかったよ、いいよ、笙で」
「──どういう、意味の名だ?」
「え? “笙”? なんか、笛みたいのだよ」
 って、本物見たこともねぇけど。
「私の名も。楽器の名だ」
「……フリュゥ……だっけ?」
 わ。何? 笑った?? すっげぇ一瞬、にこっとした気がしたけど。目の錯覚?
「弦楽器だが」
「へぇ……」
 待て。何だこの、世間話感。
「──それで、何の用?」
「……薬を」
「ああ、そうか。じゃあ、もう、いい?」
 何か、もう少し言いたげな顔をして。諦めたように、肯いて、帰ろうとするから。
「待って待って、これ、持ってってよ。指輪」
「迷惑か」
 迷惑か、と問われれば。あんたの存在自体が非常に迷惑です、と答えざるを得ませんが。
「つうか、意味わかんねぇし。ソレまさか、生涯をナントカの指輪じゃないよね?」
「〈誓約の指輪〉だ。これと対になっている」
 フリュゥの服の下からひっぱりだされた革紐の先に、同じデザインの指輪が光る。
「嵌めろとは言わぬ。抜けなくなるからな」
 いやそれ、危ないだろ。最初に言っとけよ。
「あのさ、名誉がどうとかなのかもしんないけど。あとづけでこんなことしたって、意味ないじゃん」
 ふわっと。恥じ入るように、フリュゥはまた、目を伏せた。すごい変わりようだから、対応が、よくわかんなくなる。
(そんな大変なことなのか、初めての相手ヤっちゃうって?)
 いや、俺個人にとっては、たしかに、人生における一大事件ではあったが、しかし。
「俺にはわかんねぇわ。初めてだろうと何だろうと。しようとしたのは同じことじゃん」
 ケモノ相手なら、何したっていいと思ってたんだろ?
「つうか、俺が初めてじゃなかったら、あんたもっと酷いことして、たぶん今ごろ気にもしてなかったろ?」
 ああ、もう。そんな風にうなだれられたら、俺が意地悪してるみたいじゃん。
「……俺、誰にも言わないから。人に知られなきゃ、問題ないだろ? だから、ほら」
 指輪、返そうとするけど。受け取ってもらえない。参ったな、この人、しょげてるときのほうがめんどくさいかも。
「〈指輪〉は。受け取った側が嵌めなければ、単に、忠誠を意味するだけだ」
「……忠誠?」
「この場合は、私の、ショウに対する」
 ──忠誠!?
(重い重い重い!)
「だってなんか魔法かかってんでしょ?」
「誓った側は、他の者と番うと死ぬが」
「死ぬの!?」
「大丈夫だ。〈呼び出し〉に応じるのは数に入らない」
 じゃあ、女の人とはできるわけか。──それにしたってな。
「それから。お前が、何か私に望むことがあれば、身体を与えれば良い」
 与えれば良いって、簡単におっしゃいますけどね。どんだけ痛いか。
「それと引き換えの望みなら、拒めないことになっている」
 拒めば死ぬ、とか、言うし。
「それもう、魔法じゃなくて呪いじゃん」
「持っていて害になるものではない。──できれば、受け取ってほしい」
「……そんなに、大事なことかね」
 名誉がどうだとか?
「私にとっては、何より大切なことだ」
「まあ、そこまで言うなら、とりあえず」
 そのうちほとぼりがさめたら、折をみて返そう。フリュゥは、俺が紐を首に通すのを眺めて、やっぱりまた少し、微笑んだ気がした。
「これでお前は、私を殺せる」
「──なんて?」
 すっと、その場に膝をつかれて。アホかと思うほど、動揺する。何なの……。
「いつでも、好きな時に。死ねと命じるだけで良い。──それで償えると思うわけではないが、気晴らし程度にはなろう」
「何言ってんの……頭おかしいんじゃねぇの。つうか、そのためにいっぺんヤらなきゃなんないんだろ。願い下げだから」
「私の生命と引き換えでも、許すのは嫌か」
 ええ? なんか、ちょっと寂しそうにすら見えるんですけど。
「まあ、良い。他に何か、望みがあれば呼べ」
 すっと、伸びてきた左手が。俺の髪に、触れて、すぐ戻る。やっぱり。笑ってる。
「────それって。元の世界に戻りたい、っていうのも、アリ?」
 立ち上がったフリュゥの瞳からは、既に笑いは消えていて。だけど、穏やかに肯く。
「私には、召喚魔法は使えぬが。ナジャルに命じることはできる」
「それって、可能性的には、どれくらい?」
「喚(よ)ぶより、返すほうが簡単だと聞いている」
「じゃあ、お願い! お願いする」
 ──わかっているのか、と。フリュゥが、念を押す。
「それは私に、肌を許すということだが」
 背に腹はかえられない。つうか、一回も二回も同じだろ、実際。──ただ、な。
「なるべく、痛くないように、できる……?」
 フリュゥは、持ってきた薬の壺を手にして。
「今夜塗れば、明日には傷は癒えているだろう」
「……明日……」
「明日の晩、まだ気が変わっていなければな」
 ベッドのへりに腰をおろしたフリュゥに、すっと、抱きかかえられて。なんか、ちょっと、ドギマギする。
「な、何?」
「じっとしていろ。魔法をかけなおしながら塗る。痛くはないはずだ」
 って。肩に、抱えられて、ズボン、下ろされて。痛くはなくても、相当。恥ずかしい、っすけど……。
「ちょと、やめて、自分でできるって……」
 す、っと、薬をつけたフリュゥの指が、俺の入口に触れて。──あ。
「ショウの、身体は、温かいな」
 顔は、見えないけど、声が、やわらかいから。なんとなく、おとなしくしてしまう。
「──痛むか」
「……平気……」
 静かに、フリュゥの指が、中に入ってきて。俺の内側に、薬を塗ってくれるけど。思ったほどの嫌悪感はなくて。優しくされてる気がするとか。俺、どうかしてる。
「あ……れ……? なんか、その──薬」
「ああ。媚薬が混ざっている。ほんの少しだけな。そのほうが、辛くないだろう」
 辛い、とか、辛くない、とかじゃなく。あ、なんか、触りかたも、心なしか、いやらしくなってく気が、するし。
「ずるい……だろ、これ……」
 やべ……勃った。密着してるから、きっと、バレてんな。まあ──いっか。
「いいか」
「──バーカ」
 フリュゥが笑う、振動が心地いい。たぶんもう、傷はほとんど治っていて。俺の身体を馴らそうとして、この人は俺に触れる。
「ショウ……」
 名前を呼ばれただけだけど。訊かれてることは、なんとなく、わかった。
「うん──明日な」
 俺は、本当に。どうかしてしまったのかも、しれない。

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