陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§2 第2夜−2 Side笙
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Side(笙)
「なんか、用か」
 自分でも、意外なくらい、落ち着いた声が出た。侯爵サマは、すっと目をそらして、俺の肩越しに、鼓に声をかける。
「どの程度、可能性がありそうなんだ。ナジャルの説明では、さっぱりわからん」
 くそ、今度は無視かよ。ほんとヤな奴。
「あの、ええと。わりといい感じ、っていうか──あと一息、と、いうか……」
「具体的に言え」
「ぐ、具体的にって……」
 鼓の弱った声が聞こえる。ああもう、こいつに関わりたくないんだけどな、俺……。
「デリカシーとかねぇのかよ。そーゆーの他人に事細かに説明するか、普通?」
 こっちを、ちらりと見て、何か言い返そうとしたけど。また目ぇ、そらしやがる。マジ感じ悪ぃ。ああそうですか。俺だけカヤの外みたいだから、ベッドに寝転がることにする。
(……まだ痛ぇし。バーカバーカ)
 鼓が、珍しく勇気を出して、無愛想な貴族様に、あのう、と声をかけている。おっかない人が極端に苦手なくせに、どうした、鼓。
「オレ、思うんだけど……そんなに、せかすのかわいそうかもって……。確かに、十八でまだは、ちょっと遅いかもだけど……」
「好んで急かしているわけではない」
 まあな。こいつにとっては、惚れた相手が鼓とイチャイチャした話、なわけだし?
「といって、かかっているのは陛下のお生命だ。背に腹はかえられん」
「お生命??」
 鼓が、きょとんとした顔で聞き返す。
「成人する前に、その、せ、精……ええと、できない、と、王位を返還しなくちゃならないって、〈陛下〉は、言ってたけど……」
 鼓を、見下ろす、〈侯爵〉の目の蒼が。ふっと、優しい色あいに変わるのが、見えた。
「負担をかけぬよう、わざと伏せられたのだろう。お優しい方だからな」
「……生命がかかってるって、何?」
 〈呼び出し〉のシステムは把握しているか、と、〈侯爵〉は聞いた。今日は鼓をケモノ扱いしないんだな、と思う。
「うん……何となくだけど」
(鼓、役に立ってんだな……)
 まあ、何がどうなってそうなったのかは、あえて想像しないでやろう。
「我々は、生まれてすぐ、所属する階級を決定される。階級内での能力差はむろんあるが、階級の壁自体は、個人の努力や資質では絶対に超えられない」
「……はい」
「もっと言えば、まったく同じ資質を持っていても、生まれる世代が違えばまるで異なる階級だったかもしれぬ。この社会は、そういう理不尽を呑み込むことで成立している」
「リフジン」
「というよりは──運、不運だな」
 侯爵が、静かに話す、その内容は。俺にはほとんどわからなかったが。なんだか少し、意外な気がした。エリート意識にこりかたまった、バカ貴族かと思っていたけど。
(運、とか、言っちゃうんだな)
「その歪みを、システムからはじかれた際の、リスクの差が是正する。庶民階級ならば、簡単に〈呼び出し〉の欠席や延期が認められるが、我々は、いかなる事情であれ、年に三度義務を怠れば、爵位を剥奪され市井に放り出される。──まして、あの方は、未成人とはいえ、現行の国王であらせられる」
「ええと……もし、できなかったら……?」
 〈侯爵〉は、鼓の目は、まっすぐに見て。
「〈抹消〉される」
 抹消?つったか?と。見知らぬ誰かのこととは言え、驚いて、起き上がろうとすると。
「──痛って……!!」
 ズキン、と、内側が痛んだ。思わず声をあげてしまってから、二人の視線をいっせいに浴びて、うろたえる。うわ。
「笙! やっぱどっか痛いんでしょ?」
 鼓が慌てて飛んでくる。いやいや、言えねぇし。てか侯爵さん、すげえこっち見てるし。
「ごめん、なんでもない。大丈夫」
 続けてください、その深刻そうな話。
 鼓は困った顔で、俺と〈侯爵〉を見比べて。
「あの、それ──ほんとに、ほんと、なんですよ、ね……?」
「戯れで、口にできることでもない」
 なんだか、すごく、真摯な声だ。
「兆候があったというのが、真なら。お前が陛下の最後の希望だ。どうか──」
 あの方を、救ってあげてほしい、と。頭を、下げている! 鼓は、びっくりして固まって──なんか、真っ青じゃねぇか、おい?
「──鼓?」
「……笙……オレ……」
 ああ、この感じは。俺にだけ、何かいいたいことがある、サインだ。本当に手のかかる幼馴染みだな。兄ちゃんはケツが痛ぇのに。
「お前ちょっと座っとけよ。──ええと」
 〈侯爵〉と呼ぶのもな、と、ちょっと迷う。
「──あんた、さ。用事、済んだなら、もういいだろ。出てってくんない?」
 ベッドでへたってる身でなんだが、できる限りカッコつけようと、まっすぐ、奴を見返してみる、が。やっぱ、すっと、目を伏せられて。拍子抜けする。
「聞こえてる? あんたに言ってんだけど」
「──フリュゥ」
「…………は?」
「私の名は、フリュゥだ」
 上げられた視線が。なんだか、ひどく、戸惑いがちに見えて。こっちが戸惑うわ。
「あ、そう。──ケダモノに名乗る名はないのかと思ってた」
 とりあえず、にくまれ口を叩いておくが。なんか、こっち来るから……やっぱ、
(怖……)
 もう、なんか、身体にいろいろ刷り込まれてて。近づかれるだけで、身がすくむ。
「──鼓の前で、妙なことすんなよ?」
 話して通じる相手だとも思えないが、一応、小声で、言ってみると。蒼い目が、少しだけ驚いた風で。それからまた……伏せられる。
(何なのもう……調子でねぇわ)
 気抜けしていると、フリュゥ、と名乗った侯爵は、無言のまま俺の首に、なんか、革紐の飾りを、かけた。──何、コレ??
(──指輪? みたいだけど)
「……またなんか魔法じゃねぇだろうな」
「──魔法だが。嵌めなければ、大丈夫だ」
「何の話だよ」
 フリュゥは、何か言いかけて。ちょっと鼓を見て、言葉を切った。
「……夜に、また来る」
 言い置いて、くるりと踵を返して、出て行ってしまう、けど──
「おい、ちょっと待て! いや、待たなくていいけど。また来るってなんだ? いやむしろ、二度と来んな!」
 叫んではみたものの、たぶん聞こえてない……。ふう、と、とりあえず息をつく。
 鼓は、言われた通り素直に椅子に腰かけていた。やっぱ、顔、青い。
「笙、あの人とずいぶん仲良くなったんだね」
 ……そう、見えますかね?
「良かった。ケンカしたのかと思ってた」
「ケンカ──つうか。まあ、いろいろあった」
 いつもの鼓なら、いろいろって何?と根掘り葉掘り聞いてくるところだが。なんか、ぼんやりしてるから、助かった。
 とりあえず、あいつに首にかけられたモノを、はずして、脇に置く。身につけてたら呪われそうな気がする。ヒカリモノが好きな鼓が、手にとって、キレイだね、と言う。
「あんま触んな。変な魔法かかってるかもしんねぇから」
 へぇえ、って、余計興味を持った感じで危ないから、とりかえしてやっぱり首に吊るす。鼓に何かあるよりはマシだ。
「大事なものなの?」
「違ぇよ、バカ」
 鼓は、自分のベッドにころんと転がって、それ、アレじゃないかなあ、と言う。
「アレじゃわかんねぇよ」
「〈陛下〉が言ってたやつ。生涯を誓う指輪」
「はぁあ!?」
「こっちではさぁ、恋愛とか男同士なんだって。子供できないから、わりと自由っていうか、しょっちゅう相手変わったりするらしいんだけど。もう絶対、一生この人だけ!って決めた相手には、指輪あげるんだって」
「なんじゃそら。乙女か」
「んー。すっごい古風な風習だから、今やる人はめったにいないって言ってたけど。──あの人、好きそうじゃない、そういうの?」
「知らねぇよ。つうか、そんなの俺に寄こすわけ……」
 ねぇじゃん、と、言いかけて。赤毛の言ったことを、思い出す。
 〈そこは、名誉の問題ってゆーか〉
 ……なんとなく、気になっては、いた。というか、どうしてあいつがあんなにうろたえたのか、やや、腑に落ちた気は、していたのだが。いや、処女喪失(ロストバージン)、とか、言われてもな。
「ひょっとして、心あたり、あるの、笙?」
「──心あたり、つうか……」
 胸元で揺れる、銀色の指輪を見下ろす。
(──重い……)
「まあいいや。あとで返す。──それよりか、鼓。何か、話あるんだろ?」
 何でわかったの?と、たちまち涙目になる鼓は、ああ、ほんとうにウザカワイイ。
「どうしよう、笙。オレ、とんでもない嘘、ついちゃったかも……」

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